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2013-02-03



あっちゃ~あっちゃ~外伝 『ぐるくんずのお笑い公民館』 2012.11.9 ビジュアル版(6)

    
『面影は湯けむりの中に』



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これくらいまでは しむさ(No Problem)かな?



   じゅぴのり少年が昔、迷路のようなすーじぐゎーを抜けて、
   那覇高校から国際通りへと繰り出していたという回想の中で、
   そんな界隈に、ゆーふるやーがあったという話になった。


    「今も、ありますよね。城岳のほうに」

   なかば強引に、自らの「ゆーふるやー愛」の披歴へと話を引っ張ってしまう。

   今現在、那覇市内で営業している、唯一のゆーふるやー。
   うちなー銭湯、「日の出湯」さん。
   那覇市泉崎。城岳の麓。
   バス通りに並行するすーじぐゎーに、湯けむり。

   その「湯池」に何度か、わたぶー腹を沈め、
   喧騒からはずれた静けさに、旅の火照りを鎮めている。

   定宿のある那覇西町から那覇高校前まで、
   那覇バスの市内線で乗りつけるという知恵がついてからは、
   夕暮れ時から宵の口のちょっとした空き時間にも、心と体が誘われる。
   市外線であっても、開南経由のバスに乗って旭橋へと戻るとき、
   ふと、途中下車をしたくなる。

   今の那覇高校、昔の沖縄県立第二中学校があったこの界隈に、
   こんな憩いの場が残ってる経緯や歴史を興味深く思う、というよりも
   ただただ理屈抜きにうれしく、裸の社交場の永久なることを切に願う。     





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   この期に及んでマルバイ紳士、火照りから醒めて、ふと思い至る。

    「那覇高校から国際通りへ向かったということは、
     あげっ?城岳とは反対方向ではないか」


   初めての沖縄ひとり旅のときから、思うところあって、
   ゆーふるやーのことをリサーチしていたマルバイ紳士、
   当時の資料をひっくり返す。
   当時でさえ、現役のゆーふるやーは4~5軒であったはずだが。

   「二中前湯」。
   那覇市松尾。

   じゅぴのり少年の目に触れたのは、
   このゆーふるやーだったのではないだろうか。     
    
   幸いにして今でも、「二中前湯」について書かれた1997年の記事を、
   琉球新報のウェブ版で見ることができる。
    県内の銭湯わずか17軒 1997年06月05日

   当時は17軒もあったのか。
   いや、すでに、17軒にまで、減ってしまっていたのか。

   今、「日の出湯」さんとともに、うちなー銭湯の歴史を紡いでいるのは、
   沖縄市安慶田の「中乃湯」さんだけである。





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   ふたたび、「日の出湯」。

   10年くらい前の国仲さんの目線にへんなーしながら、
   それでもマルバイ紳士、誇り高く、包み隠すことなく、マルバイになる。
   番台の横の、暖簾の向こうで。





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   ある夏の日には、酷暑の中、識名園を歩き、
   城岳からの夕景を楽しんだのち、汗を流そうと訪れたのだが、
   あいにくの定休日だった。
   (日曜・木曜が定休日。2011年時点)



   城岳では、「二中健児の塔」とも向き合った。

   旧制中学の名は、ゆーふるやーの屋号にもなるほどに、その街の誇りであり、
   また、悲しい歴史をも記憶に刻む。


-1~3枚目:2011/10/14 4枚目:2011/6/16 日の出湯(那覇市 泉崎)-



   ゆーふるやー愛、愛の長編。
   ■2012-03-07 『琉湯人ゆ~フルヤー』 &メイキング』


2012-12-14

あっちゃ~あっちゃ~外伝 『ぐるくんずのお笑い公民館』 2012.11.9 ビジュアル版(2)

   
    
『早起きの空 いわし雲シンフォニー』

   
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明空を見て 心騒いで 駆けあがる





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-2009/2/27 山巓毛(糸満市)-





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また明空を見て またかもと心騒いで またしても駆けあがる





