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2012-12-11



それでも、海と-2012

    
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地形が波をつくるのか





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波が地形をつくるのか





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そんなことを考えた 満潮から潮がひき始めて一時間の海





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そんなことを考えた 日没直後の海





     「時が経つのも忘れて 静けさに包みこまれるように 海を見ていたい
      今月の11日か そのころに 沖縄のどこかで」

     この秋の旅に出る前、こんなことを書き残した。

     そして、11日という日を意識したわけではなかったのだが、
     本当に静かな気持ちで、そして、静かな時間に、ひとり、海と向き合った。



     前回、この海と向き合ったのは、2011年の2月25日。

     その春の旅を終えて、まだ、余韻というよりも、火照りにも似た高揚と、
     そして、身体感覚を伴う記憶に包まれていた最中に、
     「3月11日」は訪れた。

     いくつかの海を想った中で、この海のことが最初に頭に浮かんだ。
     この海に連なる暮らしの中にいる人を想った。



     あれから、一年と八カ月。
     静寂の中で、記憶を辿る。
     旅の中の、潮止まりのようなひととき。



     時折、打ち据えられた波しぶきが、静寂の中に舞う。
     舞ったしぶきが、予期せぬところまで、地面を濡らす。
     これから潮が満ちてくるのではないかと、疑う。
     戻るべき小路を呑みこんでしまうのではないかと、怖れる。   

     記憶を過去形にしていいいのかと、波が問いかけているのかと、思う。



     水面は遠く、海に手は届かない。


-2012/11/11 三重城(那覇市)-



2012-11-06

それでも、海と-2012

    
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     時が経つのも忘れて 静けさに包みこまれるように 海を見ていたい
     今月の11日か そのころに 沖縄のどこかで

     影が光を 光が影を 包み込む
     大きなありのままの中の 小さな点になって


-2012/6/28 糸満市 喜屋武-



2012-10-11

それでも、海と-2012

   
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     海は地球上で最大の太陽光パネルだと思う




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     そんな言葉を綴ったのは、2011年5月6日のこと。
     それから、一年半。

      「言葉にいったい何の意味がある」
   
     洋さんの唄う「満月の夕」の一節が、
     それからの一年半の間の出来事へと、我が身へと突き刺さる。

     ニンゲンはいまだ、海と向き合っていない。
     無限の海の、寛容の限界を量りかね、量ろうともしていない。
     海を見ずに、机上の空論、地上の空論。





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     そんな日々に押しつぶされながら、
     何もできない自分に立ち尽くす毎日。
     
     立ち尽くす毎日を抜け出して、歩き出す。
     目の前のことだけを感じ、目の前のことだけを見つづける旅に出る。
     立ち向かう方向は違うかもしれないけれど。
     目の前のことには、歴史も、今また繰り返されようとしていることも、重なるけれど。

     それでも、我が身ひとつの旅の中で、目の前の海に心を開いて、穏やかに息をして、
     海岸の一部となって、波と潮の律動を受けとめてみる。
     言葉はいらない、何も考えない。
     饒舌な言葉や、遠大な観念なんてものは、捨てる。

     そして、西日を反照する海を見て、やっぱりまた、思う。
     海は地球上で最大の太陽光パネルだと。



     それだけでいいとは思わない。
     どうしようもない現実と対峙するには、ぜんぜん足りない。
     けれども、これ以上悪くならないために、忘れてはならない礎、規矩。
     普遍的なセンチメントは、大きく道を踏み外すことはない。

     自然が内包する答えを、叡智を、静かに受けとめる時間。



     小一時間歩いて、いちゃんだビーチの潮溜りに立つ。
     太陽光が育む生態系と、間近に触れ合う。


-2012/6/28 具志川グスクより(糸満市 喜屋武)-


-Special Thanks-
   『満月の夕』 (HEATWAVE version)
    作詞・作曲 : 山口洋・中川敬


2012-09-11

それでも、海と-2012

   
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根を張るように 腰を下ろす





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一日の終わりに 旅の途中に 折々の節目に





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     「死んだように眠らせてよ これからもっと生きるために」
     懐かしい歌詞が 口をつく





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腰を上げて 今しばらく 再生の朝までのしばらく



-2012/6/28 糸満市 喜屋武-


-Special Thanks-
   『ここにいると気分がいい』
    作詞・作曲 : 長谷川集平


2012-08-11

それでも、海と-2012

   
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      祈りとは ひとり しずかに
      心の深みと 向き合うものであると思う

