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2011-11-24

遺族、友好探る (台湾・宮古島)

牡丹社事件の遺族、友好探る

 【台湾・台北市で嘉数よしの】
台湾南部の屏東県牡丹(ぼたん)郷に漂着した宮古島住民54人が先住民に殺害された「牡丹社事件」(1871年)をテーマにした国際学術会議(主催・台湾研究基金会など)が26日に同県で開催される。
140年の節目に開かれる会議には沖縄から被害者の子孫や研究者らも参加する。国際会議の関係者らが23日、台北市内で会見し、事件が東アジア情勢に与えた影響を検証する意義を強調した。

 事件は明治政府の台湾出兵につながった。
東アジアの近代史上重要な事件とされており、近年研究が進んでいる。国際会議は2004年以来で、2度目の開催。
台湾、日本、韓国、中国から研究者らが集う。25日には慰霊祭なども予定されている。沖縄から犠牲者の遺族、野原耕栄さん(63)と又吉盛清沖縄大学客員教授、宮古、石垣の研究者らが参加する。

 野原さんは、宮古島の有力者だった野原茶武(ちゃむ)さん(享年31歳)の子孫。会見では、「(先祖の死を)悲しく、悔しく思っていた」と胸中を吐露しつつ、「大きな会議が開催され、事件が検証されることに驚きとうれしさを感じている」とあいさつした。

 野原さんは殺害した先住民側の苦悩にも触れ、会見に同席した先住民の子孫、華裕民さん(79)と握手を交わした。「会議を通して、友好を深めていきたい」と語った。

 又吉客員教授は「牡丹社事件の検証は東アジアの大きなテーマだが、研究は遅れている。新たな文献が見つかったので発表する」と意欲を見せた。

[ことば]

 牡丹社事件 琉球王府時代の1871年、那覇に年貢を納めた帰りの宮古の貢納船が、暴風雨で遭難し、台湾南部の八瑶湾に漂着。乗員69人のうち3人が水死し、残りは先住民族・パイワン族の集落、牡丹社に救助を求めたが、言語や文化の誤解が重なり、54人が殺害された。生き残った12人は翌年、中国・福建省を経由して那覇に帰った。事件の報復を口実に、明治政府は74年、近代日本最初の海外派兵「台湾出兵」を強行した。

  沖縄タイムス  
category沖縄ニュース  time17:05  authorseasa 
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