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-2010/2/20 勝連城跡 (うるま市 勝連南風原)-

(一部写真、既出)




     ひとり旅 あまくまっちゃーの醍醐味は
     魅入れて 心ひかれて 流れ流されて 風のように

     空を見て 即断即決 雲を見て 朝令朝改

     まわりにだれもいないのが不思議のような
     ひとりじめにするのが申し訳ないような
     夢のつづきのような 朝



     昨夜の酒にまだ酔っているのかも なんて思う朝だから
     始発のバスに乗って 歩きます





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     この朝も コザのこんな空を見て
     またまた勝連まで行こうかと 心躍りかけたのですが
     民宿のおばぁとのゆんたくに やっぱり 心ひかれました
     中部農連市場へ 朝ごはんを買いに行きました
     ジーマーミー豆腐も 食べました





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『純と愛』 宮古の海を コザで見る 彩杏ちゃんニービチ じゅんにアガンニャ!


-2012/11/8 民宿嘉陽荘より (沖縄市 住吉)-



-Special Thanks-
 『ぐるくんずのお笑い公民館』
   ぐるくんず = けいたりんさん&じゅぴのりさん
   ゆみ姉さん こと 具志堅友美さん
   FMとよみさん (83.2MHz)


   一日遅れましたが、祝!ぐるくんず誕生、一周年!



2012-12-10

あっちゃ~あっちゃ~外伝 『ぐるくんずのお笑い公民館』 2012.11.9 ビジュアル版(1)

   
    
『シーサーじらーの名嘉地さん』

         
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左:2009/6/28 右:2010/6/28

     車をばんみかされたか 台風のとばっちりか はーもーか



     写真を並べて確認すると、名嘉地の石獅子(以下、名嘉地さん)には、
     これまで五回、お目にかかっている。

     とはいっても、恋い焦がれて、いく度も通ったというわけではなく、
     この地が、旅における交通の要衝であるということが最大の理由であると思う。

     糸満街道、国道331号線を、89番系統のバスで、頻繁に行き来する。
     我那覇や伊良波で、55番や98番系統のバスに乗り換えて、
     豊見城方面にもしばしば、おじゃまをしている。

     しかし、ただそれだけの理由であれば、我那覇バス停から500mほど北、
     ひとつ那覇寄りの名嘉地バス停には、あまり用はないということになる。

     やはり、心ひかれて、ついふらふらと、足が向いてしまうのだろうか。

     



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2009/6/28 ≪1回目≫


     名嘉地さんとの初対面は、それはそれは暑い、
     梅雨明け宣言の出された、まさにその日、夏の始まりの日だった。

     名嘉地訪問の主たる目的は、「芋餅天ぷら」を食べること。
     「プロパン7の沖縄劇場」で紹介された、当地のくゎっちーグルメ。
     (現「ぐるくんずと川満彩杏の沖縄劇場」)

     そのついでに、田頭の石獅子(以下、田頭さん)にも会いに行くことにした。
     調子に乗って、そのまま瀬長島まで歩こうなどという妄動は、
     真夏の太陽にたしなめられた。
     
     そんな一日のはじまりに、名嘉地バス停から少し歩いたところで、
     名嘉地さんと目が合う。

     あまりの親しみやすさ、愛らしさに、
     石獅子であって石獅子ではない、という印象を受けた。
     どれほどの時間、向き合っただろうか。
     たった一枚の写真が、風景を撮ったついでという程度に、
     残っているだけである。

     最初の出会いは、そんな感じであった。





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2010/6/28 ≪2回目≫


     再会は、これまた夏の日。
     ちょうど一年後の同じ日だったということに気づいたのは、しばらくして後。

     まず、「FMとよみ」さんにおじゃまをして、次いで、海軍壕公園を訪れた後、
     旅のクールダウンのように、我那覇までのんびりと歩いた。
     なんとなく、帰巣本能のように、また、名嘉地にたどり着いていた。
     いや、その前に、ファックスを送りたい用件があってコンビニを探し歩き、
     一度、松川入口まで行って、また戻ってきたんだったっけ。
      
