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2013-12-16



おーい!

   
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アッチャーエイカー!


-2013/2/11 糸満市 米須-



2013-11-30

Street Life

   
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どうした?





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そういうことなのね





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だーるね だーるば?




    クルセイダーズの「Street Life」もいいけれど
    スタンダードの「On the Sunny Side of the Street」は もっといいよ
    酒が好きなら 高田渡さんの「バーボン・ストリート・ブルース」もいい


-2013/11/6 中央パークアベニュー(沖縄市 中央)-



2013-08-19

ウンケー

   
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ハイサイ  お久しぶり  去年の秋以来







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今日はシカシカーせずに しっかりお迎えしてるかぁ?


-2012/11/9 八重瀬町-



2011-01-24

天知る地知る 犬も知るかも

    
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   母 「ワンワンワン!」 (しんいちろう、シンゴ、家へ帰ってなさい)
   弟 「キャン!」 (兄ちゃん、何やってるばぁ)
   母 「ワンワン!ワォーン」 (しんいちろう、ほら、早く!)
   兄 「・・・クゥ~ン」 (ナイチャーの、においかなぁ、アメリカーじゃ、ないよね)




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   母 「ワン!ワンワン!ワン」 (とにかく、知らない人だから、急いで帰りなさい!)
   弟 「キャンキャンキャィ~ン」 (ひんぎれー!)
   兄 「ワン?・・・ウォ・・ウォン」 (あ、シンゴ~、待ってよ~!)
   母 「グゥウウウウ」 (お兄ちゃんったら、のんびりしてるっていうか、なんていうか・・・)





   私がその場所を離れ、一歩を踏み出したのと、偶然の出会いがしらだったのか。
   いや、もしかすると、私がその場所に20分近くも留まり、
   周囲を巡ったり、中を覗き込んだり、何やら思案をしている様子を、
   まるでヌスル(泥棒)を監視するかのように、実はずっと見張っていたのかも。

   いずれにしても、私が「団結道場」を後にして、次の目的地へ向かおうとした途端、
   犬の親子と対峙することになった。

   その存在に、私はまったく気づいていなかった。
   親子は、私が20分前に村営バスを降りた、真謝へと向かう方の「団結道場前」バス停に。
   私は、県道を挟んだ反対側に。「団結道場」を背にして。

   目が合った瞬間に、そのうちの、親犬と思しき一匹が、けたたましく吠え始める。
   吠えながら、二匹の子犬たちを見やっては、何かを促すように時おり声色を変えては、
   また、鋭い吠声と目線を、こちらに向けてくる。

   子犬のうちの一匹が、何かを悟ったかのように、畑の中の小路を駆けて行く。
   親犬は、吠声と目線を途切れさせないようにしながら、自らも少しずつ後ずさりしながら、
   のんびり屋の、バス停から動こうとしないもう一匹の子犬を、呼び戻そうとする。

   のんびり屋の子犬が、何を思ったのか、ようやく、畑の中の小路を駆けて行く。
   親犬は、子犬を守りきった安堵感からか、いくぶん、吠声のトーンを落としながらも、
   それでも、島の外からやってきた見知らぬ人間を歓迎する素ぶりは見せない。





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   「団結道場」の「米軍に告ぐ」の一文は、1955年に書かれている。

   犬は「島ぐるみ闘争」を知らない。
   私もまだ、生まれていない。
   その後、学校でも習わず、学ぶべきいくつかの機会を素通りしてきたのかもしれない。
   41年生きてきて、二度目の伊江島。


   一回目は、伊江島補助飛行場を南西から北東へと歩いた時に、途中で立ち寄るはずが、
   気がつくと北東の端まで辿り着いてしまっていた。
   なので、二回目は、港でフェリーを降りて、そのまま真謝行きの村営バスに乗り、
   小雨の中、「団結道場」に降り立った。

   そういえば、アメリカ海兵隊の訓練場のゲートが、
   「団結道場」と目と鼻の先にあることも見落としていた。
   西崎の灯台への道を遮るフェンスが、ゲートであると思い込んでいた。
   歴史を鑑みれば、そして、その意図に想いを巡らせば自明のことなのに。
   ゲートがそこにあるからこそ、目の前に「団結道場」を建てる意味があったのではないか。





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   この地を訪れる、見知らぬ人間を、犬はどのように見ているのだろうか。
   その鋭敏な嗅覚は、ただ単に、島の人と島の外の人、
   あるいは、知っている人と知らない人、という区別をしているのだろうか。

   犬は「国籍」を知らない。
   犬は「職業」を知らない。
   などと断言してもいいのだろうか。

   犬は、その鼻先といってもよい場所に存在する「訓練場」に出入りする、
   「アメリカ」という国の「海兵隊員」という職業を、そういう人間の特殊性を、
   本能的に理解しているのかもしれない。

   「団結道場前」でバスを降りた男が、200m先の、次の「訓練場入口」バス停へと向かい、
   どうもそのまま、訓練場のゲートにまで足を運ぶのだろうと、
   その足取りを本能的に理解したのかもしれない。

   「この男は、いったい、島の味方なのか、どっちなのか」





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   犬は「ヌチドゥタカラ」を是としない、人間の愚を知らない。
   犬は彼方の、近くの、火薬の匂いに戦慄する。
   犬はぬーがぬーやら分からんで、吠える。


   犬は時として、空から畑に降ってくる人間を見る。


   つい先日も、パラシュートが風に流されて、
   グリーンベレーがフェンスの外の畑に降ってきたと、
   沖縄の新聞だけが伝えている。



  (犬の名前は、実在する人物、団体、敬愛するお笑い芸人の兄弟等とは一切関係ありません)


-2010.10.15 伊江島-



【訂正】
 本文中、島内の路線バスを「村営バス」と書きましたが、
 正しくは、「伊江島観光バス」さんの運行でした。
 おわびして訂正いたします。                   
                          (2011.2.6)

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