2011-04-28



たいまつ灯し慰霊祭 (八重山・沖縄)

たいまつ灯し慰霊祭 明和大津波言い伝え再現
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明和の大津波で生き残った人たちがたいまつの明かりを頼りに
寄り集まったという言い伝えを再現する慰霊祭が24日夜、石垣
市宮良地区の高台にあるタコラサー石で行われ、同地区の住民
や八重山文化研究会(石垣繁会長)のメンバーら合わせて約20人
が参加した。

宮良地区の大久勝義さん(76)が呼び掛けて開いた。明和の
大津波で生き残った人々がたいまつを頼りにタコラサー石に
寄り集まったことは、大久さん一家に代々伝わる言い伝え。

慰霊祭は24日午後7時50分ごろから始まった。読経が流れ
るなか、タコラサー石の前に立った大久さんは火の付いた
たいまつをふりかざし、明和の大津波の生存者たちにたい
まつの光で合図をした様子を再現。このあと、集まった人
たちは線香をささげた。

大久さんは「以前から慰霊祭をしているが、今年は東日本
大震災や原発があり、特別な意味があると思う」と話していた。


  (八重山毎日新聞)

2011-04-27

2年ぶりに常駐医 竹富島診療所 (八重山・沖縄)

2年ぶりに常駐医 竹富島診療所
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東京から堀田医師が着任島を挙げて歓迎

 【竹富】常駐医師が不在だった町立竹富診療所に25日、
堀田洋夫医師(72)が着任した。同日午前、町役場で委嘱状
交付式が行われたあと、堀田氏は石垣港離島ターミナル
から竹富島に向かった。竹富港の桟橋では大勢の町民が
堀田氏を出迎え、2年ぶり常駐医赴任を喜んだ。
堀田氏は「(皆さんの歓迎に)こんなにうれしいことはない。
なんとか頑張ってみたい」と住民の歓迎ぶりに驚きながら、
顔をほころばせた。

町立竹富診療所では、医師の退職で2009年4月から
常駐医が不在となり、県立八重山病院や黒島診療所の
協力で巡回診療が行われてきた。東京都青梅市の
診療所に勤めていた堀田氏はこれまでに観光で竹富島を
訪れており、09年秋ごろ、竹富診療所への常駐医就任を
打診され、夫人の義子さん(65)とともに移住してきた。

委嘱状交付式では川満栄長町長が「先生の存在だけで住民
に安心感が広がり、元気になる。無理をなさらずにこれまで
培ってきた経験や力を存分に発揮してほしい」と激励した。

堀田氏は「東京都の診療所の整理があり、時間がかかって
しまった。竹富で仕事をすることになり、責任の重さを痛感して
いるが、頑張れる間は頑張ろうと思っている。島の人々の信頼
を得られるか不安もあるが、よろしくお願いしたい」と話した。

竹富港では、大勢の住民がトンチャーマ(歓迎の踊り)で
堀田氏を出迎えた。上瀬頭芳徳公民館長は「東京から竹富
まで来ていただき、島を挙げて喜んでいる。2年間待ち続けて
いた。先生がいてくれるだけで住民の健康状態も変わる。
島のお年寄りが長生きできるように手助けしてほしい」と
堀田氏の着任に感謝した。

竹富島出身で堀田氏に同行した富本傳副町長も「2年間に
わたる熱意でわれわれの思いがしっかり通じたかと思う。
先生の生活環境が一転するので、島の人々も先生の心身を
えてほしい」と住民に協力を求めた。



(八重山毎日新聞)

2011-04-04

台湾出身者が清明祭 (八重山・沖縄)

台湾出身者が清明祭
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 線香やもちで祖先を供養

台湾出身者でつくる琉球華僑総会八重山分会(呉屋寛永分会長)
の清明祭が3日、石垣市大川の台湾同郷之公墓で行われた。
4月5日の「清明節」を前に行われた祖先供養の儀式。集まった
人たちは、台湾独特の細長い線香をささげて祖先を供養、知人
同士で近況を語り合ったりした。

台湾同郷之公墓は、市内に2カ所ある台湾出身者の共同墓地の
うちの1つで、20基余りの墓がある。この日は午前10時すぎ
から墓参りの人たちが集まりはじめ、もちや料理などを供えて
祖先を供養した。

中央の広場では、焼きそばも振る舞われ、墓参りの人たちが
食事を楽しみながら親交を深める姿もみられた。

八重山に住む台湾出身者の間では、旧1月16日の十六日祭と
清明祭の両方に墓参するケースや、どちらか一方だけに墓参する
ケースがあり、台湾と八重山の習慣が入り交じる形で墓参りが
行われている。




(八重山毎日新聞)