      言葉にできるのは 表層のさざなみくらい
      たゆたう想いは かたちにならず





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      声をあわせての言葉や かたちある祈りに
      それなりの ひとときの ちからはあると思うが

      いくつかの想いを 確かめあった浅瀬から
      やがてまた ひとりひとりの 心の深みへと





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      そんな心の深みは
      いつかだれかと いつでもだれとでも 深いところでつながりあうために
      ひとり しずかに 養うもの

      孤独のための ものではない
    
   
-2012/6/29 糸満市 摩文仁-



2012-07-11

それでも、海と-2012

   
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     波と波に風が折り重なり やがてすごい波が来るのだと
     無邪気に沖へレンズを向ける 自分をたしなめる自分がいて





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     では こうやって海を見ていないときに
     どれほど海と 海辺を思っていたかと 問い返す自分がいて   





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     もっと遠く この海をはさんで向き合った人々は
     波間と生死の間で たえず揺れていたのだろうかと
     身じろぎもせずに思う自分がいる



     心に心が折り重なる
     風に乗った水滴が 五感より先に レンズに届く


-2012/6/29 糸満市 摩文仁-


2012-06-11

それでも、海と-2012

   
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     美しすぎる場所なのに だれもいない

     風に舞う飛沫が太陽の粒になって すぐ近くの岩が霞んで見える
     礁縁の轟きは耳に鳴り 足元の波の音は聞こえない



     軽い気持ちで来たわけではなかったが
     この地のことをよくわかっていたわけでもなかった

     南冥の塔も 健児之塔も
     平和祈念公園や周辺の霊域の慰霊塔と同じように
     穏やかな場所にたたずんでいるものと 思っていた

     そこへ至る道は日の光を受け 今を見つめているのだと思っていた
     喜屋武岬や荒崎海岸で感じた海との距離を 思い描かなかった

     国道から集落を経て 海へと至る道のり
     森 岩 ガマ 石段 井戸 祈り そこに漂う空気感と    
     これまでになく無防備に向き合い 歩いた
 

    
     その果てに 思いがけずに美しい海岸に出て
     美しさと静けさに戸惑う

     やがて 美しさと静けさは
     たった今 通ってきた道のりの
     歴史とつながっているのだと 歴史を見つづけてきたのだと
     霞がかった意識に向かって 語り始める



     海もその歴史に身悶えた情景を想い
     やがて 足元に寄せては返す波が
     どこまでも透きとおっていることに 安堵する

     真夏の陽光に目が慣れ 立ち尽くした時間で呼吸が整う

     ようやくカメラを向けた情景もやはり 霞んで見える
     ありのままに 美しいと感じていいのだろうか
     清澄になった意識で逡巡しながら シャッターを押す

     

     カメラが変調をきたす
     レンズが収納できなくなり いくつかの誤作動が同時に起こる

     美しすぎる場所なのに だれもいない

     立ち去るべきなのだろうか

     もう一台のカメラで 同じ光景を撮る冷静さを保ちながらも
     意識がふたたび霞み始めるのを感じる
     森へとつづく石段へと歩きだす       





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     最初に手にしたデジタルカメラの 最後の一枚


     翌日 那覇市の書店で
     この地の歴史がつづられた本を買い求める
     知らなかったことが 初めて知ったことが 多すぎた

     この地に立っていたときよりも 苦しい汗が流れた



     そして 帰宅の後 最後の一枚を記録して
     そのまま動かなくなったカメラを修理に持ち込む

      「汗か、塩ですかね。内部まで入り込んでいるから、修理は無理でしょうね」

     いっしょに沖縄を旅して
     映像だけでなく その空気にもふれつづけた 3年と3ヶ月の結晶


-2011/6/20 糸満市 摩文仁-



2012-05-11

それでも、海と-2012

   
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夜があり 朝が訪れる 今日がめぐってくる





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     地球上の生命のほとんどは 紙一重の生と死を生きている

     人間の物差しで測れば あまりに短い一生を生き
     その多くは 他の生命に取り込まれることで 儚く忽然と
     しかし 大きな自然の摂理に取り込まれて 一生を終える

     全身全霊で一瞬を生き 全身全霊で一瞬の生命をつなぎ 
     同じくらいに 全身全霊で死を怖れ 死から逃れつづける一生
     それでも死の一瞬が訪れたときには 従容としてそれを受け入れる



