«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 || Next»

2015-08-25



今日明日の天気を知りうる日々の中で

   
null

台風15号が九州を縦断した今日、一日をかけて、
『特攻に殉ず 地方気象台の沖縄戦』 田村洋三・著 (中央公論新社)を読了。



初めてこの碑を訪れたのは、2012年6月28日。
国道331号線のバス通りにある案内板に誘われ。
どのような方々のための碑であるかも知らず。

その後、「寿山」があった、小禄の田原公園を訪れたのは、2013年の春。
『八月十五日の天気図―沖縄戦海軍気象士官の手記』 矢崎好夫・著 (光人社NF文庫)を、
途中まで読んだ、断片的な知識だけを携えて。

しっかりと歴史を学んだ上で再訪しようと思っていたこの地を、再び訪れたのは、
慰霊の日の夏空の下を歩き疲れた果てに、伊原のバス停でバスを待つ時間。
午後3時を過ぎた頃。

慰霊祭が終わった直後だったのか、日除けなどの片付けが行われていた。
老婦人の声が耳に入る。

 「ずっと、小禄の海軍壕に祀られているものだと思っていました。
  知りませんでした。ここにいたんですね」

その言葉の意味するところを、ようやく、理解する。
辿れた足跡、辿るこのできなかった足跡。
そして、碑石に刻まれた方の中の幾人かのお顔や、たしかに生きた日々に想いを致す。
   
気象観測に殉じた方々の苛烈な日々を辿ることで、
いつしか、穏やかな気持ちで歩くことができるようになっていた沖縄の道や風景に、
またあらためて、歴史の重さを感じる。
知らなかったことが多すぎることを、思い知る。

気象観測に殉じた方々の記録を通じて、その傍を去来した夥しい人々の戦世も知る。

そしてまた、戦世を生き抜き、戦後を生きつづけ、
往時の証言を残してくださった方々の生涯に、深い尊敬の念を抱く。



大空の下で雲の高さや風向きを感じる有難さを感じながら、
これまでとは違う想いを携えて、いつの日か必ず、この地を再訪したいと思う。


-2014/6/23 琉風之碑(糸満市 伊原)-

  
  

2015-08-11

それでも、海と

     
null

その場に立つ





null

自分の身の丈で 五感で その場を感じる





null

      この場の今を ありったけの全身で感じながら
      それと同時に この場で起こったことへ





null

深く 深く 想像をめぐらす





null

苦しいほどの想像が 「事実」へ近づくための 小さな第一歩





null

      そんな一歩を重ねるうちに しかし 時として
      ずいぶんと歩いてきたのだと 思い込むこともある

      自分が知ってきたこと 自分にできうる想像が
      自分の中で像を結び
      分かった気持ちになることがある



      そして それが打ち砕かれることを また
      くりかえす
  
      たとえば 一本の映画によって






null

   「自分は戦争を体験していない。想像で描いちゃいけない」

   それでも
 
   「(映画で)疑似体験し、本当の戦場への良い意味でトラウマにしてほしい」

   映画『野火』 監督・主演 塚本晋也さんの言葉より

   
   
-2014/6/22 糸満市 束里-

  
  

2015-07-16

空疎な言葉と蛮勇の跋扈を 歴史を抱いて拒絶する

   
null

    想いから発せられた 本物の言葉だけを
    自分の全部を賭けて 受けとめる
    相手の顔を見ながら 声を聞きながら

    生きてきたこと 生きていくこと
    ひとりとひとり 互いの存在の重さを 認めながら
    亡き人も そこに ひとりひとり





null

    そうやって 伝えあい
    ひとりひとり 考えあって
    決めていく

    人間を信じる
    しかし 歴史からも目をそむけない

    空疎な言葉と蛮勇の跋扈を 歴史を抱いて拒絶する



-2014/6/23 サキアブ(沖縄陸軍病院山城本部壕) (糸満市 山城)-

 

 

