2011-10-11



山内が逆転初V 県中学軟式野球(沖縄)

山内が逆転初V 県中学軟式野球

山内―読谷 延長8回山内1死満塁、松元孝平がスクイズを決め、
勝ち越す。三走は山崎颯太=新開球場(大城大輔撮影)

 中学軟式野球の第3回全日本少年春季大会県予選最終日は10日、
南城市佐敷の新開球場で決勝を行い、延長8回の末、山内が4―2で
読谷を破り、初優勝を飾った。

 2―2で特別ルールにより無死満塁で始まる延長八回、山内はスクイズと敵失の間に2点を挙げ、勝ち越し。その裏の読谷の攻撃を無失点で守り抜いた。

 山内は全国切符を懸け、九州大会(11月・福岡)に出場する。

  
  沖縄タイムス

>山口国体:カヌー大城完勝(沖縄)

山口国体:カヌー大城完勝

カヌースプリント・少年男子カナディアンシングル200メートル決勝 
44秒118で優勝し、大会2冠に輝いた大城海輝(左)
=岩国市・中山湖特設カヌー競技場(古謝克公撮影)

ジャーク2本目で139キロを挙げる平良勇祐
=海峡メッセ下関(安里真己撮影)

 【山口国体取材班】
第66回国民体育大会「おいでませ!山口国体」第9日の9日は、県勢が躍進した。
重量挙げ少年69キロ級の平良勇祐(南部工高)がジャーク139キロで優勝し、
トータルでも255キロで1位となった。

カヌースプリント少年男子カナディアンシングル200メートル決勝は大城海輝(沖水高)が制して同500メートルとの2冠を達成した。なぎなたは成年演技で準優勝、少年試合で3位に入った。

 重量挙げでは、ほかにもトータルで成年69キロ級の糸数陽一(日大)が2位、同77キロ級の久米大輝(金沢学院大)が4位、少年85キロ級の金城吉永(糸満高)が3位に入った。

 ハンドボールは少年男子が決勝へ、同女子が準決勝へ進出。

 ソフトボール少年男子も準決勝に進んだ。自転車少年男子個人ロードレースで城田大和(北中城高)が5位に入った。

 第10日の10日、沖縄は5競技に出場する。

きょうの県勢

●陸上
 少年男子B 走り幅跳び
 男子共通 400メートルリレー準決勝
 成年女子 1万メートル競歩

●重量挙げ
 少年男子 94キロ級

●ハンドボール
 少年男子 決勝  沖縄―山口
 少年女子 準決勝 沖縄―香川

●ソフトボール
 少年男子 準決勝 沖縄―岡山
 決勝 沖縄―長崎と広島の勝者

●なぎなた
 成年女子 試合3回戦~決勝

  沖縄タイムス

山口国体 ハンド王国本領、ソフトあと一歩(沖縄)

山口国体 ハンド王国本領、ソフトあと一歩

ハンドボール少年男子決勝・沖縄―山口 後半、高い打点から
シュートを放つ比嘉成希=周南市・キリンビバレッジ周南総合スポーツセンター
(古謝克公撮影)

 【山口国体取材班】
第66回国民体育大会「おいでませ!山口国体」第10日の10日、
沖縄は5競技に出場した。

ハンドボール少年男子は決勝で地元山口を28―27で破って6年ぶり3度目の優勝。同少年女子は準決勝で香川に敗れ、3位決定戦に回った。

ソフトボール少年男子は準優勝だった。
重量挙げは少年94キロ級の屋良一郎(南部工高)がスナッチで116キロを挙げ2位、ジャークは140キロの4位で、トータルは256キロで3位だった。
重量挙げの総合成績は3位だった。

陸上男子共通400メートル準決勝は40秒36の組3位で決勝進出を決めた。
なぎなた成年試合は3回戦で愛媛に1―2で敗れ、8強入りを逃した。

30位台を目標とする沖縄の男女総合成績は10日終了時点で733・5点の39位で、前日の43位から浮上した。
最終日の11日、沖縄は陸上とハンドボールの2競技に出場する。

