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2009-08-20



ねずみ男じらー ちゃん


レモングラスの新顔さんは、しにマギー。

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お見かけしたところ、12~ 3cmはあろうかという長身。

やしが・・・

そのルックスの、第一印象は、「ねずみ男」なのです。
草色のメイクと衣装に身を包んでいても、スラリと伸びた手脚をしていても、
どうにもこうにも、「水木サン」こと、水木しげる先生の描くところの「ねずみ男」なのです。



  小泉八雲が『怪談』を書いた時代そのままの佇まいではないかと思わせる、
  山陰の静かな街、松江に住んでいた頃、
  「水木サン」の故郷、境港へ、よく足を運びました。
  「宍道湖」の隣の、あやうく淡水化を免れた汽水湖「中海」の湖畔や、
  牡丹や薬用人参が特産なのに「大根島」という名の小さな島を通って、
  あるいは、山陰本線に揺られ、乗り継ぎ駅の米子の街を散策したりしながら。

  その境港で、魚と並んで、「妖怪で町おこし」という、
  なんともファンタジックな取り組みが始まった頃でした。

  JR境線のディーゼル列車の側面には、おなじみの妖怪たちが跋扈しています。
  さらに、境港に着けば、「水木しげるロード」と名づけられた通りをはじめ、
  真っ昼間でも、至るところに妖怪の姿が.....



そんなご縁もあって、妖怪ワールドには親しみを感じています。

一反木綿に乗る鬼太郎と目玉おやじが表紙を飾り、「水木サン」のインタビューも掲載された
『THE BIG ISSUE 75号』(2007.7.1・15合併号)が、早々にSOLD OUT になったということは、
妖怪ワールド好きの私としては快哉でありました。

一方、ちょうど同じ頃にNHKで放送された、『鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~』は、
その原作の『総員玉砕せよ』(講談社)とともに、
私の祖父の最期の地、ニューギニアの実情を垣間見せてくれるものでありました。
(それにしても、香川照之さんと塩見三省さんの演技は素晴らしかった!)



しかし・・・

我が昆虫ワールドの「ねずみ男」さん、どうやら、「男」と呼んでは失礼だったようです。
自然界には、レディ・・・メスの方が数段大きいという例が多々ありますが、
この、本名「ショウリョウバッタ」ちゃんも、その典型例であるようなのです。
身長からして、100%、レディと思われます。


実は、ツチイナゴくんともども、今年の3月に「越冬かりゆしどぅ!」の祝いをした、
やはり、かなりマギーな虫と見間違えて、あやうく、
「クビキリギス」という名前で発表するところだったのですが、
よく見ると、触覚の形がまったく違っていました。



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さてさて、カメラの前でじっとしていてくれたので、じっくりと観察させてもらったけど、
おやおや、キミの陰に隠れるように佇む色白の、というか、透明に近い白の体の個体は・・・
彼氏かな?
今、流行りの草食系男子?



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ばっぺーた。失礼しました。キミの分身か。
たった今、脱皮したばかりだったんだね。
最も無防備なところを、ジロジロ見てしまって、失礼しました。



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「ショウリョウバッタ」の名前の由来は「精霊バッタ」とも。
旧盆のこの時期、お墓の周りの草むらで多く見られるからとか。
そういえば、この横向きの写真は、実は昨年の8月16日に撮ったものなのです。
たぶん、同じ「ショウリョウバッタ」の、別の個体。


ツチイナゴくんと出会って以来、ついつい、成虫で越冬するかどうかということを一番に考え、
そして、それを基準に、昆虫図鑑をめくります(ネットでですが)。


しかし、キミが越冬するとはどこにも書いていないね。
ということは、一年前のこの写真は、レモングラスの昆虫ワールドで生命を紡いだ、
キミのご先祖さまなのかな。
旧盆の頃にひょっこり顔を出すなんて、その名のとおり、キミもなかなか、律儀なやつだねぇ。


えっ?レモングラスの周りが草ぼうぼうだって・・・?

