2019-09-28



モノレール延長区間開業



来る10月1日にモノレール延長区間4.1kmの運転が開始されます。モノレール事業は1965年に那覇市議で実業家の高良一氏の構想
提唱で始まったと言われています。しかし、膨大な費用が必要なため一時は断念されたという経緯があったようです。
その後変遷を経て、紆余曲折があったものの、多くの方々の尽力により沖縄県戦後初の定時定速の高架軌道モノレールが
2003年に開通したわけである、高良一氏は中城公園在のホテルのオーナーでもあった。また、国際通りの発展にも大きく寄与した先見性のある人物だったようである。
私が、若い時代にモノレール建設の話がたびたび出ていたが一向に実現する見通しもなく、「モノレールいつノレール」と揶揄されていました。
当時のモノレール工事に私も携わっていましたのでこの事業には関心を持っていました。
2003年の開業一週間前にモノレール社のHP意見要望欄(現在は無い)に応援のメッセージを送りました。
それに対するお礼のメッセージが金城さんという方から届きました、調べたところ彼は現在営業企画課の課長職に就いているようです。
そして開業日にも開業祝のメッセージを送った思い出があります。

このモノレール事業は当初一日乗客数を7万人で想定していたようですが、鉄道営業が長期に存在
しなかった沖縄での需要予測が難しく、精査するたびに数字が減り、工事が始まった時点では
25000人になったようです。
しかし、様々な要因がプラスに働き、今では一日52000人にまで大幅に増加しました。
これには関係者も嬉しい誤算になっていて、ピーク時の混雑率は160%にも達し乗り損ねる
乗客が発生することも日常茶飯事のようである、
上記のように、乗客見込み数が少なく、当時の関係者を含め県民の大多数がモノレール事業が
うまくいくことに懐疑的だったようで、車両も2両編成で十分だろうということで
それでスタートしたとのこと。今や完全にキャパシティオーバーとなっているしだいである。
延長部分の運転が始まれば一日75000人を予想していてさらに拍車がかかると思われます。
モノレール社では、運転間隔をピーク時は4分間隔で運行しているみたいだが焼け石に水状態なので
慌てて3両化策を進めているとのこと。
そこで社は2030年までに3両化を実施したいとのことで、県知事も同行で国の機関に予算面の協力をお願いしたところ、

ご理解を得て予算面の目途が立ったので進めることに。
しかし、2030年の実施、あと11年後です、あまりにもスローモーすぎじゃありませんか。
時代は早いスピードで常に変化しています、11年後の情勢はどうなっていることか、
素人の私でも心配になります。
そこで、国も社の対応ぶりが心配になったのか担当大臣の肝いりで実施年度を2022年に早めるように
尽力していただいたとのこと、ありがたいことです。
11年後に実施した頃には乗客数が減っていて3両化の意味がなくなっていたらどうするつもりだろうか。
その意味でも、常に早め早めの対応をするのが必要だと思いますがどうでしょうか。
遅い対応のやりかたは、本土の方たちにいつも、沖縄だからな~~~と揶揄される所以でしょう。
いずれにしろ、今後車内が込みすぎて乗客が嫌気をさして乗客離れがおこらないうちに
3両化の実現を一日でも早くスピィーディーに事を進めてほしいと思います。

2003年の開業時には一日でも早く乗客が増えて大繁盛するように応援していましたが、
今は逆に乗客が増えすぎて、乗客に不便が生じている時もあるので、静かに応援することにしています。
次回には、開業後の状況を記すことにします。

ここに、当時のメッセージを記しておきます

開業前応援メッセージの返礼。

はじめまして、沖縄都市モノレール総務課の金城と申します。 今回たいへん貴重なご意見を賜りまして誠にありがとうございます。 貴殿の意見を参考にしながら、今後も社員一丸となって利用者に愛されるモノレールとなるよう誠心誠意取り組みたいと思います。 これからもどうぞよろしくお願い致します。

御声援ありがとうございます。
弊社、社員一同開業に向けて全力で、この事業に取り組んできており
今週日曜に控える開業日を無事に迎え、お客様を安全に輸送できるように
日々精進しております。
このような忙期に貴方様のようなご声援を受け、喜んでいます。
これからも弊社モノレールにご声援下さい。
沖縄都市モノレール株式会社