きょうの県勢

●陸上

 男子共通 400メートルリレー決勝

●ハンドボール

 少年女子 3位決定戦 沖縄―東京


  沖縄タイムス

43トン綱に熱気 那覇大綱挽 (沖縄)

43トン綱に熱気 那覇大綱挽
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27万人余の参加者が掛け声に合わせ綱を引いた
那覇大綱挽=9日午後4時すぎ、那覇市の国道58号
久茂地交差点(山城博明撮影)
 
400年以上の伝統を持ち、1997年に世界一の大綱
としてギネスブックに認定された第41回那覇大綱挽(ひき)(那覇大綱挽保存会主催)が9日午後、那覇市の国道58号久茂地交差点で行われた。
27万5千人(主催者発表)が参加し、熱気の中「ハーイヤ」の掛け声に合わせて大綱を引いた。
 
13日に開幕する第5回世界のウチナーンチュ大会に参加するため来県している各国からの県系人らも多数参加。それぞれの思いを込めながら綱を引き、ふるさと沖縄の一大イベントを満喫していた。
 
参加者は東西に分かれて全長200メートル、直径1・56メートル、総重量約43トンの大綱から伸びた手綱280本を引き、熱戦を展開。制限時間30分でも勝敗がつかず、引き分けに終わった。通算成績は東西ともに12勝12敗14引き分け。
 勝負の前には旗頭や空手演武が披露され、綱引きを盛り上げた。
 
ギネス世界記録のホームページによると、現在の世界一は2005年に韓国で記録された251メートル、直径2・2メートルとなっている。


   琉球新報

「世界の奥原ンチュ大会」も予定(OKINAWA)

「世界の奥原ンチュ大会」も予定
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お手製の横断幕を広げ、親族を待つ奥原家
=10日、那覇空港国際線ターミナル
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 読谷村高志保出身の故奥原崇載(そうさい)さんが、
1906年にハワイへ移民し、約100年でハワイ在住の
親族が300人余に増えた奥原家。
沖縄側の親類規模を上回る一大家系に発展した。今大会では30人がハワイから来沖、15日には高志保で沖縄側を含め約100人が集結し、一家だけの“世界の奥原ンチュ大会”も予定している。(佐渡山倫子)

 ハワイの奥原家は1世に当たる崇載さんが7人中3人の息子を呼び寄せて発展。現在、6世が誕生して300人に広がっており、ハワイでは名簿を作成、管理しながら連絡を取り合っているという。

 10日に那覇空港に着いたのは、ベティー・オクハラさん(68)=ホノルル=らハワイ在住の奥原家親族の10人。到着後、沖縄の親族からハワイのレイに代わって琉球舞踊で使う「貫花」を首にかけてもらい大歓迎。ベティーさんは「1回目から大会に参加している。毎回、奥原家が勢ぞろいしてうれしい」と沖縄側との対面を期待した。

 この日、沖縄側奥原家は17人が那覇空港に集まり、奥原家の家紋や「待っちょうたんどー」と書かれた手製の横断幕を広げ、「アロハ」と声を上げて歓迎。

 崇載さんのひ孫で2、3年に1度ハワイを訪ね、交流を深めている松田悦子さん(61)は、貫花のレイで歓迎することを提案し、琉舞の先生に作ってもらい、持参した。「親族が集まるとうれしいね」と大興奮だった。


 空港到着後、宿泊先の那覇市内のホテルで、共に帰沖した娘夫婦らとあらためて誕生日を祝った崎原さん。ハワイ2世の崎原盛秀さん(85)と1960年に沖縄で結婚し、76年にハワイへ移住して35年がたつ。

 沖縄に常に触れていたいと、20年前から琉球舞踊を習い始めた。ハワイでの食卓には毎回、ゴーヤーチャンプルーやラフテーなど沖縄料理が並び、米国人の婿もすっかり沖縄ファンとなっている。

