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2010-10-16



沖縄の宮古島ミャークヅツで賑わう

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池間島と佐良浜、西原の伝統祭祀となっているミャークヅツがはじまり
3地域ではクイチャー奉納が繰り広げられた=11日、池間島

旧暦9月の甲午 (きのえうま) の11日、 平良の池間島と西原
伊良部の佐良浜で伝統祭祀 「ミャークヅツ」 がはじまった。
池間と西原は3日間、 佐良浜は4日間行われる。

ミャークヅツは数え55歳以上 (池間) の男性集団を中心に執り行われる
集落最大の祭りで、 期間中は泡盛に練乳を混ぜた 「ミルク酒」 を
酌み交わして楽しむとともに、 賑やかにクイチャーを踊って
子孫繁栄と五穀豊穣を願うほか、 御願 (うがん) や
この1年間に生まれた子どもを迎え入れる 「マスムイ」 の儀礼
などを行う。 池間島と、 その分村である西原、 佐良
浜でも受け継がれている。  

ミャークヅツ=ミャークは現世、 ヅツは 「節」 とされる。
期限は定かではないが、 池間島では200年以上前とされている。

由来は仲保屋の池間の主が、税金 (人頭税) の完納の祝いとして
祭りを与えたというほか、 子どもが亡くなった悲しみで
「人生の無情から、 現世を楽しく生きよう」 とはじまった
との説が伝えられている。


 (宮古新報の記事より)

2010-10-15

伝説の空手家「武士・松村宗昆の遺墨」

松村宗棍(まつむら そうこん、1800年 - 1892年)
は、琉球王国時代の最も偉大な武術家の一人であり
文武両道に秀でた人物であった。
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写真の遺墨は「人、常に敬恭なれば、則ち心は常に光明なり」

宗昆七十六歳の作で、筆力や語句に武人らしさや人間性がにじみでている。

松村宗棍は、1809年、首里山川村(現在の那覇市首里山川町)に生まれ
唐名は武成達、世間では武士松村と呼ばれ広く知られた。

松村は、幼少の頃より武に優れ17、8歳の頃には、
すでに武術家として頭角を現し始めたという。

成人してから、松村は役人として薩摩に渡り、示現流の免許皆伝を得たとされ,

1836年に北京へ渡り、勉学のかたわら、北京王宮の中国武術も学んだとも伝えられる。

帰国後松村は、17代琉球国王から19代尚泰王の三代にわたって
警護役と武術指南役もつとめたと言われる。

松村は晩年、多くの弟子達に唐手を指導した。松村の主な弟子には、
牧志朝忠(板良敷朝忠、安里安恒、糸洲安恒、知花朝章、本部朝勇、本部朝基兄弟
らがいる。明治32年(1899年)、91歳の長寿で没した。

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