私は律儀じゃなくて、難儀ぃ~人間なので・・・ っていうか、
ここ、お墓じゃないやし!


それよりも・・・、ツチイナゴくんの消息、知らないかい?
その辺で、見かけなかった?

4月17日以来・・・ 会ってないんだよなぁ・・・

こんなやつなんだけど。


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どこかで達者ならば それでいい・・・ か



2009-07-23

福岡日食ツアー 交通費550円



ゆらゆらと 風に揺れる クレッセント


那覇 食分 0.917 / 始 9:32:50 最大 10:54:07 終 12:20:19
福岡 食分 0.897 / 始 9:37:39 最大 10:56:05 終 12:17:48
                           (国立天文台 天文情報センター Web Site より)


7月22日、皆既日食帯を挟んで、沖縄と福岡と、
ほとんど同じ時間帯に、ほとんど同じような形の部分日食を見ていたことになりますね~。
じょーとーやっさー!

・・・と思い込んでいたのに、今朝になってもう一度、よく見直してみたら、
あいえな~!太陽の欠けている部分が正反対あんに!

何ゆえにそのようなことになるのか、
次の皆既日食まで考えつづけても、きっと、理解できません。


そういうわけで、科学的才覚ゼロの私は、太陽そのものよりも、
白昼の天体ショーを観察する、その人々を観察するために、
予定どおり、福岡市は天神の街へと繰り出したのでした。


ただ・・・

「天神のど真ん中で 『THE BIG ISSUE』を売っておられる販売員Aさんの
 その後姿を中心に据えて、刻々と姿を変えていく太陽と空と、
 そして、その変化に感応して、いつもとは違った動きや表情を見せるであろう
 人々や街の風景を定点観測する」

 ・・・という目論見は、朝一番の、Aさんとの挨拶で頓挫しました。

 「だって・・・、ここじゃ太陽、見えないですよ。完全にビルの後ろだよ」

たしかに、雲間の太陽は、
Aさんの背後にそびえる大丸百貨店の向こうに完全に隠れていました。
姿を現すのは正午過ぎになりそうな位置関係です。
ビルの陰による皆既日食を見ても意味がありません。
・・・というか、何も見えません。いみくじわからん。

 「市役所前の広場か、警固公園とかがいいんじゃないかなぁ」

右手に持った最新号を往来に向かって掲げながら、
Aさんは温かいお国訛りで、的確なアドバイスをくれます。

天体の位置関係以前に、自分がいつも歩く街の東西南北さえも頭に入っていなかった私は
そのアドバイスに従い、定点観測をやめ、街の中をあまくま徘徊することにしました。




  9:44 期待と不安の入り混じるような空。
    すでに食は始まっているが、まだ、雲のベールに包まれている。



  9:47 市役所前広場で空を気にする二人(右下)。まだ、街は静穏。



 10:32 徐々に、空を見上げる人の姿が増えてくる。



 10:36 那覇の三越前はどんな様子なのだろうか。



 10:45 古来、人々がこの翳りに不吉を感じたわけが分かるような気がした、近代建築の谷間。



 10:51 いつの間にか、市役所前広場は人だかり。みんな、高揚しつつ空を見上げる。

    それにしても・・・、中央の人工芝にだれも立ち入らないのはなぜだろう。
    ヒートアイランド対策の一環でこの夏、市が敷設し、供用開始したらしいのだが。
    人工芝の上で大の字になって、空を見上げるような自由が許される空間ではないのか。
    お茶を飲んでおられるおじさん、どう思われますか?