 崎原さんは12日、西原中学校の同期会にも参加する予定。「19日には帰るが毎日楽しみなことばかり」と心を躍らせている。

     沖縄タイムス

誕生日の崎原さんに機内サプライズ(OKINAWA)

誕生日の崎原さんに機内サプライズ
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72歳の誕生日に帰沖した崎原光子さん(前列左から2人目)と家族=10日、ホテルJALシティー那覇

 10日にハワイから到着した西原町出身で1世の崎原光子さん=オアフ島=は、チャーター便の中で72歳の誕生日を祝ってもらった。機内で突然アナウンスが流れ、乗客全員から拍手を受ける予想外の出来事に「誕生日に沖縄へ帰って来られて、ウチナーンチュ大会にも参加できる。とってもエクサイト」と二重の喜びに包まれた。

 空港到着後、宿泊先の那覇市内のホテルで、共に帰沖した娘夫婦らとあらためて誕生日を祝った崎原さん。ハワイ2世の崎原盛秀さん(85)と1960年に沖縄で結婚し、76年にハワイへ移住して35年がたつ。

 沖縄に常に触れていたいと、20年前から琉球舞踊を習い始めた。ハワイでの食卓には毎回、ゴーヤーチャンプルーやラフテーなど沖縄料理が並び、米国人の婿もすっかり沖縄ファンとなっている。

 崎原さんは12日、西原中学校の同期会にも参加する予定。「19日には帰るが毎日楽しみなことばかり」と心を躍らせている。

     沖縄タイムス

ペルーの蒸留酒ピスコお披露目(OKINAWA)

ペルーの蒸留酒ピスコお披露目
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ペルー日系人で唯一ピスコを製造するグスクマ・ミゲル氏
(中央左)と次男のカルロス氏(左)ら
=9日、北中城村のホテルコスタビスタ

 南米ペルーで蒸留酒「ピスコ」を製造・販売する県系2世のグスクマ(城間)・ミゲルさん(63)、カルロスさん(28)親子が第5回世界のウチナーンチュ大会を前に9日、父親の出身地
・北中城村で独自商品「ピスコ・グスクマ」を県内で初披露した。
ペルーでピスコを製造する日系人はグスクマさん親子のみ。

商品のPRにと県内有志が同村役場前に大看板を設置した。

ミゲルさんは「沖縄でピスコを紹介できたことは光栄。現地の1世もみんな帰郷したようなものだ」と喜び、「苦労した県系人の汗と涙を感じてほしい」とアピールした。

 父・仁亀(じんき)さん(故人)は1932年、ペルーに移民し、南部のカニエテ市で農業を営んだ。ミゲルさんは10ヘクタールの農場で20年前からブドウを生産、2000年ごろからブドウ由来の蒸留酒・ピスコを製造・販売するようになった。

 ピスコはペルーで最も愛飲され、ブドウの香りやきれのいい味わいが特徴。グスクマさんの会社「ラ・ワカ」は、年間1万5千本(1本750ミリリットル)を販売しているという。ミゲルさんと息子ら4人で経営し、原料から酒づくりまで自社で一貫製造している。減農薬のブドウを使い、人工のアルコール、甘味料を加えない製法にこだわり「体に優しい酒に仕上がっている」という。

 日本では南米日系人農家の支援や食料確保に取り組む岐阜県のギアリンクスの中田智洋社長が2年前にミゲルさんと出会い、昨年から輸入販売している。県内企業と取引のある中田社長の呼び掛けで、「ピスコを沖縄に紹介する会」が発足し、試飲会を企画した。

 中田社長は「ペルー人が沖縄に来て泡盛を造るようなもので、堅実なグスクマさんにひかれた。古里でもあり焼酎文化のある沖縄で普及してほしい」と話した。

 試飲会には約150人が集まり、ペルー同様にカクテル風にアレンジしたピスコを味わった。今後、県内での販売を検討する。

 商品の問い合わせはギアリンクス、
    電話0573(62)1545。

沖縄タイムス

沖縄の情報交換交流サイト好評 ハワイ3世、 知念さん (OKINAWA)

