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2017-02-01



琉球の道

   
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   少年のじかん 青年の時 大人の刻
   それぞれに 流れたゆたい 過ぎゆく歳月
   やがて一年 季節はめぐり 
  

   あの日 少年は
   夕暮れ街に 漂うカジャーを 行きすぎ通りすぎ
   その香の魅惑を 君知るや

   大人になった青年と 青き惑いを抱く大人は
   刺身と お汁と 島酒を
   ごはんと 語らいと やはり男だ たまちゃんも


-2016/2/26 那覇市 安里(栄町)-



2016-10-15

それでも、海と

   
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   明日のために 今日のために
   少し休もう 無になろう
   大きく 慎ましく 自分を忘れよう
   足るを知って 満ち足りる

   太陽の下で 風の中で 海の彼方を感じる此方で 
   一日の終わりの30分 人生に与えらえた30分 地球の上の30分
   砂粒のように いつか たしかに
   時が満ちて 消えてゆくまで


-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2016-10-03

沖縄のみなさま、どうかご無事で

   
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-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-


   静かな海 静かな空 静かな明日が 戻るまで

   台風18号が近づく夜に
  
  
  

  

2016-09-05

見つけること

   
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  無口で、不器用で、細かいことをあれこれ言うようなことがなかった親父が、
  ただひとつ、口うるさいほどに、
  時には、机に向かう倅の後頭部を叩いてまで言いつづけたこと。
 
   「目が近い」

  パイロットになりたかった青年の日の夢を、
  近眼を理由に早々に諦めざるをえなかったから。
  そんな話も、親父本人からではなく、母や、伯叔父母から伝え聞いたのだけど。

  そのおかげもあってか、倅は今も、
  「1.5」や「1.2」という視力で世界を見ている。
  

 
 
 
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  親父を送ってから、25年。
  親父に代わって、人生のさまざまなことを教わってきた人々から、
  「見ること」の意味を、いろんな形で、学んでいる。
  
  「よく見ること」の大切さ。
  頭が意味を求めているときも、耳や舌と同じように、目も、喜びを求めること。
  目で見ることと同時に、五感のすべてで感じること。

  そして・・・。
  この夏、洋さんから聞いた、目の見えないスキーヤーの話。





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  見つける。
  こうやって。
  視力だけじゃない、と思う。
  気配に、息吹に、気づくこと。

  見るだけじゃない。
  そこにいる、ここにいる意味も、わかり合える気がする。
  今、一緒になって、この場を、岩肌を、海鳴りを、風を、陽光と影を、
  この時を、感じている者同士。
 
  そして、キミもたぶん、ボクを見ている。
  キミは自由で、そして、キミはすべてに対峙している。
   
   
   
  倅は、パイロットになることを夢見ることもなく、
  でも、こんな風に、空を舞う生命を愛し、生命の舞う果てしない空も愛し、
  不器用に、たしかに、見るべきものを見つめています。

  あとは、対峙する強さ。
  親父から、学び足りなかったこと。
  

-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2016-08-15

ウンケー ウークイ

   
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   旧暦ウンケー 新暦ウークイ

 
   伯父宅で 祖父母や親父を偲んで
   送り火の前 一時間 送り火の後 三時間

   背筋伸ばして グラス 拈華微笑 グラス
   我が家の酒道 也


   兄貴が言ってた

    「沖縄に行くと 石灰岩の匂いがする」

   イシグーの路を歩いたか 隆起珊瑚礁の淵に立ったか
   いや ビジネススーツを着て行く 場所ではないな

   東町なら ナーファの金城のキクさんの セメントの匂いかな
   縁あって同じ街を飲み歩く 兄貴が感じる沖縄
  
  
   たしかめに行く また遠からず


   西町から 西に慶良間
   慶良間から 西の海空
   浄土ここにありて また浄土 遙かなり


-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



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