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2011-03-16



県立高校合格発表、宮古563人笑顔満開 (宮古島・沖縄)

県立高校合格発表、宮古563人笑顔満開
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受験番号を見つけて喜ぶ受験生ら=宮古高校

2011年度県立高校入学試験の合格発表が15日、 県内一斉に
行われた。 このうち宮古地区の4高校 (宮古、 宮古総合実業、
伊良部、 宮古工業) では午前9時から連携型や推薦入学者を
含む計563人の合格者の受験番号が張り出され、 番号を見つ
けた受験生らが 「やった、 受かった」 などと歓声を挙げ、
家族や友人らと抱き合って喜び、 4月からの高校生活に胸を躍
らせていた。

宮古4校のうち、 学科別志願倍率は宮古理数科が1・21倍で最
も高く、 次いで同普通科が1・09倍、 宮古総合実業生活福祉科
が1・03倍、 同食品科学科が1・00倍だった。

このうち県立宮古高校では合格者の受験番号が午前9時から張り
出され、 待機していた大勢の受験生や家族が受験番号を見つけ
ては歓声を上げ、 合格を喜び合っていた。 涙を流したり、 カ
メラ付き携帯電話で受験番号を記念に撮影したりしながら、
合格の喜びをかみしめていた。 また、 電話やメールで両親に
合格を興奮した様子で伝える受験生の姿も見られた。

同校普通科に合格した城辺中の島尻元輝くんは 「長かった受験
生活を乗り越えやっと合格できた。 自信はなかったが合格でき
てうれしい。 高校ではバスケ部に入部し、 勉学と両立させ、
大学進学を目指したい」 と笑顔で話していた。 また、 理数科
に合格した平良中の島尻奈津希さんは 「高校では漢字検定、
数学検定など試験を受けたい。 目標である栄養士になるため
頑張りたい」 と意気込んでいた。

なお、 各校とも二次募集を16、 17の両日に実施する。 宮高
理数科、 普通科を除く3校10学科・6コースで実施される。
合格発表は25日。

二次募集内容は
▽伊良部=普通科35人▽宮古総実=生物生産14人環境工学11人、
生活福祉1人、 海洋科学13人、 食品科学10人、 商業20人
▽宮古工業=自動車機械システム20人 (機械システム15人、
自動車5人)、 電気情報17人 (電気技術5人、 情報技術12人)
生活情報16人 (服飾デザイン12人、 フードデザイン4人)



( 宮 古 新 報 )

2011-03-16

赤十字県支部が宮城へ出発(沖縄)

赤十字県支部が宮城へ出発
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出発式に臨む日本赤十字社県支部の医療救護班=那覇市・
沖縄赤十字病院

東日本大震災の被災地支援のため、日本赤十字社県支部の医療
救護班第1陣の7人が15日午前、現地へ向け出発した。東京
を経由し17日から4日間、宮城県石巻市の石巻赤十字病院を
拠点に活動する。出発を前に15日、沖縄赤十字病院で出発式
があり、班長の佐々木秀章医師が「被災者に少しでも安心して
もらえるよう、心を尽くしたい」と決意を述べた。

班は医師、看護師、自動車操作要員らで構成。救急車に診療や
蘇生(そせい)用の器具、薬品などを積み、病院や避難所を回
ってけが人や病人を手当てする。県支部長を務める仲井真弘多
知事は「自分の安全も確保しながら、1人でも多くの被災者を
助けてほしい」と激励した。

県医師会も第1陣派遣 岩手向け

県医師会(宮城信雄会長)の災害救助医療班の第1班も15日、
被災地の岩手県に向けて出発した。ボランティアで募った医師
3人、看護師2人、事務1人のチームが医療支援に当たる。
約1週間の日程で活動。同医師会では順次、チームを派遣する。

同日、南風原町新川の県医師会館で出発式があった。名桜大の
出口宝(しげる)医師(52)は「早く現場に行って、できる
限りのことをしたい。岩手県医師会とも連携してスムーズな対
応ができるようにしたい」と語った。県医師会の玉城信光副会
長は「安全を第一に活動してほしい」と激励した。

 第2班は20日に派遣される。



(沖縄タイムス)

石垣市から東北へ-緊急消防援助隊に3人を派遣 (石垣島・沖縄)

石垣市から東北へ-緊急消防援助隊に3人を派遣
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 宇根隊長、黒島隊員、平良隊員(左から)

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の救援のため沖縄県隊
が17日に出発する。その一員として石垣市消防本部から3人の救
急隊員が派遣されることになった。