沖縄の情報交換交流サイト好評 ハワイ3世、 知念さん
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ネットワーク構築のため交流サイトを立ち上げた、知念ダニエル弘貴さん=9月28日、琉球大学
 
世界のウチナーンチュのネットワークを構築するため、ハワイ出身の県系3世、知念ダニエル弘貴さん(44)=宜野湾市=が運営する交流サイトが話題を集めている。サイト上で情報交換や沖縄文化の勉強会などを通し、活発な対話が続いている。登録者は千人を超えた。
 
沖縄県系人という自覚はあったが、沖縄への関心は希薄だった。アメリカの大学院を卒業後、ハワイで偶然出会った県系人に誘われ、2006年の第4回ウチナーンチュ大会に参加。音楽に合わせて参加者同士が楽しんでいる姿に感動し、「イチャリバチョーデー」の精神を実感した。
 
5年に1度の交流ではもったいないと考え、ネットワーク構築の手段として4年前にサイトを作った。07年には沖縄の歴史を学ぶため沖縄に移住。現在、琉球大学で学ぶ傍ら、三線や空手のけいこに励む。
 
「大学で接する学生たちは沖縄人としてのアイデンティティーが薄くなっているのでは」と心配する。空手やエイサーができない学生が多い。サイトでは沖縄文化の継承、普及の支えとなるよう工夫を凝らす。
 
ウチナーンチュ大会では祖父の出身地である南城市佐敷の交流会に参加する。「またイチャリバチョーデーを感じたい」と2度目の大会に期待を膨らませる。(氏家清志)


  沖縄タイムス

「ハワイから豚」写真発見 48年沖縄救済を記録 (OKINAW)

「ハワイから豚」写真発見 48年沖縄救済を記録 null  
ジョン糸村さん
 
ハワイの県系人が終戦直後の1948年、食料難で苦しむ沖縄住民に豚550頭を届ける際に船上などで撮られた写真がこのほど見つかった。豚を届けた県系人勇士7人のうちの一人、故・島袋真栄さんの孫、ジョン糸村さん(48)=米ハワイ在住=が保持していた。
写真は8枚あり、船に積まれた何頭もの豚の様子や、子豚を持ち上げる真栄さんの姿を生き生きと捉えている。ハワイで若い県系人らに獅子舞を指導している糸村さんは「祖父は沖縄のために頑張った。私の今の活動と思いがつながっているのは興味深い」と語った。
 
島袋真栄さんは糸村さんの母の父。母も写真の存在を知らなかったといい、実家の倉庫で2003年ごろに見つけたという。
 
写真には、船上で豚が歩き回っている様子や、トラックに積まれる様子、真栄さんが満面の笑顔で帽子を振っている様子などが写っている。
 
終戦直後、ハワイの県系人たちは米軍艦を借用し、豚を運んだ。沖縄に向かう途中では、太平洋上に浮遊する日本軍の機雷や大しけに遭いながら、命懸けで豚を沖縄に送り届けた。
 
終戦直後、北・南米などの多くの国々の県系人が沖縄住民を救おうと多量の物資を届けた。ハワイからの豚の輸送は、ミュージカル「海から豚がやってきた!!」となり、公演が県内やハワイ、ロサンゼルスでも好評を得るなど、沖縄救済活動の象徴的な出来事として語り継がれている。
 
糸村さんは真栄さんについて「写真を見つけて初めて祖父がそんな貢献をしたことが分かった。母も知らなかった。自分の活動を人に言いふらすのではなく、まずは実行することが大切ということを教えてくれた」と尊敬の念を込めた。
(新垣毅)


   琉球新報

歓迎4世代22人 具志堅さん一家故郷に大集合(沖縄)