 10:51 パノラマふーじー。最大食までまであと5分。それぞれの形で、空に注目。
    芝生の上で舞い踊っているのはブロンズ像だけ・・・。
    前日、衆議院本会議場でも、同じようなポーズの万歳集団を見たような気がする。
(画像をクリックしていただければ大きく表示されます)



 10:51 程よい厚さの雲は遮光フィルターとなり、地上の歓声とどよめきを呼ぶ。



 10:55 最大食1分前。
    次の日食の時、今は空に興味のないワラバーは天文学者になっているかもしれないし、
    同じ場所で、同じようにぐずる我が子をなだめているかもしれない(右端)。



 11:00 「クレッセント!クレッセント!」の声に誘われ、木陰のテーブルへ。
    impulse!のコルトレーンを思い浮かべるより先に、
    テーブルの上で三日月の形の像を結び、風に揺れる木漏れ日に釘付けになる。
    今、この瞬間の「クレッセント」の意図を理解する。



 11:02 「これが見られるって分かっていたら、テーブルをきれいに拭いておいたのになぁ・・・」
    私のどぅーちゅいむにーが、周りでカメラやケータイを構える人々の失笑を買う。
    「クレッセント」の第一発見者だったアジア系の女性も、その意図を理解してか、笑う。



 11:13 販売員Aさんの元へ。
    「どうですか、人の流れとか。やっぱり、いつもと違いますか? 変な感じ?」
    「みんな空ばっかり見てるねぇ。ちょっと涼しくなったのはありがたいんだけど・・・」



 11:17 この場所で、天体ショーと街の風景とを定点観測しようというのが当初の目論見。
    そのために、実は、ホコリをかぶっていた大型三脚まで持参していた。



 11:20 多くの人が地上のことに目線を戻し、通常の生活に戻り始めるが・・・



 11:20 雲の遮光フィルターが時折、ショーのつづきを見せてくれる。



 11:29 「あっ!直接太陽を見ては・・・」
    心配ご無用。太陽はおじさんの背中の後ろに。
    鳥か、虫か、風を見ておられるのか、空の彼方の何かを見ておられるのか・・・。



 12:18 すべてが終わった。
    何事もなかったかのように・・・。


2009-04-23

遅くなった約束


Aさんの愛車 兼 本社 (福岡市天神 大丸前)


 4月21日、午後3時、福岡市天神のビル壁面の温度計は、19.3℃を表示していました。
 街を歩くにはもっとも心地よい季節かもしれません。
 その少し前、昼休み時の公園は、花見の喧騒と新緑の謳歌との間にひっそりと訪れる、清々しい静けさに包まれていました。人々の佇まいもみんな、穏やかに目に映ります。





 ただ、そんな心地よさも、街を――― そぞろ歩き、くつろぎ、通り過ぎる人、そして、帰る場所のある人々にとってのひとときの幸せ。
 その街で――― やがて、夕暮れを迎え、行く場所を探し、空腹に耐え、夜を過ごし、朝を待つ人々も。


同じ公園の片隅に、ブルーシートやダンボール

   昼の太陽は、木陰にも、光をもたらす
    夜の公園は、住処なき人にも、居場所を内包する

 そして、同じ街にはまた、住処はなくとも、明日に向かって路上に立ち続ける、「THE BIG ISSUE」の販売員の皆さんの姿も。


 
 あの日、あの時間の、市役所前広場の気温は何度だったのだろうか・・・。
 以前、私は、「THE BIG ISSUE」の販売員Aさんとの、黄昏時の語らいのことを書きました。
 2009.3.28 世界一あたたかい黄昏時のベンチ (長編)

 そして、直後に、私は再びAさんの元を訪れていました。あの小文をプリントアウトしたものを携えて。

 やはり、あの小文に書いた内容は、二人だけの特別な時間の中、いくつかの暗黙の約束を伴って交わされたものであって、公にするのに際してはAさんにご了解をいただかなければならないという思いがありました。

 一方で、あの小文は私の側から、私の心の内面を綴った私小説的とも読めるもので、対話の相手であるAさんは、あくまでもその物語の中の登場人物。実在する一人の販売員さんの肉声と、私の中の「皆さんにその素顔を知ってもらいたい」という願いとが結晶した、抽象的な存在でもある、という思いも。

