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2012-02-20



勝連の海 ~ 2年前の今日

    
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     夜明けの勝連グスクから、「きむたかホール」へと歩を進めた、頬の緩みは消える。
     それでもまだ、見知らぬ土地を歩く、いつもの気分の高揚は残っていた。
 
     与勝高校の先のカーブを曲がると、次々と大型ダンプが対向して来る。
     その土地の暮らしのじゃまをしないよう、道の端に身を寄せてやり過ごす。

     勝連グスクの朝を彩ったいわし雲と青空は消え、いつしか、厚い雲が垂れ込める。
     地図で想像した以上の急な坂を下り、地図が役に立たない細道を辿って、海を目指す。
     
     大型機械は入れないような斜面に、そもそも、機械化の必要もないような、
     狭小なサトウキビ畑が点在する。
     そんなサトウキビや、まばらな木立の向こうに、中城湾、泡瀬、沖縄市の街並みが、
     そして、水平線と見まごうように、久高島の島影が見える。





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     キビ刈りのご老人が目に入る。
     その横を通り抜けて、海を目指して、さらに坂を下ることになる。

     腰を曲げ、こちらに背を向けて作業に没頭し、近づく者の気配に気づく様子はない。
     この土地の人間以外の者が通り過ぎることは想像できないような、静けさに包まれている。

     すぐ目の前まで来て、不意にその気配に気づかせ、驚かせてしまってはいけないと思い、
     声が届く距離にまで近づいたとき、こちらから、あいさつをした。

      「こんにちは。おつかれさまです」

     振り向かせてしまったのが申し訳ないほど、ゆっくりと、こちらへ顔を向けられる。

     しかし、次につづける言葉を用意していなかった。
 
     沖縄で初めて、南部戦跡を歩いたとき、こんな風に、
     農作業をされているご老人に声をかけ、集落にある戦跡の場所を尋ねたことがあった。
     そのとき、ご老人の表情や佇まいに、心の疼きを覚えた。
     同じような感覚がよみがえる。





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      「この先はどこまで行けますか?」

     尋ねる必要のないことを、とっさに口にする。

      「この道は、勝連南風原まで行けますが・・・、行けることは行けますが、遠いですな」

     見知らぬ者が、この道の突き当たりの海に行くということは、考えておられない様子だった。
     勝連グスクの方まで戻れる、海沿いの細道のことを教えてくださったようだ。

      「じつは、沖縄の海を、いろんな海を見せていただいていまして、
      今日は、こちらの海にもおじゃましたんです」

     この言葉にうそはない。
     たしかに、勝連の、とある海を見に来たのだった。
     ただ、その名前を口にすることに、戦跡の名前を口にするのと似た逡巡を覚えた。

     ご老人からはっきりとした反応はなかったが、
     それでも、あいさつを交わした者への笑顔を湛えておられる。
     勝連南風原へ向かうと言って、また引き返してくるというのもバツが悪い。

      「ちょっと、海までおじゃましてきます」

     おじゃまします。
     偽らざる気持ち。
     どんな旅においても旅行者は、その土地に、その暮らしや時間の中に、
     おじゃまするという謙虚さを持ち続けなければならないと思う。
     とともに、そこに暮らす人の心に波風を立てたくないという気持ちも。





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     細道は行き止まりとなり、そこから草をかき分け、U字溝を飛び越え、
     コンクリートと岩場の間からしみ出す、生活感のある水流に靴を浸しながら、砂浜へと出る。
     
     こんな曇り空でなければ、青空の下であれば、
     もしかすると、穴場的な、あるいは地元の方だけのプライベートビーチなのかもしれない。

     久高島、知念半島を遠望し、すぐ近くの津堅島も岩の間から顔をのぞかせる。
     水平線と同じ高さで見ているので、泡瀬干潟の呻吟は目に入らない。
     遠浅の海に沖の波濤はなく、波打ち際の砂を洗うような波音だけが耳に届く。

     南東方向は完全に岩礁の死角になった。
     やっぱりな、と思う。





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     来た道を引き返す。
     下るときに感じた以上に急な上り坂で、息が上がる。
   
     ご老人は、やはり背を向けて、作業をつづけておられる。
  
      「どうも、おじゃましました」

     勝連南風原へ向かわなかったのかと訝しがられるかと思ったが、
     穏やかな笑みを浮かべておられるのが分かり、安堵する。 





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     坂を上り終え、南東へ向けて、目的地へさらに近づくべく、歩き始める。
     いつしか、農地は消え、左手は見上げるように急峻な崖に変わる。
     右手は草木が生い茂り、次第に閉ざされた感じの道になる。

     やがて、左手に「与勝ゴミ処理場」が見えてくる。
     さきほど対向してきたダンプはここに出入りしていたのかと思ったのだが、
     よく見ると、立入禁止の看板があり、門扉は閉ざされている。
     解体工事の公告、つまり、操業をしていないということか。
     フェンスの中は静まりかえっている。
     そういえば、ダンプはあの後、まったく見かけない。
     無人の建造物が静けさを際立たせる。


