2012-06-25

ただそれだけの記憶

    
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    真夏の午後。


    大湾から比謝橋へと至る国道58号線。
    長い下り坂が続く。
    車の往来は激しい。

    そんな場所を歩いているとき、意識は今、この瞬間だけに閉ざされる。
    過去や未来に想いを致す余地のない、アスファルトの道。
    そして、猛烈に暑い。
    アスファルトは白く光り、熱風が直線に舞う。

    次の目的地を屋良ムルチにするか、嘉手納基地のフェンスにするか、
    それとも、北谷の漁港での休息にするか、茫漠と考えながら、歩く。


    対向して、坂を登ってくる人影がはっきりと見えてくる。
    真夏の炎天下、ほかに歩道の人影はない。
    真っ白に光る、広すぎる歩道。

    やがて、その人影が、老婦人であるとわかる。

    日傘を持っているのだが、それを差すことなく、杖がわりに使っている。
    つばの広い帽子だけが日光を遮って、小さな影を付き従える。
    真っ白に光る歩道の上で、そんな影さえも霞んで見える。

    二人の距離が近づくにつれ、その老婦人の足取りが、
    そして、この炎天下、どこへ向かおうとしているのかが気にかかる。
    下り坂を、あごを出して、口で息をしながら歩きながら、
    上り坂を歩いてくる老婦人のことが気にかかる。

    この暑さの中、大丈夫か。
    そして、この暑さの中を歩いていること自体に、胸騒ぎがする。
    目的地を分かって、歩いておられるのか。

    二人の距離は、その表情を読み取れるまでに近づく。

    すれ違うとき、礼節ではなく、胸騒ぎに促されて、あいさつをする。


     「こんにちは、お暑いですね」

    老婦人は私の顔を見つめ返す。
    笑顔はない。
    むしろ、動揺や悲嘆さえも思わせるような眼差し。

     「あなた、お名前は?名前は何というね?」

    老婦人からの予想外の問いに、しかし、まっすぐに答える。

     「・・・ごめんねぇ、あなたの顔、忘れてしまったさぁ。だれだったかねぇ・・・」

    老婦人は、おぼつかなくなることを怖れる記憶の中に、
    私の名前と顔を探そうとしたらしい。

     「あ、いや、私は旅行でおじゃましている者で、今日、初めてお目にかかるんですよ。
      ・・・驚かせてごめんなさい」

    老婦人の表情が変わる。
    安堵や合点を通り越して、その表情には威厳さえ漂う。

     「旅行?どこまで行くか?」

     「嘉手納を通って、北谷まで・・・」

    嘉手納ロータリーからはバスに乗るつもりであると、そんな言葉を継ぐ間もなく、
    老婦人の声は力強さを増す。

     「はぁっさ、北谷まで。日が暮れるよ。もういいから、早く行きなさい」

    思いもかけぬ心遣いに、ごもっともと謝辞を述べて、別れる。

     「どこまで行くのですか?お宅は近いのですか?暑さに気をつけてくださいね」

    そんな言葉を掛ける間もなく、老婦人はもう、歩き始めていた。

    たった今、自分が下ってきた坂道。
    この坂道を、このままずっと上って行くのだろうかと、何度もその後姿を振り返る。
    やがてその後姿は、陽炎の中に、小さくなる。




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    午前中、嘉手納町水釜の住宅地から歩き始めて、
    比謝川沿いを上流へと向かい、比謝川大橋を渡って読谷村に入る。

    読谷村の古堅集落を歩き、戦前と戦中の記憶を辿る。
    そして、午後2時過ぎに、国道58号線の大湾交差点に出た。

    南下して、ふたたび嘉手納町を目指す。
    比謝橋で、吉屋チルーの時代と戦世が交錯する。

    嘉手納町に入ると、そこはアメリカ世。
    いや、読谷村にいる間もずっと、通奏低音のような轟音が遠くから響いていた。
    日曜日は、原則として、飛ばない。
    日曜日は、しかし、地上での整備は行う。
    カデナのフェンスの中で、エンジンは回る。

    大湾交差点の看板が、日米地位協定下のアメリカ世を糾弾する。
    昔、歩いたことのある、楚辺の農道でのひき逃げ事件。



    一日の中に、一日の中のほんの数時間の中に、
    さまざななことが去来する。

    そんな道行きの中のほんの一瞬に、
    知識や思考ではなく、その瞬間の全人格を以って向き合う、一期一会がある。

    真夏の太陽の下の、取りつく島のない風景の中で。





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    数時間の後、北谷町浜川の漁港で、ニライハーリーの表彰式で、
    初めて見る、ようやく会えた「しゃかり」のステージに心ときめかせ、心躍る。

    一日の中に、一日の中のほんの数時間の中に、
    こんな素晴らしい時間も訪れる。


    こんな時間の中、原則として飛ばないはずのC-135が、
    午後の太陽で銀色の光になりながら、祭りの上を飛び去った。





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    午後7時、祭りも終わって。
    夕景の先に思い出す、懐かしい顔もあった。


-2010/6/27 読谷村 比謝矼 ~ 北谷町 美浜-


-Special Thanks-
   「なかよしラジオ」パーソナリティ 知念だしんいちろうさん
    (FMとよみ 83.2MHz)

     尺を考えずに語れば、こんな一日の中の、こんな出来事でした。

 
category2010 沖縄旅日記② 夏  time23:57  authorKohagura Erio 

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