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2011-09-28



うちゃぬく歳々的光景 ~ 気になる木

     
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    よく見ると、コンクリート・ブロックや屋根瓦からも、沖縄の歴史、文化の話が広がりそうです。

-2010/10/11 うるま市 安慶名-





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    遠くから見るだけで、きっと、グスクはあそこだはずと、確信しました。
    水タンクよりも、雲よりも、雄雄しく聳えて。

    もっと近くで、目の前で撮った写真もあるのですが、
    別の機会に幸地グスクのことを書くために、今回は出し惜しみします。
    ごめんなチャイ&チャパティー。

    ちなみに、以前に紹介した西原町中央公民館の写真にも、
    前庭に聳える同じような木が写っていました。

    それから、番組へ送ったメール、ばっぺーて、「真地グスク」と書いてしまったような・・・。
    ごめんなチャイナ。

-2011/6/17 西原町 幸地-


-Special Thanks-
  『うちゃぬく歳々』 FMとよみ 83.2MHz
   水曜19時より生放送中 (日曜20時より再放送)
   インターネット「サイマルラジオ」でも聴けます。
  
  
     

2011-04-21

伊江島 平和祈願祭の日 今年も

     
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     現在、伊江中学校がある丘には、戦前、伊江国民学校がありました。
     66年前のこの季節を経て、あるいは、戦史の中で、
     「学校台地」と呼ばれたりする丘。
   
     伊江中学校は向かって右側。
     「芳魂之塔」は向かって左側。     




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     「沖縄戦の縮図」と言われたりするこの島で、
     東西8.4km、南北3kmの、歩いても回れるこの島で、
     それも生活の中心部にあるこの塔を訪れることは、
  
     例えば、城山の眺望を楽しんだ後に、港の近くの食堂へ向かう途中に、
     ふと、立ち寄ってしまうような必然でもあるのです。

     しかし、ふと、立ち寄ってしまうということは、
     やはり、島にいる時にはずっと意識のどこかにあり、
     また、そばを通った時に、立ち寄らずに通り過ぎることはできない場所なのです。    




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     沖縄を歩いていて巡り合う、いくつもの慰霊の場所と同じように、
     「いま」の中で己を空しくして、時間を超えて想像力を研ぎ澄まし、
     その想像力が自分の心を押し潰す手前のところで「いま」へ還ります。

     やがて、鎮まった気持ちで、そこに眠る方々の有縁の子々孫々が暮らす土地を、
     平和に歩かせていただいたことを報告し、そこで感じたことを言葉にし、
     永く静穏な日々が続くよう努めることで犠牲を無駄にしないと、
     決意というにはあまりに慎ましやかな意思を表明するのです。
     
     戦争、戦没者ということがなければ、まるで、拝所や御嶽を巡っている時の作法のように。     



     そして、「いま」の情景を目に焼きつけます。

     一度訪れた「いま」が小雨混じりの曇天模様だったら、
     こんな突き抜けるような青空の下でもう一度、訪れてみようとも思いました。

     戦争の記憶、記録は、モノクロームではないのですから。
     色彩の中に、生も死もあったのですから。





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     少佐とも、大佐とも呼ばず、あえて、「井川さん」と呼ばせてもらいます。
     どなたが建てた墓碑かは存じませんが、城山の登山道の脇にひとり、
     寂しくはないですか。




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     「芳魂之塔」には島民1,500名、旧日本軍守備隊2,000名が、
     合祀されているとのこと。

     「防衛隊」という名の「島民」がどちらに数えられているのかということ、
     そして、それぞれの最期を想うと、
     もはや、亡き人を軍と民とに区分けする必然性も乏しいように感じます。

     軍の論理が強いた犠牲という、歴史を大局を忘れてはなりませんが。


-2010.10.16 伊江島-





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     三度目の伊江島、
     夕刻の、目的地も何も決めずに歩き出した散策の目的地が、
     いつしか「芳魂之塔」になっていました。




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     また違った「いま」が、止まったように流れていました。

