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2013-06-17



再会の旅 白梅学徒看護隊之壕

   
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   初めての沖縄で最初に訪れた場所
   机と本で学んだ歴史の現場に 初めて向き合った場所

   その時の緊張や戸惑いや戦慄は 忘れることができない
   入口に立ち 一歩も歩を進めることができず
   歩を進めることの是非さえも分からず
   カメラを向けることも逡巡し 言葉は千千に惑い
   その夜 カメラに残る岩肌の陰影に 苦悶の表情の幻影を見て



   それから3年の後 ガイドさんとともに入壕

   真の暗闇の中の 心よりも先に五感が押し潰されそうな重い空気
   学徒の歴史 負傷兵の歴史 ここですべてを終えた人の歴史



   そしてまた 1年半

   岩肌と木々に囲まれた 壕口の空間
   初めての訪問では足を踏み入れることもできなかった場所
   二度目の訪問では 差し込む光に生命を感じた場所
   その場所をまた 一人で訪れる
   静かに向き合い 一歩一歩 歩を進める



   『ハルサーエイカー2』のロケ地になるということを知って
   どういう意図によるものなのだろうかと考えた
   生命をめぐる深い物語を描くために
   どうしても必要な場所なのだろうかと思いを巡らせた
   三度目の訪問の直前にその放送を見て
   しかし その答えは見つけきれなかった

   この場所で こんなふうに考える
   そうやって 少しずつ近づいていけばいいのだと

   いつまでも 恐ろしい歴史 悲しい歴史に閉ざされたまま
   目をそむけたり 近づくことをためらう場所にしておくよりも
   静かな空気と静かな心とを調和させながら
   こうやって 少しずつ近づいていけばいいのだと
   今を生きる者の息吹を 折にふれて届けに来ればいいのだと

   「祈りの形のひとつ」

   遠い歴史の中の 想像を絶する生と死も
   この同じ場所に去来したことを
   同じ空気を吸いながら 光の中で 静かに想う


-2012/11/9 白梅学徒看護隊之壕(八重瀬町 富盛)-


2013-06-07

おはようのみち

   
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   富盛から、八重瀬嶽を望む。

   始発のバスでやってきて、富盛の石獅子と朝を迎えて。
   ずいぶんと時が経って。

   糸満行34番のバスが、何便、通り過ぎて行ったのか。


-2012/11/9  八重瀬町 富盛-



2013-06-03

「ハルサーエイカーショー」を見た日曜の午後に

   
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   塔の前で 塔に刻まれた戦没者のお名前の前で
   静かに しばらく 立っていました
   いつもと同じように 心鎮めて

   やがて 最後に カメラを向けていいものかと
   背景にも目線を移して しばらく 思案しました
   いつもと違ってちょっとだけ 心にそよ風吹きながら





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   丘の下の小学校では ちょっと季節が遅れた運動会でしょうか
   歓声やざわめきや 沖縄らしい選曲のBGMや ウチナーアナウンスや
   
   丘の上ではおじさんたちが 台風の後片付けでしょうか 
   それとも 定例の清掃活動でしょうか
   モクマオウの枝やら 下草やらを トラックの荷台へ
   ゆいまーるのラストスパートは 打ち上げへのウォームアップでしょうか

   この丘は 公園であり 拝所であり グスクでもあり

   二年前の秋 へーばるのしーじゃ兄に ここも案内していただきました
   「字マップ」のエキスパートと一緒に回ったような 南風原探訪の記憶
   今日また あらためて 自分ひとりで 石獅子を探して迷子になりながら





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   清掃活動からひとり 抜け出してきたおじさん
   さっきまで作業を仕切っておられた あがやーおじさん
   さっきからお互いに 目は合っていましたね
   その先の展開が読めるような そんなかじゃーも していましたよ