開業時のお祝いメッセージ
 ゆいレール開業おめでとうございます。
お礼のメールありがとうございます。微力ながら応援に協力させて頂けましたことを光栄に思います。いよいよ運転がスタート致しましたね、様々な不安要因もあるかと思いますが、走り出したからには常にポジティブな発想で進んで下さいね。もう引き返すことは沖縄県民のメンツにかけても出来ませんからね。過去にありました、第三セクター機関の終末を辿らないように、他山の石として、全社員、一丸となり、事例の検証、そして創意工夫をすれば必ず成功すると思います。
前例の場合、社内いっぱいに、色々な意味で他力本願的なムードが蔓延していたかも知れないと推測されますが?・・・・・・・・。
さて、小生も、連日マスメディアで報道記載されているモノレール関連の記事等は出来るだけ見聞き致しております、様々なご意見、ご要望、アイデア等があり関心を持って拝見しています。
人それぞれ違いますが、言えることは、大勢の方々がゆいレールに関心を持ち、注目をしているということですね。このような機会に巡り合えた社員の皆様は幸せものだと思います。
そこで、今回も小生なりの愚案を記したいと思います。
① 大きな目標は、夢として山の手線、東海道新幹線を追い越しての日本一の黒字路線ですが、
今日から出来る日本一を、始めたら如何ですか?既にバリアフリー整備化日本一は承知致しております。スマイル度(職員・売店員・クリーニング員等など関係者全員)日本一。清潔度・乗客のマナー度・他にも色々あると思います、シンガポール航空を参考にして好感度日本一を目指して下さい。
②  ゆいレール友の会を結成する、年会費1000円ぐらいで、法人も別条件で、会員には会員NO記載のオリジナルの素敵なカード、会員証書の発行。年6回、あるいは春夏秋冬の4回で会報の小冊子の発行。会報のネーミングは公募する。特別車を走らす時に優待する。結果的に広く県民及び他府県の方々に親近感が得られる。会費はゆいレール発展の為の協力金の意味も持つ、それを原資にして様々な企画、計画を推し進める。県民の県民による県民の為の会社、すなわち県民株式会社構想を考えてみては如何でしょうか。その節は小生も喜んで入会させて頂きます。長々と迷文になったことを、お許し下さい。
今後も機会があればたびたび応援メールを送ります、宜しくお願い申し上げます。   
ものれーる1
       


2019-09-18

しまくとぅばの日

本日9月18日は2006年に沖縄県が定めた記念日、「しまくぅとばの日」である。
新聞をめくってみたらそれ関連の記事が随所に見られました。
いろんな方たちが我がウチナーのしまくぅとば(琉球語)を話せる人や聞く機会が少なくなって
いくことに、寂しさや危機感を感じているようである。
数年前にも当ブログで書いたことがありますが、あれから幾年かたっていますので、情勢が
変わっているのかどうなのかを考えてみることに。
当時も今と同じように琉球語の行く末を案ずる声が聞こえました。この記念日はすでに制定されていたと
思います。
あの当時からすでに、琉球語はオーストラリア先住民(アボリジニ人)たちの言語同様にユネスコから
消滅危機言語として位置づけされていたようです。
それではいけない、と我が沖縄県でも声をあげる人たちが現れました。
故 翁長雄志 元沖縄県知事が那覇市長時代にまず行政側が率先して琉球語を使うようにしようと
、市役所窓口で取り入れた経緯があります。なかなか考えるお方だなと思い感心しました。
で、今現在の状況としては、学校や地域でも琉球語を普及させようと取り組んでいるみたいですが。
私が知る限りでは思ったほど効果が上がってなく、さらに状況は厳しくなっているように感じます。
琉球語はウチナーンチュがウチナーンチュである所以であり、まさに沖縄のアイデンティテイー
だと思います、それが消え行く末路は寂しく残念だと言わざるをえません。
結局、官がいくら音頭をとったところで、必要性を感じない若い世代には馬耳東風で終わるでしょう。
言葉、おしゃべりを生業にしている、沖縄県内のテレビ、ラジオ等のマスメディアの業界の方たちでさえ、
ラジオ番組の中で堂々と「私はウチナー口を知りません」と言っている始末ですから、
後は言わずもがなですね。
インターネットの時代とはいえ、まだまだ、テレビ、ラジオはマスメディアの雄です。
官が音頭をとるよりは、それらの媒体を使って、人気DJ達に啓蒙してもらうことが何十倍も効果があると思います。
また、公共の電波を使って生業をしている企業は使命感を持って沖縄文化の為に尽力していただきたいと思います。
今、沖縄のマスコミの中では、琉球放送で大ベテランの上原直彦さんが頑張っていますが、後々どうなること
やら。他に変われる人が居るかどうか、知りません。
企業側も琉球語を駆使できるか、勉強してやっていこうと思っている気概のある人を採用してもらいたいです。
いくら英語を流暢に話せても、琉球語を知らない話せない、沖縄のことは(歴史等)知らないでは、他府県や
外国の方から見れば、な~~んだ。てことになりかねません。
本人はかっこいいと思っているはずだが。本末転倒ですね。
琉球方言ももともとは本土方言と共通の祖先(日本祖語)から分かれたものと推定されています。