     この先、一本道。

     人の気配もなく、走ってくる車もない。
     それでも、地図を信じて、まっすぐ進んでみるしかない。

     緩みの消えた頬が、次第にこわばってくるのが分かる。
     気分の高揚は緊張へと変わる。

     勝連の、とある海。
     口にするのを逡巡した、その名前。
     砂浜からはやはり、望めなかった桟橋。

     米軍施設ホワイト・ビーチ。


      「ちょっと横を通らせてもらうだけじゃないか。おじゃましますという謙虚な気持ちで」
      「っていうか、おじゃましてるのはどっちだばぁ?」

     そんな強がりを心の中で口にしながら、歩を進める。


   


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-2010/2/20 うるま市 勝連平安名・勝連内間-



2011-02-16

2011年 春の新作

   
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      一年前の写真と どぅーちゅいむにーをベースに
      新作Tシャツを作って 着ていきます

      笑われようとも プリント部分でワタブー腹に汗をかこうとも
      愛は不器用なのです


      伊江ビーチの手前の モウマオウの林の向こうに
      本部半島と 朝陽に光る海
      てぃだが昇る

      方角も あっているはず




      初めての沖縄で 残波岬に立ったころは
      西方浄土と同じように 西の彼方にあると思っていた
      ニライカナイ


-2010/2/17 伊江島-

 ■ 2010-02-24 「ニライカナイ」


2010-12-30

2010年最長の夜

   
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毎月第3土曜日はFEC「お笑い劇場」




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青パパイヤのサラダ、ミヌダル、グルクンのアーサ天がお気に入り




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毎晩、ライブやっています。地元の方も観光客の方も楽しめます




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ふらふら~っと、島唄、島酒、カチャーシーの余韻 2日後の『島めぐり時間』がデージなってる!?




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前を通り過ぎただけで思わず笑みがこぼれる、楽しい思い出のあるお店




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凛として、やがて、心地よいジャズの世界へ




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安里から西町まで、余韻に酔って歩いて帰る。なぜか港に足が向く。伊江島が呼んでいる?





   最近、夜が長いのです。

   いや、それは暦の上の、冬至を過ぎたこの時節のことではなく、
   はたまた、加齢から来る中途覚醒や早起きといった話でもないのです。
   夜のしじまの中で、むぬかんげーしているわけでもありません。
   むしろ、年齢不相応に、惰眠をむさぼることに悦びを感じるほどなので。
   沖縄を旅している時以外は。

   そうなのです。
   沖縄滞在中の夜が長いのです。

   正確に申さば、日が暮れてからの活動が年々活発になり、
   深夜にまで及ぶ傾向にあるのです。
   もともと酒が好き、音楽やお笑いのライブが好き、人と交わるのが好き、
   軽い酩酊と徘徊が好き、体力の過信が隙。
   そういう性格が、沖縄の夜の魅力と有機的かつ必然的に結合したということなのです。

   かくして、お店のはしごや、ライブのアフターアワーズのゆんたくなどを楽しんでいるのですが、
   今春には、お笑い~島唄ライブ~ジャズライブを、一夜にして満喫するという夜がありました。
   2月20日、土曜日。
   牧志から国際通り、安里へ、なんとも贅沢な一夜でした。
   かねてより敬愛している皆さんとの間近な出会いに、感激もひとしおでした。

  
   ・FEC定期公演「お笑い劇場」・・・・テンブスホール
   ・URUKA LIVE・・・・舞台と地料理ライラ
     砂川美香(唄,三線)、宜保和也(g,唄,三線)、與儀朋恵(perc,cho)
   ・与世山澄子LIVE・・・・インタリュード
     与世山澄子(vo)、仲本政國(p)


   その後、夏の旅、秋の旅での再会もありました。 
   また、お会いしましょう。
   楽しい時間を過ごしましょう。

   What a Wonderful OKINAWA World!
 
 
-2010/2/20 那覇市-

  
  

2010-12-18

うちなーバス旅情 番外編 「拝啓 菅直人様」

  
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-2010/2/19 名護市 辺野古-


    この寒い中、暖かい沖縄への旅、お疲れさまでした。

    空からの視察はいかがでしたか。
    住民の熱い声も聞こえず、寒々とした味気ない視察だったことと拝察いたします。



    僭越ながら、次回はぜひ、県民の足、路線バスをご利用ください。

    辺野古の浜へお越しの際は、「辺野古」バス停が最寄です。
    那覇市からでしたら77番系統、うるま市や名護市からでしたら22番系統も出ています。
    
    バス停から浜まで歩かれる途中で、推進派の方の声に耳を傾けるのもよろしいでしょう。
    民主主義国家ですから。憲法上は。
    鳩山政権下で一度下ろした看板を、また掲げてあるそうなので。
    賛成の声の中に、反対の本質が垣間見えることもあるかもしれないので。

    辺野古からキャンプ・シュワブまで足を延ばすのあれば、同じく77番か22番で、
    名護市役所へ向かって二つ目の停留所が「第一ゲート」、三つ目が「第二ゲート」です。
    集落から本当に近いです。
    目と鼻の先の距離です。