   「食べなさい」と クッキーにせんべい 「飲みなさい」と さんぴん茶
   恐悦至極で ゆんたくの始まり

   「あそこには行ったかな」 「あそこはいいよ」
   沖縄にも内地にも詳しい 元転勤族だった あがやーおじさん
   やしが 島尻の地理はちょっと方向音痴な あがやーおじさん
   与座岳の方角を指さして 知念の話をする あがやーおじさん

   やがて さっき下へ降りて行ったトラックが
   荷台をすっかり空にして また坂を上がってきました
   いつまでも下りてこない あがやーおじさんを迎えに

   「次、行くよ」
   次の清掃場所なのでしょうか それとも よく冷えたビールなのでしょうか

   がんまりもお好きらしい あがやーおじさん
   「写真を撮っていくといいね」と指さした グスクの説明板に
   干からびて成仏したアカマタ小を置いて 「次」へと向かって行かれました





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   頭の中で 島尻の地理をおさらいしようとして
   三日前に歩いた 八重瀬嶽と与座岳の方角を望もうとして
   黄金森がこんなに近かったのかと 気がつきました
   南風原の戦世は陸軍病院だけではないのだと あらためて思い返しました

   最後にもう一度 慰霊塔と 拝所と火の神に 黙礼をして
   石獅子を探して 坂を下りました

   『第4回南風原町民劇場 むらや~』のポスターを見つけては
   立ちどまって微笑んだりした 日曜の午後の 一時間ほどの出来事


-2012/11/11 内嶺城跡・兼城公園(南風原町 兼城)-



2013-05-29

グーサン・ウォーク

   
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    ウチナーンチュは傘を差さないと まことしやかに云われているが
    まあ カタブイが多いから すぐにあがるから 乾くからという説に
    説得力があるような ないような


    齢重ねて 傘をグーサン(杖)代わりに使うというのは
    古今東西を 問わないのか

    王朝時代 傘の使用は士族だけに許されていたとのこと
    行きかうアンマーは サムレー ユカッチュの末裔か
    ナーファ・モードぬ トレンディか

    傘寿までとはいわず
    トーカチ カジマヤーまで チャーガンジューシミソーリヨー


-2012/11/11 農連市場(那覇市)-



2013-05-13

遅筆だからよー

   
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  自分で言うのもおこがましいのだが、
  お気に入りの写真が往々にして、お蔵入りになっている。
  この写真も、然り。

  理由は大きく分けてふたつあって、
  ひとつは、その写真にまつわる調べものが遅々として進まないこと。
  もうひとつが、写真に添える言葉を選びかねて、
  あるいは、選びそびれていること。
  過去の自分の感傷に拘泥しているうちに、その記憶は、
  あるときは熟成され、あるときは希釈され、揮発してしまい。

  この大里グスクの写真は、主として後者であるのだが、
  この場所で、30分の後に、西から東へ、中城湾へと飛び去った、
  オスプレイを見たことなども絡めて書こうという思惑もあって、
  そういう意味では、前者のこだわりも足を引っぱる。



  一事が万事、そんな調子なので、
  いや、そんな風にひと括りにしてはいけないのであるが、
  大切な人へ大切なことを伝えるという場面でも、
  しばしば、時機を逸してしまう。

  例えば、旅を終えてのちの感謝の手紙なども、想いは募れど言葉にできず、
  という言い訳によって延ばし延ばしにし、ついには、
  次の旅立ちにせき立てられるように、ペンを執ったりするという体たらく。

   

  さて、この写真。

  大里が「生まり島」である大切な人の元へ、今日、発送した。
  那覇で食堂を営んで45年、そのうちの5年間、縁あって通いつづけ、
  今もなお、たいへんお世話になっている、
  敬愛し、思慕する、おかあさんへ。
  手紙を添えて。

  その食堂が、今日、45周年の記念日だったはず。

  今日、届くように、もっと早くに、想いを言葉にすべきだった。
  「まずはオリオン生から」と、カウンターで語らうときのように、饒舌に。
  少々、無粋で、不細工であったところで、「だからよー」でいいのに。


-2012/11/10 大里グスク(南城市 大里大里)-



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