同隊は県内11消防本部からの隊員56人で編成され、救助や消火、
後方支援にあたる。沖縄本島の各本部からは工作車やポンプ車、
救急車などの車両も運搬。

石垣市から派遣されるのは、救急救命士の宇根正人さん(隊長)
黒島浩光さん、救急隊員の平良重信さんの3人で、平良さんは
「職務を遂行して救難救護に全力を尽くしたい。県民、市民の
代表としてできることを確実にやっていきたい」と話していた。

同消防本部が被災地に職員を派遣するのは初めて。器材だけで
なく自らの食糧や水などもそろえるため、持ち物は数十キロに
なるという。台風や海難などの現場を経験している隊員も、雪
が舞う地域での活動は初めて。前木秀靖消防長は「災害の規模
が大きいが、現場では冷静沈着に対応してもらいたい。くれぐ
れも2次災害には気をつけてもらいたいと思う」と語った。

3人は16日に那覇に向かい、17日に沖縄県隊として空路・東京
に入る。その後、陸路で現地に向かう予定。1週間程度を予定
しているが、「長期になることも考えられる」と前木消防長。
人員交代で現地に入ることも想定し、体制を整える。



(八重山日報)

2011-02-25

勝連さんのキビ、反収20・6㌧(宮古島・沖縄)

勝連さんのキビ、反収20・6㌧/サトウキビ競作会
2年連続県1位に期待
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収穫した審査用のサトウキビを手に笑顔の勝連さん
=24日、上野新里

県糖業振興協会の2010-11年期サトウキビ優良事例調査
(競作会)宮古地区全刈り作業が24日、地区代表の勝連栄一さん
のほ場で行われた。収穫した結果、収量は反収ベースで20・6㌧
平均糖度は13・9度。産糖量は同協会で正確に算出されるが、
2年連続宮古地区代表の県1位が期待される。

勝連さんのサトウキビは夏植えで品種は農林21号。09年8月に
植え付けたもので、堆肥とプリンスベイト剤を使用している。
さらに植え付け後、高さ1㍍ほどに伸びたキビを根元から切って
茎数を増やしたという。

全刈り作業は午前9時30分ごろから行われた。県、市、JAなど
の関係者が刈り取り作業を担当。キビの長さは最長で5㍍超、
平均でも4㍍50㌢以上で高収量を裏付けた。

収穫後は宮古製糖城辺工場で計測した。収量、品質ともに前期
県1位だった川満長英さんのキビには及ばないものの反収20㌧は
県内トップクラス。事前の予備審査では産糖量も上位に付ける
など県1位が期待される。

勝連さんは「宮古代表に選ばれてうれしく思う。このキビは
県1位を狙って植え付け時から管理してきた。1位になって
皆さんの期待に応えたい」などと抱負を話した。

勝連さんのサトウキビについて、県糖業振興協会の糸数勝美次長
は「茎数も長さもあるキビで素晴らしい」と評価した。

最終審査は来月上旬に実施、表彰式は4月21日に行われる。


(宮古毎日新聞)

2011-02-17

テビチでまちおこし 「戦後のにぎわいを」のぼり旗で盛り上げ(沖縄)

テビチでまちおこし 「戦後のにぎわいを」のぼり旗で盛り上げ
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完成したばかりののぼり旗を手に笑顔を見せる会員ら
=7日、うるま市石川の市商工会石川支所前

【うるま】テビチで有名だった旧石川市(現うるま市石川)を再び
「食」で盛り上げようと、県飲食業生活衛生同業組合石川支部(神里
盛喜支部長)はこのほど、「てびちの町」をアピールするのぼり旗を
作製。組合員の店舗などで掲げ、地域活性化に意気込みを見せている。

石川は、終戦直後に収容所が設置され、戦後沖縄最初の中央政治機関
「沖縄諮詢(しじゅん)会」が置かれた「沖縄の戦後復興の地」と
いわれる。地元の関係者によると、当時の市場には、所狭しとそば屋
があり、多くの人たちがテビチそばに舌鼓を打っていたという。

のぼり旗には、戦後復興期に活躍した芸人・小那覇舞天(ぶーてん)
(本名・全孝)のイラストを取り入れ、「笑いは商なり」の文言を
加えた。旗は20枚作製し、石川地区内の居酒屋やレストランなど
支部会員の店舗で掲揚する。

神里支部長は「石川は戦後の食文化復興の地とも言える。不景気を
食と笑いで吹き飛ばしたい」とPR。同市商工会の山城和正会長は
「石川でおいしいテビチが食べられるとして、県内外から多くの人に
来てもらえる場所になるよう頑張ってもらいたい」と激励した。


(具志堅千恵子)






(琉 球 新 報)
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