2015-06-23

2014年 慰霊の日 空

   
null

null

null

null

null



-2014/6/23 平和の礎・沖縄平和祈念公園(糸満市 摩文仁)-



2015-06-22

2014年 慰霊の日 早暁

   
null

null

null

null

null

null

null

null

 大度の宿を出たのは、午前4時半頃だった。
 夜明けを、「平和の礎」で見るために。
 そこまで、歩いて行くために。

 念のため、足元を照らす懐中電灯も手に持つ。
 国道331号に出た頃はまだ、闇の中に点々と、
 街路灯が見えるだけだった。

 暗闇に怖れは感じなかった。
 いや、逆に、慰霊の日でなければ、やはり、
 この時間にこの道を歩くことは躊躇したと思う。

 この日はきっと、この時間からもう、多くの人々が、
 平和祈念公園を目指している。
 そんなふうに思っていた。

 しかし、予想に反して人通りはなく、
 通り過ぎる車も数分に一台といった静けさだった。

 むしろ背後で、つまり、目指す方向と反対側の西の空で、
 断続的に光り、轟く遠雷を、そして、突然の降雨を恐れた。
 暗い空に、稲光で積乱雲が浮かび上がる。
 この時間、那覇や豊見城では、相当量の雨が降ったらしい。



 東の空が徐々に白み、朱を帯びはじめる。
 歩きつづけることに体が慣れてくる。
 周囲のすべてに向かって張りつめていた緊張が薄らいでくる。
 少しずつ、頭で、ものごとを考えはじめる。



 歩道に伏せてあるテントに気づく。
 この日行われる「慰霊行進」の休憩所だろうかと思う。

 初めてこの地を訪れた時には無かったバイパスではなく、
 今も路線バスが通る、昔からの国道へと進む。

 「健児之塔」入口に近い商店の看板に、懐かしさを覚える。
 あの夏の、暑さに参っていた子犬たちは、どうしているだろう。

 電柱や電線、給水タンクのシルエットに、
 この地に住まう方々の暮らしの息吹を感じる。

 依然として、人の行きかう気配は少ない。
 住宅街はまだ、深い眠りの中にあるように見える。

 あるいは・・・・
 あるいは、もう、それぞれの慰霊の地に赴いているのか。
 あるいは、眠れぬ長い夜の果てに、床の中で朝を迎え、
 虚空を見つめているのか。 



 平和記念資料館や平和祈念堂のシルエットが、薄明の中に見えてくる。
 右手の住宅地が途切れ、木々と広場が見えてくる。

 少しずつ、人影が増えてくる。
 同じ方向へ向かって、ゆっくりと歩む人の背を見る。
 式典会場はまだ、静けさに包まれている。
 


 「明日はシャッターを押さないかもしれません。
  想いを発露している方々にカメラを向けることは慎むべきだと思っています。
  その場を見て、その場の空気を肌で感じるだけにすると思います」

 前夜、宿でそんな話をした。
 そして、「平和の礎」の中を歩いている間、しばらくは、カメラに触れなかった。
 

 
 「平和の火」の前で、日の出を待つ。

 多くのメディアが、脚立と大型カメラを構えている。
 数人の女子学生が、そんな中、膝を抱えて座っている。

 「平和の礎」のほうでは、ニュース番組のリポーターと撮影クルーが、
 朝のニュースのリポートに向けてのリハーサルに余念がない。

 両手に杖をついておられたご老人が、
 インタビュアーにマイクを向けられた途端、背筋を伸ばして直立する。

 駆ける幼子と、その後を追う母親。

 「○○ちゃ~ん、あいっ、○○ちゃん!」
 大声で互いの名前を呼び合う、老婦人。

 三世代。四世代。夫婦。ひとり。

 「平和の火」をじっと見つめ、その後、空を見上げる男性。 



  また訊かれたさぁ、テレビの人に。
  今年もまた、同じことよ。
  「お父様はいつ、どこで、亡くなったんですか?」だって。
  「戦で死んだよ、沖縄でね」って、言ってやったよ。  
  いつだか、どこだか、そんなこと、わかるわけないさぁ。

 ベンチで語り合う、老婦人ふたり。



 いろいろな情景を目にした。
 いろいろな声を聞いた。
 いろいろな表情を読み取ろうとした。

 

 テレビをはじめとするメディアを通して、
 メディアのフレームやファインダーを通して、これまで見てきた、
 「慰霊の日」の朝。

 そんなフレームやファインダーの外にある、この朝を見た。
 そして、そんな朝の情景に少しずつ、カメラを向けはじめた。



 しかし、この朝、カメラに残した情景を、だれに向かって、どのようなかたちで、
 どんな想いや言葉を添えて、見せればよいのか。
 あるいは、見せるべきではないのか。
 自分の中でたしかなものにできた、言葉だけでよいのか。
 それは本当に、たしかなものなのか。

 いまだ、こたえが見つからぬまま、一年が過ぎた。
 記憶だけは、鮮明なままに。



-2014/6/23 糸満市 大度~摩文仁 平和の礎・沖縄平和祈念公園-



«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 || Next»