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2010-06-07

屋良さん さよなら追悼ジャズライブ2010年6月5日

 沖縄のジャズ界の巨星、屋良文雄が逝った。
沖縄のジャズの歴史そのものを生き抜いた屋良文雄。
いつもニコニコ顔で、多くの仲間はその怒った顔を一度も見たことがない程だ。
個性的な愛らしいその顔で最も特徴的だったのは、チョビ髭とタレ目であった。
そのタレ目をより一層タレ目にして、「一千年も生きたいナ」と
テレビCMの中で言っていた映像が今でも鮮やかに思い出される。

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4月に亡くなったジャズピアニスト、屋良文雄さんの追悼コンサート
(主催・那覇市、沖縄ジャズ協会)が5日、
那覇市のパレット市民劇場で開かれた。
 

沖縄ジャズ界の重鎮・屋良文雄は、琉球大学で音楽を学び、
卒業するとまもなく米軍の将校クラブのバンドマンとして本格的に音楽の世界に入った。
「特にジャズの演奏の時に厳しかった」、屋良文雄はよく言っていた。

「沖縄のアメリカ軍は本国から直接送られてくる兵隊が多く、
その中には、南部やニューオリンズ出身のGIも多かった。
彼等はつい2~3週間前までは、本国でそれこそ生のジャズを肌で聴いていた連中だろ?
それを沖縄でなまっちょろい若造が一生懸命マーミナを追っかけながら
ズンチャカ・ズンチャカしているのを見ると歯がゆくて堪らなかったに違いない。
時には私達が演奏している舞台に上ってきて、『貸してみ!』(と言ったと思う)とばかりに、
楽器を取り上げ、自分で演奏して見せる人もいた。




そんな背景からの影響だと思うが、沖縄のジャズはテクニック的には
東京を中心としたジャズメンに劣るかもしれないが、ジャズの匂いというのか、
フィーリングなどの面から言えば、沖縄のジャズは独特の世界を持っており、
またそれがジャズというものだ。沖縄のジャズは独自のスタイルを持っている。
我々はそれに大きな誇りを持っている」




 2010年6月5日に、沖縄県那覇市パレット久茂地で行われた屋良文雄追悼ライブコンサートには多くの立ち見がでるほどの盛況さで、屋良文雄の人気と人柄を強く印象付けられた。
屋良文雄さんの成子夫人の挨拶が人々の胸を打った。

「彼は長い旅に出ました。私達に多くの強烈な思い出を残して・・・しかし彼は、
『長い旅を続けながら、今は演奏をしたり作曲をしたりしているよ。
少し長くかかるけど、必ず帰るからネ』と夢の中で言っていました。」  
category音楽  time11:16  authorseasa 
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