     今の伊江島を想う気持ちが深まった分だけ、
     報告や、言葉や、慎ましやかな意思表明の時間も長くなりました。


-2011. 3. 1 伊江島-


     今日、4月21日は、伊江島の平和祈願祭。




2010-12-31

ありがとう沖縄 2010 FINAL

      
    暮れのお忙しいときに お正月前の穏やかなひとときに
    あえて今宵でなくてもいいのに
    すみません

    今年書いたこと 今年中に書けなかったことを
    忘れないために



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2010/2/18 伊江島




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2010/2/19 辺野古




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2010/2/20 ホワイトビーチ




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2010/6/27  嘉手納




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2010/10/10 上空より ホワイトビーチ 再び




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2010/10/11 キャンプコートニー(海兵隊施設) 県道を挟むと陸軍用地?




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2010/10/11 天願桟橋




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2010/10/15 伊江島 再び






    今年は忘れられない一年となりました
    沖縄を歩いていても 沖縄を離れても

    普天間を中心とする 基地に関わる場所にも足を運び
    時には貴重なお話も聞かせていただきました

    そういう日々のことを 多少の誤りや知識の不足はあろうとも
    せめて 自分で見てきたことを 感じたままに書けばよかったのですが

    「勉強不足でした」と言って 政権を放り出さなければならない立場でもないし
    ジャーナリストでも 論客でもないし

    それでもやはり 知れば知るほど 自分の無知を思い知らされ
    軽々しい言葉に責任が持てないという気持ちが先に立ち
    その一方で 「ただ見てきました」という日記も書きたくないという意地もありました

    そういうわけで これらの場所で見聞きしてきたことを
    来年以降 机上の情報収集によって補完した上で書くかもしれませんし
    あくまで私的な体験 心象風景として綴るかもしれません
    もう一度 二度 現地に足を運ぶかもしれません
    同時に 今を知るために 歴史も紐解くことにもなるでしょう



    歴史はまた 戦世にもつながり
  
    歴史はまた 学びと驚きとロマンと目からウロコの世界にもつながって


     
    来る年も 抱えきれないテーマと思索と喜びを携えて
    沖縄を歩かせていただきます
    もちろん 路線バスも ゆいレールも フェリーも 自転車も使います
    離島行きの小型機にも乗ってみたいです



        

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2010/6/29 首里城


「よい年でありますように」




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2010/2/20 勝連グスク


「よい年だ~るはず」




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お世話になった皆さま ありがとうございます 深く深く 感謝申し上げます

   
  
 

2010-11-15

かまぼこの日に

    
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-2010/6/26-


    これまでの沖縄旅行で、皆勤賞を続けているのが、
    糸満市のまちぐゎー、糸満市中央市場。


    初めての沖縄旅行の、最初の四日間を糸満で過ごしたのが縁で、
    この市場の、とりわけ、朝の雰囲気が大好きになったのです。
    もちろん、そこに集う皆さんとの交わりも。
    当然のことながら、そこで味わう、
    まちぐゎーグルメ、海人の町・糸満のグルメも。


    その中でも欠かせないのが、朝ごはんにもってこいの、
    「ばくだんカマボコ」。
    「梅」「みそ」「鮭」が入ったおにぎりを、すり身で包んだもの。
    ゆで卵を包んだものも妙味です。

    元々は、食事を摂る暇もないほど忙しかったカマボコ職人さんが、
    仕事の片手間にでも手軽に食べられるようにと生み出されたとのこと。
    

    まちぐゎーのテーブルで、チキアギや丸天とともに食べるのも最高なのですが、
    そういう手軽さから、アウトドアの携行にも好適なのです。




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-2008/3/21-


    たとえば、糸満の山巓毛でいただいたり。




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-2010/2/21-


    たとえば、豊見城の瀬長島でいただいたり。




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-2009/11/28-


    そういえば、わったーとぅじを初めて、糸満へ連れて行った時、
    とぅじはこの「ばくだんカマボコ」の味を大絶賛したのでした。

    ちなみに、笑顔のチュラカーギーは通りがかりのアンマーです。
    わったーとぅじは美味さにのけぞって、フレームから飛び出ています。




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-2010/10/18-
    
    赤、白、大丸、小丸カマボコに、カステラカマボコ、チキアギ、丸天、
    兵舎に似ていることから命名されたというコンセット。
    皆さん、いろいろなカマボコを、いろいろな用途に買い求めて行かれます。