歓迎4世代22人 具志堅さん一家故郷に大集合
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本部町出身の父母を持つ2世のスエコさん(前列右から3人目)を中心に具志堅家22人のうち、第1陣11人が先に到着した=那覇市内のホテル
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 第5回世界のウチナーンチュ大会(主催・同実行委員会)
まであと1日。
10日はハワイから大勢の参加者が到着した。故郷、沖縄の地で4世代が大集合した本部町の具志堅家。大家族の到着を今か、今かと待った読谷村の奥原家。機内で誕生日を祝った西原町の崎原家。大会目前に海外、県内の参加者の間に、帰郷や再会の喜びが広がった。

 本部町具志堅出身の父母を持つ2世の具志堅・仲村渠・スエコさん(79)一家はこの日、22人が2便に分けて、那覇空港に降り立った。最年少は5世のノアちゃん(1)。

 3年前に亡くなった夫トクゾウさんも具志堅集落の先祖を持つハワイ県系人。5年前の大会は一緒に帰郷したが、22人もの一家がそろうのは初めて。

 スエコさんは「みんなで本部に帰れる。本当にうれしい」と喜びをかみしめた。

 スエコさんの子どもは3人。長女レネー・ナオミさん(53)、次女のチエミ・デールさん(50)、長男キース・マサノブさん(49)はいずれも沖縄を訪れたことがあるが、今回は4世に当たるそれぞれの子どもたちも連れてきた。

 長女ナオミさんは夫のチャールズ・ワカマツさん(53)との間に5人の子どもをもうけ、それぞれユタ、アリゾナ、カリフォルニアと米国内で離れて暮らしている。今回のウチナーンチュ大会では、末っ子を除き全米から家族が集う格好だ。

 ナオミさんは具志堅家と、仲村渠家の家系図を事前に作り、古い写真と併せて持参。本部町の親戚に聞いてさらに広く調べることも大会参加の目的だ。「家族みんなで先祖のことを知るのはワンダフル」と意気込む。

 4世のミシェル・ミツコさん(31)は「本場の沖縄そばを食べるのが楽しみ。アンダギーはどんな味がするのかな。何でも食べたい。もちろん文化にも親しみたい」と目を輝かせる。

 いとこで4世のジャスミン・マユミさん(28)は5世のノアちゃんの手を引きながら「ダンスに興味がある」と話す。一家は15日に本部町内でモトブンチュ大会に参加する。(吉田伸)

   沖縄タイムス

ハワイから第1陣 チャーター便で245人 (OKINAWA)

ハワイから第1陣 チャーター便で245人  
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13日に開幕する第5回世界のウチナーンチュ大会(同実行委員会主催)に参加するハワイの団体第1陣245人が10日夕、チャーター便で那覇空港に到着した。
空港には親戚や友人、沖縄ハワイ協会、県職員らが熱烈に歓迎。「メンソーレ」「アロハー」の掛け声とともに大きな拍手が湧き起こり、ハワイの県系人は手を振ったり握手を求めたりして喜びをかみしめていた。

   沖縄タイムス

博愛の里上野まつり、地域の絆、一体感深める (宮古島・沖縄)

博愛の里上野まつり、地域の絆、一体感深める
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第4回博愛の里上野まつり (主催・上野地域づくり協議会) が9日、 市営上野体育館で行われた。 子どもから大人、 お年寄りまで多くの住民が参加してゲームやレクリエーション、 リレーなど様々な催しを楽しみながら、 地域の絆と一体感を確認していた。
舞台発表では 「宮国のヨーンシー」 や 「野原の棒踊り」 といった伝統芸能をはじめ、 小中学生のパフォーマンス、 宮古ソバの完食早食い競争やビール早飲み競争、 カラオケのど自慢大会なども行われた。 また昼食には牛汁1000人分が振る舞われた。

まつりは午前9時30分から始まったが、 降雨のため会場を陸上競技場から体育館に変更して実施。 上野保育園・幼稚園の園児たちがお遊戯、 上野小・中学校の児童生徒は校歌遊戯を披露した。 部落対抗老人クラブリレーではお年寄りたちが年齢を感じさせないハツラツとした走りを見せていた。 この他、 部落対抗で肥料担ぎリレー、 ワーガニ回しリレーなどが行われ、 各部落の応援席からは盛んに声援が送られていた。
 
