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2010-03-15



潮目

 
  今春の沖縄旅行に旅立ったのが、ちょうど一ヶ月前の今日だった。


  個人的な関心の赴くままに旅をする者の、道中における出会いや出来事は、
  あくまでも私的な体験であって、そのすべてを公にすべきものでもないと思うし、できないこともある。

  例えば、薫陶を受けた相手方との関係に鑑み、
  その記憶を自らの心の中のみに留めておくことも多い。

  例えば、道中の見聞を通じて、旅行前の自らの無知や浅学や認識の甘さを知ることによって、
  旅を終えてなお、その見聞を取り巻く問題や情報を、自分なりに整理しつづけることも多々ある。



  今春の旅で回った、伊江島、辺野古、勝連。
  それらの場所を一連の旅で巡ることに、自分なりの意図はあった。
  しかし、いまだ、消化不良の問題を多く抱え込んでいる。新たに抱え込んだ。
  「ただ、見てきました」というだけの拙速な文章を書きたくないと考えながら、
  一ヶ月が経とうとしている。


  その間にも、事態は刻々と動いている。


  一ヶ月前、そこに「ホワイトビーチ」があるという、ただそれだけの問題意識しか持たずに、
  「ただ、見てきただけ」であった勝連の海に、中城湾に、
  辺野古のテントで、「ヌチドゥタカラの家」で、見聞きしたことが影を落とす。




  映画 『ONE SHOT ONE KILL~兵士になるということ』(藤本幸久監督)を、
  福岡でも見られるということを、一昨日、知った。
  (3月25日(木):福岡市立男女共同参画推進センターアミカス)


  2月に辺野古で、次のような話の中で、この映画のことを聞いていた記憶が蘇えった。
  
  座り込みのテントの、すぐ目の前の海から、
  つまり、基地の外の、市民が生活を営む場所、漁港の一角の砂浜から、
  あるいは、「日本の法と主権の下にある」と私が認識していた場所から、
  完全装備の米海兵隊が「演習」の名の下に上陸してくるという事実。

  そのことに驚愕するというのが、本土から来た私の感覚。
  日米地位協定の実態、目の前を跋扈する兵士の姿を日常の中で直視し、
  同時に、沖縄戦やベトナムの影をいつも見ているのが、沖縄の現実。




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一ヶ月前は、ただ無邪気に走るだけのワラバーに見えた。今はその表情が気にかかる




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海中道路の見える海と軍港の見える海とは、ワラバーでも歩けるほどに、近い





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「ホワイトビーチ」に最も近い(と思われる)"自由な"ビーチ。ウージ畑の間の急坂を下った突き当たり




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"自由な"ビーチより沖縄市泡瀬を遠望。県道8号線に近い高台からは津堅島も望める



-2010/2/20 うるま市 勝連-


2010-03-12

続・緑のグラデーション

 
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    雨に煙る緑は 亜熱帯にあって 温帯を感じさせる
    人の暮らしに近い緑は 家がそうであるように 体温を感じさせる
    
    空に向かって 伸びたいだけ伸びたパパヤーは
    屋根に登って 食べたいときに獲るのだろうか

    草と戯れる 農業という言葉が謙遜する
    ささやかな畑の向こう




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    2分前にいた場所 雨宿りをした場所

    傘の中まで舞い込んでくる 雨粒と風に遊ばれて
    カメラを持つ手にはハンカチ やがて タオル 
    飛ばされてくしゃくしゃになった地図は脇の下 やがて ポケットの中

    地図を頼らずに タッチューだけを目指して
    雨粒と風と遊ぶ

    先に遊び疲れたのは 雨粒の方だった
    風はずっと 気まぐれだった


-2010/2/16 伊江島-


2010-03-10

緑のグラデーション

 
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    自然の造形には 比ぶべくもないのですが
    それでも 自然と穏やかに調和した人の営みには
    やさしい美しさが宿っています 



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    晴れた日の色彩の鮮やかさには 比ぶべくもないのですが   
    それでも 曇りの日の控えめな光に照らされた世界は
    色の周縁や機微を見せてくれます



 
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    ちょっとした 色のアクセントに
    風景は微動し カメラは微笑みます