 事実をありのままに書きたい――それは自己満足のためではなく、「THE BIG ISSUE」やホームレス問題、ひいては社会格差の問題に目を向けていただくきっかけになれば――という気持ちと、やはり、あの時間と対話は胸に仕舞っておくべきかという気持ちの間で揺れました。

 さらに、あの言葉のキャッチボールという書きぶりの中に、実は 私の思い込み、一方的な感情移入、自己陶酔、過度の偶像化といった陥穽が潜んではいないか・・・。

 「みんなに見せるのは、やっぱり、やめようよ」
 ストレートに、こう言われることよりも、
 「へぇ・・・あの時、そんなこと考えながら喋ってたんだ・・・」
 と、目線を合わせることなく呟かれることの方を、私は恐れました。



 Aさんの元を訪れたのは3月末。ちょうど、4月1日発売の新刊のPR用のパネル作りに知恵を絞っているところでした。陽は高く、まだ、店じまいには早い時間なのに。

 「今日は仕入れを少なめにしたんですよ。近くに新しく立つようになった新人さんの売れ行きがイマイチだから、僕のが売り切れたら手伝ってあげようかと思って。・・・でも、さっき様子を見に行ったら、姿が見えなかったんだよねぇ・・・」

 販売員さんが持ち場を離れるということは、その間、商機を逸するということ。それ以上に、そもそも、仲間の販売員さんを心配して、自らの仕入れ、つまり、一日の収入の糧を敢えて減らすなんて・・・。

 しばらくは、PRパネルをどういうレイアウトにするか、二人でああでもない、こうでもないとアイデアを出し合ったり、表紙と売れ行きの相関関係(オバマ大統領が表紙を飾った2009.3.1発売の114号は早々に完売とか・・・)を教えてもらったりしていました。やがて、私は本題を切り出しました。

 Aさんに小文を読んでいただきながら、私の方から、いくつかの案を提示しました。①二人の心の内だけにとどめる、②積極的に「THE BIG ISSUE」をPRしたい、限られた人にだけ見てもらう、③ブログにこのままアップして、不特定多数の方の目に触れる形にする・・・。

 答えはすぐに返ってきました。

 「いいんじゃない、うん、いいと思うよ。このまま、みんなに見てもらっても。ただ・・・、ひとつだけ・・・」
 「・・・ただ?・・・ひとつ?」
 「せっかくだったら、今立っている、この場所の写真も載っけて欲しいな。どこに買いに行けばいいか、読んだ方に分かってもらえますよね」
 ― 3月28日稿には「Aさんが"異動"前に立っていた職場の風景」の写真を載せていました ―
 「あ、じゃあ、今からでも、写真撮りましょうよ!」
 「あ~、でも、今日はもう、パネルとか、片付けちゃったからなぁ・・・」
 「自転車だけ撮ってもしょうがないか。出直しだな(苦笑)」
 「また、来てくださいよ」
 「はい。でも・・・、本当に、その文章、OKかどうか、お返事はゆっくり読まれてからでもいいんですよ」
 「いやいや、大丈夫!僕も仲間やサポーターさんに見せますよ」
 「そうですか。よかった・・・。じゃあ、また今度、写真撮りに来ます!」

 

 「へぇ・・・あの時、そんなこと考えながら喋ってたんだ・・・」
 このような言葉はAさんの口からは発せられませんでした。しかし、仕事を終え、一人になった時間に、それに近い感情が心をよぎることはあったかもしれません。
 それが普通だと思いますし、Aさんの本当の心の内を推し量ることは、今の私にはできません。でも・・・、もしも、少しでも、寂しい想いをさせてしまったとしたら・・・、ごめんなさい。

 

 そして、一昨日、ずいぶん遅くなった約束を果たすべく、カメラ片手に久方ぶりに現れた私を、Aさんはいつもの場所で、変わらぬ笑顔で迎えてくれました。
 地面に膝を着いて構図を考える私の姿に、何人かの通行人の方が視線を送りました。Aさんが横で微笑んでいました。


 Aさんが今、立っている場所を紹介します。福岡市中央区天神の大丸百貨店前です。
 冒頭の写真の自転車の横で、赤い帽子を被って、「THE BIG ISSUE」最新号を掲げて元気に立っています!
 1冊300円。バックナンバーも取り揃えています!


