2011-09-23

Inspired by "雨ざらしの椅子"

    
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-2010/10/10 沖縄市 銀天街-



     今宵、福岡市にて、下地勇さんのライブ。
     「No Refuge (逃げ場がない!)LIVE  ~悩める者の友~」

     もちろん、オリオン・ビールが飲みたくなったり、
     手拍子とともに体を揺らしたくなったり、
     宮古語で「がんばろう!」を連呼したくなったり、
     ほぼ同級生の四十路男の、半生やら反省に凛と響く標準語のバラードがあったり、
     おじぃや、おばぁや、我達が生まり島への愛や想いが詰まった、
     いつもの、明るく、パワフルで、やさしさと繊細さを内包した勇さんであった。

     すばらしいフラメンコ・ギターで寄り添い、時に勇さんを鼓舞したロベルトさんは、
     終演後にポスターをよく見るまで、てっきりスペインの方だと思っていた。
     (じつはブラジルご出身とのこと)



     それで、この写真である。
  
     ライブの中盤で唄われた、「雨ざらしの椅子」という曲を聴いていて、
     ふと、この情景が蘇えった。

     といっても、宮古語の歌詞は、CDで聴くのと同じく、言葉としては像を結ばない。
     ライブならではの、曲を紹介するMCを聞いて。
     その中の、「商店街」という言葉がキーワードになった。
     「市場」だったかもしれない。
     いずれにしても、語られた言葉の中には、過ぎた時間が漂っていた。


     帰宅して、あらためて歌詞カードの、訳詞の方を読み返す。

     言うまでもなく、たったひとつの情景を描いたような曲ではない。
     そして、言葉は重層的なイメージを喚起する。
     「商店街」も「市場」も出てこない。

     もうひとつ。
     勇さんのブログに、この曲を含め、
     『No Refuge』というアルバムに込められた想いが綴られている。
     その言葉は、作詞とはまた別の方法論で、熟成し、研ぎ澄まされたものだと思う。
     そんな想いを、作詞にも比肩する作品として、読み返す。

      
     ライブの数時間後、そうやって、紙やインターネットといった媒体と向かい合う。
     ライブの残像を、補完しようとする。
     だが、その時間を、もう少し先延ばししてもよかったのかもしれない。
     しばし、ライブの余韻のままに。
     ずっと、ライブで感じたままに。



     だが・・・
     明後日には、また、勇さんとの出会いがある。
     今度は野外のステージ。
     『琉球の風2011 島から島へ』

     昼間からオリオン飲んで、島酒飲んで、祝祭的空気の中にいる。
     熊本の秋空の下、「嬉しくなりたい」という状態が、延々と続く。
     幸人さんとのズミーファイユーな絡みもあるだろう。

     そんな時間はそんな時間で楽しんで、また、ゆっくりと、
     『No Refuge』と向き合おうと思う。



     蛇足だが、音楽も、旅も、人間関係も、すべてはライブである。
     乱暴な括りだが、ライブこそ至上であると思う。

     この銀天街の写真は、ある一瞬の記録でしかない。
     ちなみに、日曜日の、やがて17時という時間。
     そんな時間が醸すライブ感と、平日の午前中などのライブ感は、おのずと異なるだろう。
     あるいは、脇道に赤提灯やネオンが灯る時間のライブ感。
     傾斜がある商店街という稀有な特色を生かして、
     そうめん流しをするなどということも、風の噂に聞いた。

     そんな、街や人のライブを、まだ見ていない。


-Special Thanks-
  下地勇さん

 
category音楽  time23:58  authorKohagura Erio 

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