    ただ、キャンプ・シュワブそのものは相当に広いので、
    歩いて見て回るのはナンギかもしれません。

    ちなみに、海上からのご視察でしたら、
    「作業船」よりも、カヌーの方をお勧めします。
    「作業船」は神出鬼没で、なかなかチャーターできないと思います。

    日によっては辺野古の浜からも、鉄線越しに、
    水陸両用者などが走り回る様子も、間近にご覧になれると思います。
    その向こうの、基地敷地内に見える真新しい建造物については、
    防衛省や財務省、外務省を所掌する補佐官、もしくは所管大臣からのご説明、
    あるいは、アメリカ合衆国大統領からの感謝の意などで、よくご存知のことと思います。



    それから、普天間にも、これから足繁く通われることでしょう。
    いつか、「普天間」バス停から77番に乗られて、辺野古までの道中、
    キャンプ瑞慶覧や、キャンプ・マクトリアスや、キャンプ・ハンセンや、北部の演習場などを、
    車窓からでも、ご覧になるのもいいかもしれません。



    あ、しかし、菅さんのご趣味はお遍路だったような。

    ご多忙中かとは存じますが、ぜひとも、センチメンタル・ジャーニーではなく、ご在任中に、
    ご自身の脚で、沖縄を歩いてご覧になってみてください。

    クバ笠、お似合いになると思います。
    まだ、今なら、たぶん、ギリギリ。



    以上、いかなる政治的意図もないグヮーシーした、
    沖縄のバス旅行を愛する旅人からの、
    のんびり、ゆったり、気ままなドゥーカッティー流「おきなわベタープラン」のご紹介でした。




    追伸
    バス車内では二千円札以上の両替はできません。



2010-10-08

クガニ色の朝に

     
     先日、糸満から届いたシークヮーサーを、少しずつ、大切に、美味しくいただいている。

     カボスやスダチのように、焼き魚に添えて絞りかけるか、
     泡盛に数滴、沖縄の香りを加えるか、ということしか思い浮かばす、
     そろそろ、まとまった量を絞って、保存用にジュースにしておく時期かとも思う。

     一方で、このところ、夕食後に、温州みかんのように皮を剥いて、
     三玉ずつほど、愛らしいデザートとしても賞味している。
     親指と人差指の、それも、ごく先端しか使わない。
     そして、同じ指先の先端で、ひと房ずつ、口に運んでは、種と果肉とをより分ける。

     これを毎日つづけているうちに、微妙な味の変化にも気づくようになる。
     いや、味が変化しているのではなくて、私の味覚が敏感になっていっているのか。


     酸味、甘味といった尺度だけでは測れない、えもいわれぬ妙なる味。


     一瞬、「きっぱん」の味がよぎるように感じることもある。
     内皮が少し厚く、固くなっているあたりを口にしたときなど。
     酸味と甘味に加え、野趣に富む、芳しい苦味が鼻腔に抜けたときなど。

     しかし、「きっぱん」の原料となる南の島の柑橘の、姿も味も、まだ知らない。

     ただひとつ、一緒に旅をしたクガニ色の残像が、記憶の中で蘇える。
     あの味が蘇えることは、なんら不思議ではない。




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土の宿(伊江島)にて




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民宿 嘉陽荘(沖縄市嘉間良)にて




     この春、伊江島に渡ったとき、
     行きも帰りも、本部港前の「みなと食堂」さんに立ち寄らせていただいた。
     行きも帰りも、黄色く熟れたシークヮーサーを、たくさんいただいた。

     行きにいただいたものは船旅をし、海を渡った。
     伊江島の宿で食し、また、同宿の方々にも振る舞った。

     帰りにいただいたものはバスで旅をし、東海岸を巡った。
     名護のバス停で、辺野古のテントで、沖縄市嘉間良の宿で、食した。


     朝早くに目が覚めたときなど、ついつい、手が伸びた。
     沖縄でも二月の朝は寒く、生命力を体現するクガニ色の果汁を体が欲した。
     親指と人差指はまだ、いくぶん、寝ぼけていた。
     寝ぼけた頭は、そんな情景を愛し、カメラに収めたりもした。

     道中閑あり。
     静かな朝、静かに流れる時間の中で、指先が静かに、クガニ色に染まる。


     そんな朝の、熟れたシークヮーサーの味の記憶が、
     記憶の中で蘇える。




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     「みなと食堂」さんの思い出は、また、ゆっくりと。
     お借りした傘のことは、伊江島滞在中のエピソードに何度か登場している。

     なお、食したのは「ソーキそば」と「オムライス」であって、
     テーブルに並ぶ品々はすべて、旅人をもてなしてくださる肝心である。     




     ご縁があって、この二つの宿に、来週、また、お世話になる。
     そして、前回と同じフェリーで那覇を発ち、同じフェリーで伊江島へ向かう旅程なので、
     本部港前の「みなと食堂」さんに寄る時間も、たっぷりとある。


-2010/2/18 ~ 2010/2/20-



-Special Thanks?-
 「クガニ色の朝に」・・・・
 比屋定篤子さんの『オレンジ色の午後に』の残像だぁるはず???
  

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