追伸 4月15日発売の117号の表紙は金城武さん。・・・「きんじょうたけし」と読んで、とぅじの大失笑を買いました。なんでかねぇ~、きんじょうさん。

2009-04-05

ブラック、微糖

2009年4月3日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ

3月末の紙面改編に伴って、レイアウトが変わりました。

 う~ん、今回はちょっと、ブラックの一線を超えちゃったかな、とも。

 この百年に一度の不景気の折から、生活の困窮、爪に火を点す節約、金欠に懐寒し・・・といった、
われわれ庶民が悲しくも共有できる自虐ネタはこれまでも頻繁に投稿していたのですが。
 しかし、夜逃げ・・・、にまで至ると、やんごとない、のっぴきならない、笑い事では済まされない状況・・・、をも思い浮かべてしまいます。いや、投稿する時点でそこまで思いが至ればよかったのですが。

 まあ、家族や知人も、そこまで考えなくてもいいのでは、と言ってくれますし、こうやって掲載をしていただいておいて、投稿者自らが「やっぱりまずかったです」と自己批判するのもいかがなものかと。編集部の方々にも申し訳ないですし・・・。

 「ブラックの一線」、と冒頭に書きましたが、それはもう、価値観や感じ方によって、千差万別、百人百様。
 実は薄墨、以前に、ある大事故を題材にした「かたえくぼ」の内容が「一線を超えている!不謹慎極まりない!良識を疑う!」とひとり激昂し、抗議の手紙をしたためたりしたこともありました。
 しかし、そのことを契機に、こうも自省しました。

 「ブラックの一線を超える、とは何か。つまり、私自身の中にその一線、超えてはならない一線の
"基準"がある。ということは、ここまでは大丈夫、ここまでだったら一線を超えてはいない、と自ら許容する範囲のブラックを、自身の中に内包していることでもある。ところが、私が許容する範囲のブラックが、別の方の"基準"に照らしてみると、実は一線を超えたブラックになっていることもあるのではないか」。
 なんだか禅問答のようですが。

 この「かたえくぼ」への投稿を勧めてくれた妻の最初の一言が、「あなたの、その害にしかならない毒舌、皮肉を、世のため、人のために役立てられないかなぁ」というものでした。・・・いや、決して世のため、人のためになっているなどと思い上がってはおりませんが・・・。そして、実はその妻から、私が妻へ向ける毒舌、皮肉が、かなりの頻度で、妻にとってのブラックの一線を超えていると、日々、非難、叱責されているのです。
 家庭の恥を曝してしまいましたが、そんなわけで、私にとってのブラックの一線やその"基準"というのも、甚だ心許ないものであることを申し述べたかった次第。



 さて、先般から紹介させてもらっている『THE BIG ISSUE』。3月15日発売の115号に、9ページにわたて、「生きのびる」という特集が組まれています。NPO法人ライフリンク代表の清水康之さんと、文化人類学者の上田紀行さんとの対談。この特集、さらに、4月1日発売の116号へと続きます。

 その中に「生きる支援の総合検索サイト ライフリンクDB」が紹介されています。
 「支援策に関する情報が得られないためがために苦しみ続けている人、生きる道を断念せざるを得ない人たちを、一人でも減らしていきたい」と清水さん。
 そして、上田さんは、「サイトをまず見ての感想を言うと、自分がそうなった時にこのサイトに到達するのもいいけど、そうなる前にクリックしとくべき、それがものすごく重要。緊急避難的にクリックするケースではなく、そこまで追いつめられてない時からたくさんクリックしておくのが重要なのではないかなと思ったんですね」

