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2010-10-25



20チーム覇競う 全島旗頭フェスティバル・沖縄

20チーム覇競う 全島旗頭フェス
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 2010年10月25日
県内各地から参加した団体が、威勢のいい掛け声と勇壮な演舞を披
露する第10回全島旗頭フェスティバル=24日、那覇市の奥武山
陸上競技場

 23、24の両日、那覇市の奥武山陸上競技場などで開催された
「琉球の祭典」(同実行委員会主催)のメーンイベント、第10回
全島旗頭フェスティバル(琉球の祭典実行委主催、琉球新報社共催
)が24日、同競技場であり、県内の自治会や青年会19団体、2
0チームが覇を競った。
審査の結果、県知事賞に那覇市首里山川町の山川青年会、琉球新報
社賞に同大中町の大中青年会が輝いた。

 国際通りでのパレードもあり、各地の特色ある旗頭が演舞を繰り
広げた。天を衝(つ)く旗頭の勇壮な姿に観光客らが見入っていた

 今回から審査のルールが改定され、予選、決勝と制限時間まで旗
を持ち続けたチームの中から旗頭の重量の重い順に順位を決めた。


(琉球新報の紙面より)

2010-10-15

伝説の空手家「武士・松村宗昆の遺墨」

松村宗棍(まつむら そうこん、1800年 - 1892年)
は、琉球王国時代の最も偉大な武術家の一人であり
文武両道に秀でた人物であった。
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写真の遺墨は「人、常に敬恭なれば、則ち心は常に光明なり」

宗昆七十六歳の作で、筆力や語句に武人らしさや人間性がにじみでている。

松村宗棍は、1809年、首里山川村(現在の那覇市首里山川町)に生まれ
唐名は武成達、世間では武士松村と呼ばれ広く知られた。

松村は、幼少の頃より武に優れ17、8歳の頃には、
すでに武術家として頭角を現し始めたという。

成人してから、松村は役人として薩摩に渡り、示現流の免許皆伝を得たとされ,

1836年に北京へ渡り、勉学のかたわら、北京王宮の中国武術も学んだとも伝えられる。

帰国後松村は、17代琉球国王から19代尚泰王の三代にわたって
警護役と武術指南役もつとめたと言われる。

松村は晩年、多くの弟子達に唐手を指導した。松村の主な弟子には、
牧志朝忠(板良敷朝忠、安里安恒、糸洲安恒、知花朝章、本部朝勇、本部朝基兄弟
らがいる。明治32年(1899年)、91歳の長寿で没した。

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