昼食には牛汁とジューシーが1000人前振る舞われ、 屋台には開始前から長蛇の列ができていた。
 
午後3時からは舞台部門が行われ、 婦人会の踊りで幕を開け、 青年会による 「宮国のヨンシー」、 野原芸能保存会の 「野原の棒踊り」 など地域の伝統芸能を披露。 カラオケのど自慢大会では各部落からの出場者が十八番を熱唱した。
 
宮古そば完食早食い競争では約2人前を食べ終える時間を競った。 予想を上回る食べ応えに大人も苦戦する中、 2分51秒で完食した我如古穂佳さん (中1) が優勝した。 「お昼を食べてお腹いっぱいだったのに。 あんなに食べられるなんて思わなかった。 家や学校でも食べるのが早いと言われる」 と少し驚いた様子だった。
 
第4回を迎えたまつりに同協議会の垣花義一会長は 「合併前は色々な行事があったが一時無くなり、 住民参加の行事をやろうと取り組んできた。 年々内容も充実し参加者も増えている。 地域みんなで盛り上げようという気持ちは旧上野村時代からあった。 その気運がさらに高まっていくことを願っている」 と話した。
 
同まつりは 「きぃむ ぴぃてぃーつ ばんたが あたらす上野」 をテーマに美しい博愛の心を基調に地域住民参加による相互の交流、 協調性豊かな活力ある上野地域づくりを目的に開催されている。

宮古新報

海族まつりフィナーレ爬竜舟レース(宮古島・沖縄)

海族まつりフィナーレ爬竜舟レース
佐良浜BチームがV
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熱戦を展開する爬竜舟レース=9日、パイナガマビーチ
 
「海を楽しむ・海を食する・海を競う・海を観る」をテーマにした海族まつり(主催・宮古島観光協会、共催・市)の海族大集合フィナーレが9日、パイナガマビーチと荷川取漁港内のステージ広場で行われた。メーンイベントの一つ、爬竜舟レースでは佐良浜Bチーが優勝を飾った。ステージ広場では、大勢の家族連れらが訪れ、趣向を凝らしたイベントを満喫した。

爬竜舟レースで優勝した佐良浜Bチームと記念撮影する下地市長(手前左から3人目)=荷川取漁港内のステージ広場
 宮古の水産・観光振興・地域活性化に資することを目的に初めて開催された。4月3日の海開きを皮切りに海のフォトコンテスト、ガラスボートで行くやびじ海底観光、スターライトクルージングを実施。県内外に宮古の海の素晴らしさなどをアピールした。宮古島ジャンボフィッシング大会は諸事情で中止された。

この日のハーリー大会の爬竜船レースでは、13地区から15チームが参加。往復500㍍のコースで熱戦を展開した。各チームとも「ゴーヘイ、ゴーヘイ」の掛け声で力強いかいさばきを繰り広げた。観客らは、大きな声援を送り後押し。

イベント広場のオープニングセレモニーでは、ちびっこらんどの子どもたちが息の合ったエイサーを披露。観客らの視線をくぎ付けにした。

主催者を代表して豊見山健児会長は「9月以降、宮古島の観光客の入域は持ち直し、下期の観光客は増加が期待されている。今後とも地域活性化につながるイベントを推進したい」と決意を新たにした。

まつり実行委員長の下地敏彦市長は「宮古の海はダイバーの間では『宮古のブルー』で通じている。宮古の海は透明度が良くサンゴの成長が良い。市民の同意が得られるならば、来年も祭りを開催したい」と強調した。

ステージでは、パニパニJrライブなどが行われ、大いに盛り上がった。
 
佐良浜Bチーム代表の譜久村基彦さん(52)は「上位3位以内を目指していたが、優勝できてうれい」と喜びを語った。 

 爬竜舟レースの結果は次の通り。
 優勝=佐良浜B▽準優勝=久松A▽3位=佐良浜A

.  宮古毎日新聞