 その「ライフリンクDB」のURLを記載しておきます。
 http://lifelink-db.org/

 なお、以上、『THE BIG ISSUE』誌に関する内容はすべて、上記115号より引用させていただきました。また、現在のところ、同データベースに登録されている相談窓口は東京・大阪・名古屋から先行してスタートしていますが、順次、エリアを拡大されていくとのこと。



 夜逃げを思い立つような境遇の方が、その前に、このようなセーフティーネットと出会うことができれば。


 ・・・今宵、ブラックに少しだけ、砂糖とミルクを。




冷たい雨 散る桜 散ってなお 道を照らす



風に舞い 水面に浮き 水を求める人の 渇いた心もうるおすかもしれない


2009-03-28

世界一あたたかい黄昏時のベンチ (長編)

 3月3日(火)に沖縄旅行から戻ったその数日後、まるで「旅のつづき」のような一日がありました。
それは沖縄旅行の中に、いや、準備の段階で、既に内包されていた一日だったのかもしれません。

 その日の午後5時、私は福岡市の繁華街・天神の、そのまたど真ん中の路上で、Aさん(仮名)と待ち合わせをしていました。直前まで旅行の写真の整理をしていた私は、不覚にも20分近く遅刻して、Aさんがいつも立っている(あ、直前に異動されたのでした)仕事場に駆けつけました。そして、いつもと同じように、行き交う夥しい人の流れの中で立ち止まり、少し離れた場所で軽く右手を挙げました。
 Aさんもベテランです。そんな人の流れから外れた人の気配に、その人が顧客であるかどうかに、すぐに気づいてくれます。そして、それが私であると分かった時、丁重に、しかし、親しみを湛えた笑顔で会釈を返してくれました。

 「すみません。ずいぶん待たせてしまいましたね」
 「いえいえ。・・・ハイ、これ。頼まれてた単行本と、あと、バックナンバーの98号、3冊でしたね」


 Aさんが"異動"前に、朝9時から夜7時30分まで立っていた職場の風景。北からの海風が冷たい。
 が、「オープンカフェの冷暖房が外まで流れてきて、案外快適」との仲間の販売員さんの証言も?



 「単行本」――購入するのはこれが3冊目になるのと、タイトルがちょっと長いのと、そして、そのタイトルを口にするのが少し照れくさいのと、色々な気持ちが相まって、ついつい、発刊される前の通称である「単行本」という呼称を今でも使ってしまいます。
 
 『世界一あたたかい人生相談 ― 幸せの人生レシピ』 ホームレス人生相談&悩みに効く料理
 (ビッグイシュー日本)

 3月27日(金)、朝日新聞1面「天声人語」に、この本が取り上げられました。そして、この「単行本」のことだけでなく、月に2回発売されている『THE BIG ISSUE』のことや、その販売員さんのことも。
1冊300円の売り上げのうち、160円が販売員さんの収入となり、それが日々の糧となり、ひいては自立へとつながることも。

 私がこのブログを始めてから、振り返ってみると過去に三度、この『THE BIG ISSUE』のことに触れていました。2009年1月9日には、『世界一あたたかい人生相談』の写真も掲載していました。しかし、その日、私は「この本、雑誌のこと、そして私の想いは、近々、詳しく書かせていただきます」という言葉で、話を終わらせていました。

 私の中のホームレスの方々への想い、そもそも、どのような境遇の方を「ホームレス」と呼ぶべきなのか、あるいは、呼ぶべきではないのか、『THE BIG ISSUE』と出会ってからの販売員さんたちとの交流のエピソードなど、いろいろ整理したいこともあり、また、公にしてよいかどうか深慮したいこともあり、今日まで先延ばしにしてきてしまいました。

 しかし、私が私見を交えて多くを語るよりも、『THE BIG ISSUE』を実際に読んでみて、そのためには、路上の ――今はホームレス状態であっても、雑誌販売員という立派な職業を持たれている―― 販売員さんと言葉を交わしていただくのが一番かと思います。

 そして、その販売員さんたちの人間味あふれる魅力に触れることができるのが、どん底を経験しながらも明るく生きてきた、生の言葉がいっぱいに詰まった人生相談、『世界一あたたかい人生相談』なのです。