     夜があり 朝が訪れ 
     生命をつないでいれば また明日がめぐってくる   
     明日を想い そこに希望があり 朝を喜び
     明日を想い そこに不安があり 将来を憂う

     生と死が紙一重ではない 少なくとも明日の訪れを疑うことがない
     そんな生命だけが 一瞬と一瞬の余白に
     「感情」という精神活動を持つのだろうか・・・・



     人間とともに生き 人間に近しく
     そして おそらくは明日を思い 朝の訪れを喜ぶであろう
     犬たちの表情を見て そんなことを思った
   
     2012年5月8日(火) NHK 『ニュースウォッチ9』

     飯館村からの避難を余儀なくされた飼い主と共に暮らすことが叶わず
     遠く離れて暮らす犬たちの表情
     その表情に「感情」を見て取る
     人間以上に無防備な「感情」の 痛くなるような発露



     「感情」を 人間はしかし 痛いほどに抑える
     そんな「感情」を それでも見なければならない
     虚ろな目で遠くを見つめる犬たちの残像の中で
     そう思った





     さらに思う

     人間の生と死が紙一重になってしまう 戦場
     戦場の人間の「感情」はどうなのか
     戦争を遂行するもの 銃を取るもの 戦場を逃げ惑うもの
     それぞれの「感情」
     人間としての「感情」の存在を疑うような歴史
 
     想いは拡散する
     6月へ向けて 想いは収斂する

     新原ビーチ
     久高島の方から昇る朝日が照らす先に 摩文仁の丘が見える      
     

-2012/3/26 新原ビーチ(南城市 玉城百名)-



  ■ NHK 『ニュースウォッチ9』 5月8日(火)放送
    「原発事故 帰れない犬たち」

    同番組ウェブサイト > 「ピックアップ」 > 「動画メニュー」 
    から視聴できます(一定期間の公開)。



2012-04-11

それでも、海と-2012

   
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     それぞれの
     それぞれに
     それぞれの時間
     それぞれに去来すること


     目の前の風景が美しければ美しすぎるほどに
     目の届く人の心象風景を想う


     想いは波となり風となり
     べた凪の心で生きるのは難しく
     ゆえに ひとときのべた凪に遊ぶ


-2012/3/19 砂山ビーチ(宮古島市 平良荷川取)-



2012-03-11

それでも、海と-2012

     
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-2011/3/3 伊江島-

     未曾有であっても 死はひとりひとりの死  

     遺され 祈り 現実に向き合い 生きつづける
     未曾有の悲しみを想う 
     その悲しみもまた ひとりひとり


     声高に「絆」を叫ぶか 無力でも耳を澄ますか



2012-02-11

それでも、海と-2012

   
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     風か潮かの 造形だとすれば
     最大風速55m 台風2号の置き土産

     そうでなければ 
     アーマンの 夜祭のあと
     ワラバーの アダン投げのおかたづけ
     島人の 祈りのかたち

     いずれにしても 時が満ちて
     人知れず 戻るべき場所へ戻る
     人知を超えた 大きな調和の環の中へ

     人知を超えた 大きな調和の環の中で
     人は人の 限りあるを悲しみ
     人は人の 限りなきを憂う


-2011/6/19 久高島-



2012-01-11

それでも、海と-2012

    
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     残像のままの海が、ふと、動き出す。

     ある物語の最終章の一場面、光を受けて。
     きっと、あの海。

     手がかりは風の音。





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     風に乗る波の音、遠い波の砕ける音。
     風は水紋を渡り、砂と草を巻き上げて、舞う。
     海と陸のかたちをなぞる風の音。

     たった一度、ほんのひととき、佇んだだけで、
     陸に立つ耳になって、音を記憶に刻む。

     そんな海が、懐かしい。


 


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     「祖」の怒りを、ひとつひとつの言葉を、聞く。
     2011年の春を境に、あれほどまでに、悲しいまでに、激しくなったのか。
     それとも、もっと前から、ずっとずっと、つづいてきたものなのか。
     「アイ」や仲間たちの成長が、「祖」の絶望を乗り越えることはできるのか。


     幾年月と親しんだ、懐かしいなんて言葉で言い表わせない、
     そんな海や陸に戻れない人々の声も、聞こえたような気がした。


-2011/3/6 大度海岸(糸満市)-