    毎晩 伊江島 島らっきょう
    毎日 元気
    毎晩 かりー




    蛇足ですが・・・

    自然を擬態(まね)た いかなる迷彩服も
    こんな色の世界の 色とりどりには比ぶべくもなく
    そして 似合わないと
    強く思った島の日々でした

-2010/2/18 伊江島-


-Special Thanks-
  『彩 イロトリドリ』/永山恵理 (Clavier Records EN-001)

  「色とりどり」という言葉は、永山恵理さんのこのアルバム・タイトルにインスパイアされました。
  「南方をこょなく愛するpiano vocal」さんとのこと(ブログ・プロフィールより)。
  私も、その歌声とピアノ、そして、歌詞の世界をこよなく愛聴しています。


2010-03-03

風に吹かれて

 
  ボブ・ディランの「Blowin' in the Wind」が入っているCDも手元にはあるが、
  数回しか聴いていない。

  宇崎竜童&R・Uコネクションの「風に吹かれて」は、しばしば、頭の中を駆け巡る。


  1995年当時のCDシングルは、盤が小さくて、
  紙と格子状のプラスチックでできた細長いジャケットは、いささか取り扱いに困る。
  カップリング曲は「Like A Dog」。
  いや、こちらの方がメイン。昔でいうA面。


   ♪曲がりくねった狭い首都高は真夜中も渋滞さ

  あの日、カーラジオから流れてくるこんな歌詞を聴きながら、
  鹿児島県知覧の、茶畑の中の農道を走っていたと思う。

   ♪I'm working like a dog 飼いならされた犬のようさ

  金曜日の夜の、飼いならされそうな残業に耐えかね、
  衝動的に職場を抜け出し、福岡・天神のバスセンターに駆け込む。
  行き先はどこでもよかった。
  最終の鹿児島行き夜行バスの、出発間際だった。
  鎖の切れた犬のように、スーツのまま、そのバスに飛び乗る。


  鎖の切れた犬は、レンタカーを借り、指宿の温泉で汗臭いスーツを脱ぎ、知覧へと向かう。
  その直前に『月光の夏』という映画を見ていたからだと思う。 


  鎖の切れた犬は、しかし、人恋しくなり、その夜は鹿児島・天文館のネオンの中に身を置く。
  「焼酎天国」という名の店のカウンターで、次々と銘柄を変えては、芋焼酎のグラスを空ける。


  鎖の切れた犬は、翌朝、酔いが覚めるにしたがって、やがて、戻るべき時と場所を想う。
  偶然耳にした、竜童さんの「Like A Dog」の歌詞を口ずさみながら、
  少し自虐的に微笑みながら、
  福岡へと向かう車窓の風景を眺める。


  自分を犬のようだと笑うことで、少し打たれ強くなった26歳のサラリーマンは、
  CDショップで、「Like A Dog」とともに「風に吹かれて」と出会う。

  反抗や風刺や自虐だけではない、もっと大きな歌に出会う。




  それから15年後、そんな日々のことを思い出したりしながら、
  終日、風に吹かれながら、伊江島を歩いた。
  「風に吹かれて」の歌詞を口ずさんだりしながら。


   「ドライヤーを「COLD」にして、一日中、浴びていたような・・・」

  風に吹かれつづけたこの一日のことを、
  今回の沖縄旅行の途中で、そんなふうに、何度か口にした。




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「風を撮りたい」と思った





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灯台の手前にはフェンスがあると分かっていて、フェンスを目指す





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湧出(わじー)を貸切で見下ろす


-2010/2/18 伊江島-

-Special Thanks-
 宇崎竜童&R・Uコネクション with 井上堯之


2010-02-28

遠く離れても・・・

  
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  終日、今回の旅を写真で振り返って過ごす。
  終日、家から出られなかった。
  つけっぱなしのテレビの、アナウンサーの声に耳をそばだてたまま。

  少し落ち着いて、夕餉の支度。
  食卓に上る、沖縄土産のカボチャや、カマボコも、そろそろ食べ納め。
  アンダースーは、もうしばらく、楽しめそうだ。

  明日からのことを考える。 
  お礼状の書き出しはやはり、地震見舞いになるが、重篤なものにはならずに済みそうでよかった。

  お世話になった方々のお顔を、沖縄の風景を、想う。

  潮が退けば、海は、また、いつもの海。
  グスクの石は、また、積むことで再生する。

  一週間前の朝、勝連城跡にひとり。
  雨上がりの天は騒ぎ、雲間の光に満ちた海も大地も穏やかだった。

-2010/2/20 うるま市 勝連-


 
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