― 再び、天神の街へ ―

 
 Aさんと私は、6時前には、一緒に福岡市役所前の広場に向かって歩いていました。Aさんは大切な自転車を押して。その日は土曜日だったので、いつもより早めの店じまいとのこと。
 
 「・・・・というわけで、この前買った単行本、あれ、沖縄へのお土産にしちゃったんですよ。喜んでもらえましたよ。沖縄じゃ売ってないし。・・・・新品じゃなかったけど。まあ、僕、きれいに読んでたから、新品同様だったし(笑)」
 「へぇ・・・、沖縄かぁ・・・。いいなぁ・・・。行ってみたいなぁ・・・」
 「あ、写真、少し持ってるんですけど、・・・・・・見ます?」
 「ああ、見たい見たい、見せてもらっていいですか!」

 じゃあ、ゆっくりできる場所に移動しようということで、市役所前の広場へ向かった次第。土曜日の、イベントもない夕刻の広場は人影もまばら。遅刻のおわびに私が自動販売機で飲み物を買い、販売機が風除けになるベンチに並んで腰を下ろしました。

 「あ、これ、シーサー・・・。うわぁー、海の色が違うねぇ・・・。ん?これ、何の実?」
 「ああ、これ、パパイヤ。熟れる前に青いまま穫って、野菜として食べるんです。あっちこっちに生えてますよ。畑にも、民家の庭先にも」
 「あぁ~、夕日もきれいだね・・・・。夜景とかないんですか?僕、夜景も好きだな」
 「えっと・・・、真夜中の国際通りのハトとか・・・、あ、でも、これ、夜景って言えんなぁ(笑)。じゃあ・・・、午前3時の那覇バスターミナル・・・。これも・・・、いまいち?」
 「ハハハハ。・・・じゃあ、やっぱりさっきの海の写真にしよう。・・・写真、撮っていいですか?」
 「?」
 「これ、きれいだから」
 「・・・・あの、もしかして、この写真を、・・・ケータイで撮るんですか?」
 「はい」

  ―カシャ―

 「あ、だったら、気に入っていただいたの、何枚か差し上げますよ」
 「いや、でも、それは・・・」
 「いや、ほんと、いいんです。僕もこんなに喜んで見てもらえて、すごくうれしいし。ほんとに、家族もここまで熱心に見てくれないし」

 家族・・・という響き。そして、アルバムの中には沖縄料理に舌鼓を打つ私の写真も。
 少し、二人の間に隙間風が吹いたのでは・・・と、Aさんの表情を窺う私。
 
 しかし、Aさんは心から沖縄の風景を楽しんでくれていました。そして、気に入った写真をアルバムから取り出しては、ケータイカメラの電子音を響かせました。

 隙間風は吹きませんでした。しかし、日の暮れた広場のベンチに座って一時間以上が過ぎ、私は足元からの寒さを感じ始めていました。
 周囲には見慣れたネオンが灯っていました。街はいつもと同じように、黄昏から夜景へと移ろっていきます。ただ、私の目線と居場所、そして、身を委ねている時間の流れがいつもと違うだけ。

 寒さが少しずつ、身体の芯にまで届いていく感覚が分かりました。

 やがて、二人の会話は沖縄を離れ、Aさんの問わず語りの言葉の周囲を回り始めていました。昔の話も少しは出ましたが、多くは今現在の、販売員としての、職業人としての想いでした。様々なお客さんとの間で織り成す人間模様の中には悩みもあり、感謝もあり、その中から生まれる工夫や信念、そして、将来への希望。

 徐々に、穏やかなお国訛りが混じり始め、と同時に、吐露される悩みはより具体的に、何らかの答えを必要とするものへと変わってきました。

 「それは・・・、たぶん、キャッチボールをするしかないと思いますよ。お客さんがどんな気持ちでそういうことをおっしゃるのか、二度三度、お互いの考えを伝え合ってみて・・・。それでも・・・、やっぱりボールが帰ってきた時は、その時は、一歩引いていいんじゃないかな・・・」