    旧暦の行事ごとのある日は、特に賑やかです。

    遠方から、昔と変わらぬ「うさぎむん」を買い求めに来られるおばぁ、
    門中を代表して、メモを片手に大量に買っていくお母さん、
    おばぁやお母さんにお遣いを言いつけられたと思しき兄ぃ兄ぃ。

     「領収証、お願いします」
     「えっと、どちらの門中ですかね?」
     「あっ・・・うちの門中って・・・どんな字だったかしら・・・」
     「あぁ、はいはい、いいのよ。じゃあ、上様にしときましょうねぇ」

    一枚目の写真を撮った今年の6月26日、旧暦5月15日、
    「五月ウマチー」の朝に、耳にした会話です。




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    大きなカマボコを、一度は、恵方巻きのように頬張ってみたいとも思うのですが、
    赤、白、カステラは、クール便で自宅へ送って食べることにしています。

     「赤と白、半分ずつください」
     「はい、切りましょうねぇ」

    これもまた、まちぐゎーで耳にした会話です。
    このように、切り売りもしていただけるのです。
    それ以来、私も、半分サイズのものを工場から真空パックで送ってもらいます。


    こうやって、カマボコを主役に食べる以外にも、
    沖縄そばの名脇役として出会うことなども多々あるのですが、
    いつの日か、浜下りの乙女の輪に加わって、
    重箱いっぱいのカマボコを、うさがってみたいものです。
    


2010-11-10

不惑+2歳の歩き方

   
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    五歳くらいまでのワラバーはよく転び
    転ぶとその拍子に マブイを落としやすいという

    ウチナーのワラバーが アヒラー(アヒル)ジュー(尾)のように
    うなじの髪の一端を伸ばしていたのは
    転びそうになったとき ご先祖様がアヒラージューを掴んで
    助けてくださるからだという




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    伊江島補助飛行場の コンクリートの割れ目から生えてきて
    二月の北風になびく この草を見たとき
    まるで この土地から伸びた アヒラージューのようだと思った

    もしも 軍用機やパラシュートや兵器やらが
    この土地に再び 降り立とうとするときに
    だれかに掴んでほしいと 助けてほしいと 言わんばかりだと




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    島の歴史を学び 「ヌチドゥタカラの家」を訪れ 
    いまだ立ち入ることのできない 訓練場のフェンスの前にも立って
    北風を受けながら 南西から北東へ一直線 2000mのデコボコ道を歩いて
    周囲の景色や 人々の営みも目に焼き付けて

    それでもなお
    この土地を 「伊江島補助飛行場跡」であると勘違いして歩いていたような
    旅を終えて後に
    この土地が今なお 在沖米海兵隊管理下の「伊江島補助飛行場」であることを知ったような
    そんな者にでも
    アヒラージューを掴むことはできるのだろうか


-2010/2/18 伊江島-





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    歴史に学び 現在に学び
    平和を学び 軍事にも学び
    歩いて学び 机上で学び

    それでも 四十二歳の歩き方は

    自らのうなじにアヒラージューが必要なほどに
    混沌とする世界と 錯綜する情報の前で
    風になびいて 危うい


    将来への想像力 他者との距離感
    その感じ方は 人それぞれで
    自分の中でもまた そのときどきになびくので

    確かにあった過去の 確かに生きた人の声に寄り添い 
    着弾点の残像に 立ち帰る
    まだ見ぬ土地の 草の生えない着弾点を 想像する 
 

-2010/6/26 荒崎海岸より摩文仁丘を望む(糸満市)-

  
  
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