     とにもかくにも夏の日の、今度は午後5時近くの、
     いくぶんは穏やかになった、それでもまだまだ濃い影を作る、
     強い西日の中での再会となった。

     このとき、名嘉地さんの正面に腰をおろして、あることに気づく。   





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2010/10/18 ≪3回目≫


     やはり。
     やっぱり、名嘉地さんの左の上あご、いや、くちびるだろうか、
     初めて会った時とは、違う。
     真夏の陽光と違い、秋の曇り空は、そのコントラストを、より際立たせる。

     じつは、この年の夏の再会のときには、その場では、気づかなかった。
     帰宅して後、写真で見て、それも、何度か見返しているうちに、
     その何度目かに、変化に気がついた。

     それを確かめるための、三度目の対面となった。
     左目の下に、涙の粒があるようにも見えた。 





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2010/6/28 ≪2回目≫


     夏の再会、二度目の対面の時に気づいたのは、
     じつは上あごでなく、足元のことであった。

     名嘉地さんの脚ではなく、おそらく、後に加えられたであろう土台。
     その経緯が掲示されている、糸満照屋の石獅子と同じように、
     道路拡張などの理由で、場所を移った歴史があるのだろうか。
     それとも、なんらかの補強だろうか。





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2010/6/28 ≪2回目≫


     その土台に、コンクリートの中に、なぜか、10円玉。
     「昭和五十年」と「昭和五十四年」。

     つまり、昭和54年以降に、
     お引越しをしたか、あるいは、補強をされたということ。

     そして、10円玉とは別に、右の方には5円玉も一枚。
     なにか深い意味があるのか。





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2011/10/20 ≪4回目≫


     少し海寄りに二体ある、田頭さんの、なかなか会えなかった方、
     瀬長島に近い方の田頭さんに、ようやく会えた朝。

     さて、すぱるたいんづの「FECやいびんど~」を見学に、
     これから「道の駅豊崎」のスタジオまで行こうと、そんな道行きの途中で、
     「おや、お元気でしたか」てな感じで、また再会。

     立ちいったことを訊くこともなく、ためつすがめつ眺めることもなく、
     初めて会った時と同じように、その風景のひとつとして、
     でも、親しみを込めて、微笑みかける。




     そんな名嘉地さんにまつわるこの話、
     とりわけ、名嘉地さんの上あごのことは、これまであえて、書かなかった。
    
     名嘉地さん自身と、名嘉地さんを愛する集落の方だけが、
     知っていればいいことだと思ったし、
     偶然に見つけた旅の者が、その経緯なども知らずに、
     ネット上で公言するのもいかがなものか、なんて風にも思っていた。
     左の上あごのことで、だれかがうちあたいするかもしれない、とも思って。

     でも、豊見城の夜を華やかすラジオの中でしゃべっちゃったから、
     まあ、いいか。





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2012/11/9 21:25 ≪5回目≫


     名嘉地さんのことを収録でしゃべった翌日、
     まさに、その番組をラジオで聴きながら、名嘉地さんとご対面。
     「ぐるくんずのお笑い公民館」を、ちょっと、へんな~しながら、聴きながら。

     会いに来たというよりも、とりあえず、
     ラジオの感度がいい状態で、バスに乗ると電波が入りにくいので、
     のんびり歩いて那覇方面に向かおうという、そんなあっちゃ~の道すがら、
     気がついたらまた、ここにいた。


     「座安で飲んで、さーふーふーで、ここまで歩いて来ました。
      酔っぱらって、いいあんべぇで、夜分にストロボ焚いたりして、
      ご無礼いたしました」


     目の前の中華料理店の灯りと、車のヘッドライトに浮かび上がる、
     名嘉地さんと、酔っぱらい一名の影。



-Special Thanks-
 『ぐるくんずのお笑い公民館』
   ぐるくんず = けいたりんさん&じゅぴのりさん
   ゆみ姉さん こと 具志堅友美さん
   FMとよみさん (83.2MHz)