    私がその場で、頭で考えた答えは、その程度のもの。
    たぶん、その場で、キャッチボールをできたことが、
    私が少しだけブルペン捕手になれたことが、
    Aさんの心を楽にできたのなら、  それでいい。

 寒さは時間とともに体温を奪っていきます。地面の冷たさが靴底から足に伝わり、風は耳や手指の痛覚を鈍くし、両肩は前のめりに硬直してきました。
 しかし・・・、しかし、日が暮れてまだ二時間、まだ、長い夜は始まったばかりです。

    これから、朝まで、どうするんだろう・・・。
 
 「じゃあ、また」

 この言葉を口にした瞬間、それ以降に二人が過ごすそれぞれの時間、いや、境遇の隔絶に直面せざるを得ません。あまりにも対照的な・・・。

 私は、このひとときに心から感謝していました。ふだんは立ち話、それも、他のお客さんが立ち止まる機会を逃さないように、また、往来の妨げにならないように、気を遣いながらの短い時間。この日、初めて、胸襟を開いて、ゆっくりと語り合うことができました。別の場所に最近立つようになった、ご高齢の販売員さんの健康をしきりと案ずるAさんのお人柄にも触れて、身体の冷たさと反比例して、心は温かでした。
 
 お礼がしたい気持ちと、もう少し、隔絶との直面を先延ばしにしたい気持ち。

 「よかったら・・・、うどんか、そばでも・・・。少し温まりませんか?」
  
 Aさんは微笑しながら、初球からストライクを投げ返してきました。
 ブルペン捕手もボールは投げ返さずに、苦笑しながら、次の言葉を探しました。

 「じゃあ・・・、最後に、連れションでもしますか。身体が冷え切っちゃって・・・」

 思わず本音が出てしまいました。
 Aさんがその存在を知らなかった、とっておきの公衆トイレへと案内し、二人で同じ方向を向いて、最後のいくつかの言葉を交わしました。



    一人になって・・・ いつもと同じ時間の流れに身を委ねようと・・・
    簡単なことのようで・・・ 流れに乗れず立ち止まったり・・・




 その後、私は・・・、歩きながらいろいろなことを考え、そして、少し吹っ切れて、やはり、当初の予定どおり、沖縄料理店のドアを開けました。約2時間遅れで。完全に冷え切った身体を命薬で温めないと風邪を引く、という理由で。スタッフ全員がウチナーンチュのそのお店で、沖縄旅行の写真を意気軒昂に披露しようと。
 ところが・・・。人生山あり谷あり、楽ありゃ苦もあるさ。数時間前、鼻高々・・・とまでは言わずとも、私を幸せの絶頂にしてくれた写真が、完膚なきまでに酷評、批評されるとは・・・。

 カウンターで偶然隣り合わせた紳士と、最初は泡盛談義で盛り上がっていたのですが、お話しを伺うに、プロ?もしくはプロ級のカメラマンさんとのこと。そして、私がおそるおそる写真を差し出すに・・・。

 「ピントが合ってない」 「構図の意図が分からない」 「電線、じゃま」 「ああ、この写真、眠くなる・・・」

 確かに的を得ています。しかし、厳しい言葉だけではありませんでした。

 「これは上と下を、こうやってトリミングして・・・」 「夕陽は太陽のコントラストを思い切り下げて・・・」

 飲みながらの熱血指導。いや、飲むこともそっちのけで。そして、最後には、
 「一眼レフを買って、あとはパソコンでしっかり、納得いくまで画像処理したらいいよ」

 まあ、私、基本的にほとんど、歩きながら目に映ったものをバシバシ撮りまくったので、芸術的完成度を求められても所詮、無理なのですが・・・。というのは言い訳で、せっかくのご指南、肝に銘じて写真道に精進したします。
 ちばりよー、CANON IXY 910!

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