でもいまさら、次の世代に琉球語を流暢に使いこなしなさいというのも非現実的なので、結局行き着くところ
は、言語学、民俗学などの学問として残るのみと思います。

私ども、古い世代の人間としては大切な沖縄文化ですから、一日でも長く継承して残してほしいと、
希望も含めてそう思う気持ちで一杯です。

2019-09-14

無形の玄関(formlesuentrance :フォームレスエントランス)

厳しい暑さが続いている今日この頃です。
仕事が立て込んでいて、時間が無く久々の更新となりました。
本日はひと段落ついたので、オアシスタイムとなりました、使い古された
言葉で言うと「戦士の休息」になりますかねーー:oops:
過日、車のタイヤの異変に気付きました、1本のタイヤが凹んでいたのです=:[
早速、給油所へ行って、パンクではないかと思いスタッフの方に相談しました。
スタッフ曰く、このタイヤは溝の部分に大分ヒビ割れがありますので修理しても
すぐに悪い現象が出るので当方では引き受けかねますとのこと、とりあえず空気の
充填はいたしますので様子をみたらどうですかとのこと。
私は、この現象が以前から気になっていました。と言うのも、この車は知り合いの
修理工場の方から、構内で中古車として超安価で販売に出していたのですが売れないので、
構内も狭くなり邪魔なので処分するとのことだったが、その前にもらう人がいれば
と言うことで私に話が来た次第です、年式は古いのですがとりあえず試乗してから
決めることに、MT車ですがエンジンの調子もよく、車検も1年半残っていたので
早速、受理することに名変も彼方で行って頂けるとのこと。
気になる点とすれば彼方様が言うには、多少にじむ程度の水漏れがありますとのこと。
私が見て気になったのは、タイヤのひび割れでした、でも溝も残っているし問題ないです
と言われたのでそのままの状態で乗ることになった次第です。

話は戻りますが。給油所のスタッフに「近くにタイヤ屋さんはありませんか」と聞いたら
西原のニューマンを紹介されました。でも、そこの給油所もタイヤ交換セール中の
のぼりが数本立てられていましたがなぜこれを勧めないのか、疑問に思いながら:?:
ニューマンへ行きました。この車のサイズ、155-70-13が無いので155-65-13を見てみたら安価のもので
1本6800円*4+消費税+工賃+古タイヤ処分代込みで私の試算で35856円です。
155-70-13はもう少し高くなると思います。

1~2年で乗り捨てる車に金はかけたくないので一旦保留で、後日インターネットでタイヤ屋さんを
調べてから実行に移すことにしました。
ネットで現場近くの店を探したら、155-65-13が4本で約17000円(費用込み)う~~ん、かなり廉価
早速そこへ電話、お嬢さんの電話対応がよくて好印象。155-70-13はいくらですかと値段を聞いたら
25402円です。セール対象商品でないため高めのようです。
それでも納得価格ですので、取り換え日の予約などの手続きを進めることに。
安いので、念の為お嬢さんに確認「安かろう悪かろうではないでしょうね?」
大丈夫です、私も装着して走らせていますが問題ないですとのこと。

私が、購入決断まで歩を進めたのは電話対応の印象が良かったからです。
他にも、検索して問い合わせしようと思いましたが、この店に決めてもいいだろうと
決断した次第です。
客商売はもちろん、あらゆる人間関係において、電話対応は重要なことと言うことですね。
現代社会は電話等は生活に欠かせないアイテムとなっています、
企業間のやり取りでは電話の取り扱い方次第で商談の成否を左右すると言っても過言ではないと思います。
まさに、電話は人と人との繋がりの入り口、無形の玄関(formlesuentrance :フォームレスエントランス)
だと思います、企業においては電話対応のスキルアップは大切ですね。:star0.5: で、実際にタイヤ交換の実行日と相成りました。
yonabarujidousixya1 yonabarujidousixya 2
駄文の長文で頭も目も疲れてきましたので:ase:続きはいつの日かの更新日に認めます。

※追記、実はこの記事は一週間前の深夜に更新しようと思いましたが、なんと
2/3を書いたときにパソコン操作を誤って削除してしまいました:ahhh:
時間も遅く、眠いので再度書き込みする気力を失ったので更新を断念した経緯がありました。
このブログには上書き保存機能が無いと思われますので、今回からはエクセルに一旦書いてから
コピーして貼り付けしています。