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2010-10-25



沖縄・伊平屋ムーンライトマラソン

健脚、月が“応援” 伊平屋ムーンライトマラソン
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<伊平屋ムーンライトマラソン>夜空に輝く月の下
島内を駆け抜けるランナーたち
=23日午後8時2分ごろ、伊平屋村我喜屋

【伊平屋】第16回「伊平屋ムーンライトマラソン」
(同実行委員会主催、琉球新報社共催)が23日
伊平屋村の友愛と健康の広場を発着点に開催された。

フルマラソン男子では末松隆二(名護市)が3時間59秒で優勝し
10連覇を果たした。同女子では金城文子(同)が
3時間47分29秒で昨年に続き優勝した。

大会はフルマラソン(42・195キロ)に236人が
出場して173人が完走。ハーフマラソン(21・0975キロ)には
1315人が出場して1279人が完走した。

県内外から訪れた大勢の選手らは、沿道の応援や月明かりに
後押しされながらゴールを目指した。


(琉球新報の紙面より)

2010-10-15

伝説の空手家「武士・松村宗昆の遺墨」

松村宗棍(まつむら そうこん、1800年 - 1892年)
は、琉球王国時代の最も偉大な武術家の一人であり
文武両道に秀でた人物であった。
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写真の遺墨は「人、常に敬恭なれば、則ち心は常に光明なり」

宗昆七十六歳の作で、筆力や語句に武人らしさや人間性がにじみでている。

松村宗棍は、1809年、首里山川村(現在の那覇市首里山川町)に生まれ
唐名は武成達、世間では武士松村と呼ばれ広く知られた。

松村は、幼少の頃より武に優れ17、8歳の頃には、
すでに武術家として頭角を現し始めたという。

成人してから、松村は役人として薩摩に渡り、示現流の免許皆伝を得たとされ,

1836年に北京へ渡り、勉学のかたわら、北京王宮の中国武術も学んだとも伝えられる。

帰国後松村は、17代琉球国王から19代尚泰王の三代にわたって
警護役と武術指南役もつとめたと言われる。

松村は晩年、多くの弟子達に唐手を指導した。松村の主な弟子には、
牧志朝忠(板良敷朝忠、安里安恒、糸洲安恒、知花朝章、本部朝勇、本部朝基兄弟
らがいる。明治32年(1899年)、91歳の長寿で没した。

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