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2010-10-22



自由に「とぅばらーま」熱唱

なかどぅ道ぬとぅばらーま祭
大勢の市民詰めかけ熱気
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「歌う人が主人公」として幅広い出演者が特徴の
「なかどぅ道ぬとぅばらーま祭」(主催・同実行委員会)が
20日午後7時から平真小学校体育館で行われ
子どもからお年寄りまで幅広い年代の出演者が
自由にとぅばらーまを披露した。

同祭は例年、旧暦8月13日に開かれる
「石垣市とぅばらーま大会」の前夜祭として
登野城のなかどぅ道ぬとぅばらーま歌碑広場で行われ
今年で20年目の節目を迎えた。

今年は台風を避け1カ月先延ばししたが
台風13号の影響で会場を同広場から
平真小体育館に変更した。

この日のとぅばらーま祭には、島内外から幅広い
年代の出演者が個人やグループで参加。
歌詞や歌い方、上手下手を問わず、思いの丈を込め
のびのびととぅばらーまを歌いあげていた。
また、中山義隆市長もトップバッターでのどを
披露した。会場には大勢の聴衆が詰め掛け
出演者が自由に歌うとぅばらーまを心ゆくまでたんのうした。



(八重山毎日新聞記事より)

2010-10-15

伝説の空手家「武士・松村宗昆の遺墨」

松村宗棍(まつむら そうこん、1800年 - 1892年)
は、琉球王国時代の最も偉大な武術家の一人であり
文武両道に秀でた人物であった。
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写真の遺墨は「人、常に敬恭なれば、則ち心は常に光明なり」

宗昆七十六歳の作で、筆力や語句に武人らしさや人間性がにじみでている。

松村宗棍は、1809年、首里山川村(現在の那覇市首里山川町)に生まれ
唐名は武成達、世間では武士松村と呼ばれ広く知られた。

松村は、幼少の頃より武に優れ17、8歳の頃には、
すでに武術家として頭角を現し始めたという。

成人してから、松村は役人として薩摩に渡り、示現流の免許皆伝を得たとされ,

1836年に北京へ渡り、勉学のかたわら、北京王宮の中国武術も学んだとも伝えられる。

帰国後松村は、17代琉球国王から19代尚泰王の三代にわたって
警護役と武術指南役もつとめたと言われる。

松村は晩年、多くの弟子達に唐手を指導した。松村の主な弟子には、
牧志朝忠(板良敷朝忠、安里安恒、糸洲安恒、知花朝章、本部朝勇、本部朝基兄弟
らがいる。明治32年(1899年)、91歳の長寿で没した。

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