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2014-02-25



旧正景

   
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   拝みにカメラを向けることは慎むところなのだが

   今日のこの日は伝統行事のひとこまであると
   神々へも門中へも旧交温める知人へも心を開いた対話の場面であると
   そう心得る

   意地も引かず手も引かず 立ち位置だけをそっと引く


-2013/2/10 白銀堂(糸満市)-



2014-02-24

一年前の写真から

   
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ゆうすけが教えてくれた美作という地も、こんな眺めなのだろうか




  高江の集落をあとにして、小中学校の前の小道を、行き先も決めずに進む。

  2011年の秋、日暮れまでのひととき、一日3便の路線バスの終バスまでの時間、
  行けるところまで行こうと、あの日は歩いてみた、曲がりくねった下り坂。
  夕空に伸びる電線に、その先にもまだ暮らしの気配を感じた、その道。

  その先へ、行ってみようと思う。

  共同売店「山の駅」の周りの集落でもない、
  住民と施工業者が対峙する(いったい、だれのために?)ゲート付近でもない、
  また違った高江の暮らしを垣間見ることができるかもしれないと思いながら、
  ゆっくり、ゆっくり、今日はハンドルを握り、窓を開け放ち、
  歩くように車を走らせる。

   

  数軒の民家が点在するのを目にした後、森はどんどん深くなる。
  連続するカーブと、濡れた森を縫う隘路に方向感覚は麻痺する。
  ただ、このまま道なりに走れば国頭村との境界に出ることだけは間違いない。
  そして、やがて海が見えるかもしれないと、地図とカーナビを交互に見る。


  「やんばる海水揚水発電所」までは行ってみよう。
  そう思ったとき、ふいに視界が開ける。
  地図で見る限り、海岸線まではかなり距離があるように思えたのだが、
  遮るものもなにもない、海を見下ろせる丘。

  路肩に車を停めて、地図を手に、小雨交じりの丘へ出る。
  今いる場所と、これから向かう発電所の位置を確かめる。





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  車から降りてすぐ、海手よりも山手側に目が向く。

  目に入った碑に刻まれた文字を、何度も読み返す。
  思いのほか新しい、その碑の質感を眺める。

   「ここに、この土地に、学校が?」

  かつて、やんばる船が行き交った歴史に想いを巡らす。
  津々浦々で営まれたであろう暮らし。

  それにしても、ここは海から遠すぎる。
  どれだけ坂を登ってくればいいのか。
  そして今、この地の周囲に暮らしの気配は、ない。

  ここに学校があった歴史。





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  「高江校発祥之地」碑を背に、海の方を向く。
  そこには「東海陸守龍神」と刻まれた、小さな碑。
  手前にあるのは御香炉か。
  海に、陸に、想いとともに向き合う、拝所なのだろうか。
  かつての、あるいは、今もなお。




  帰宅して後、高江校のことを調べたが、
  1908年に川田尋常小学校の高江分校がこの地に開設されたこと、
  二度の移転を経て、1969年からは現在の集落内にあること、
  それくらいしか分からない。

  同校のウェブサイトによると、
  「昭和40年の頃は、児童生徒の在籍も100名余りも数えた」とある。

  どんな暮らしが、歴史が、あったのか。



  北部訓練場の一部が返還され、いまなお訓練場に囲まれている、
  海水揚水発電所以外に、この場所は荒涼として、今はなにもない。
   
  映画化もされたドキュメンタリー『標的の村』に出てきた、
  ベトナム戦争当時の高江の幻影を、
  この海や森の残像、そして、小学校の歴史に重ねる。
  そしてまた、高江の今を思う。


-2013/2/8 東村 高江-



2014-02-09

一年前の写真から

   
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    昨夜 「荒涼」と書いてしまった光景

    それは 橋という人工物の上から遠く見渡した感慨であって
    川と海とが交わるその砂州の上を一歩二歩 歩いていれば
    目を凝らし 耳を澄ませ 潮風の中に漂う香りを嗅ぎ分けていれば
    そこに生命の豊饒を感じていたかもしれない

    海を背にして川の来し方を振り返ると こんな光景が広がっていたのだから


-2013/2/7 国頭村 楚洲-



2014-02-08

一年前の写真から

   
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やさしく育まれた荒涼



-2013/2/7 国頭村 楚洲-



2014-02-06

一年前の写真から

   
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    車でぷらっとやってきただけで あのような奇跡に出会えるはずもなく

    それでも だれもいない砂浜と静かな波打ち際をそぞろ歩いては
    あの壮大な夕空と温かな薄明の名残りを探してみたりしました

    天気がよければ 日の沈む頃にまた訪れて
    日の暮れてから楚洲まで走ろうなんて 考えてもいたのですが
    やはりそれは ただ「見る」だけの旅路であって
    この土地を「感じる」ことは できなかったでしょう

    またいつの日かのための ロケハンにとどめて
    枯れ枝を揺らす二月の潮風は冷たく ダウンジャケットにくるまって
    西の空を覆う雲を見つめた 羽地内海


-2013/2/6 屋我地島(名護市)-



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