  P.S.
   名嘉地さんの足元の10円玉、
   ゆみ姉さんの「ジーマーミー相談室」で解決してもらった、
   足かじゃー対策・・・ではないはずね。



2012-10-15

うちなーバス旅情 手紙 ~ 新たな旅へ

    
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-2010/10/13 那覇バスターミナルから夕陽を望む-

     
     つい先日、こんな写真をポストカード用紙にプリントして、
     用件の最後に、感謝や敬慕の想いを、さりげなく、ひっそりと書き添えて、
     いや、書き添える代わりに、この写真に込めて、
     返信用の240円分の切手を同封して、那覇へと送りました。

     すぐにお返事が届きました。
     さりげなく、ひっそりとお伝えした想いを、
     しっかりと受けとめていただけたことが伝わってくる、
     温かいお言葉が綴られていました。

     『バス運行時刻表』(平成24年3月現在)

     社団法人沖縄県バス協会さんから送っていただきました。
     これが2代目になります。



     自他共に認めるバス旅行(沖縄限定)愛好家。
     系統番号で、だいたいの行き先が分かり、
     初めて乗る路線に心ときめかすバスマニア。

     とはいうものの、最初の頃はやはり、複雑な路線を乗りこなすのに苦労をしていました。
     さらに、一歩家を出ると、移動通信手段や携帯端末を持ち歩かないという原始人。
     大好きなバスに乗るために、その旅で利用しそうな路線のダイヤを、
     旅立ち前にパソコンからプリントアウトし、ときにはエクセルで加工までして、
     道中、後生大事に持ち歩くなんてことをしていました。
     
     そんなスタイルが変わったのが、昨年の夏。
     那覇空港に着いてすぐ、沖縄観光コンベンションビューローの窓口を訪ねたときのこと。
     「バスマップ」の最新版が発行されていませんかと、ほぼ毎回、おじゃまする場所。

     「そんなにバスがお好きならば」と、
     このとき差し出していただいたのが、『バス運行時刻表』(平成23年3月現在)でした。

     そのときの喜びといったら、沖縄旅行初日にして早くも、
     その旅の最高のお土産を手にしたような心持ちでした。
     旅をしながら、柔軟に、果敢に、でーげーに、旅をアレンジできる。
     そんな宝物を手にしたような気分でした。



     その後の旅では、深夜や早朝の宿で、公園のベンチで、はたまたバスの車中で、
     まるでシナプスが結合するように、次々と、旅のプランができあがっていきました。
     アクロバティックな乗り継ぎの成功に、「したいひゃ~」を叫んだり。
     日没の時間とバスの時刻とを両睨みで、ぎりぎりまで、いちゃんだビーチでとぅるばったり。

     そしてそして、どこへでも携行できるこの時刻表、
     活躍するのは旅の途中にとどまりません。
     仕事の休憩時間にも、次なる旅のプランを、
     空想ではなく具体的に、考えたりすることもできます。
     さらに、知人から沖縄バス旅行のアドバイスを受けようものなら、
     嬉々として、綿密にプランニングして謹呈します。



       新原ビーチから、玉泉洞に行きたい?
       百名までは、けっこう登り坂だけど、歩いていい?

       だったら、百名のバスターミナルから・・・、
       そうそう、百名っていうバス停の前を通ると思うけど、
       ここからは別の系統のバスしか出てないから気をつけてね。
       広いバス駐車場があるところが百名バスターミナルだからね。

       ここから、50番系統の那覇行きのバスに乗って、
       長毛(ながもう)っていうバス停で降りてね。
       車内アナウンスをしっかり聞いて、堀川っていうところを過ぎたら、すぐだから。

       そして、長毛で降りたら道路を渡って、反対側のバス停に行って、
       そこで、82番か、83番の玉泉洞行きに乗れば、あとはもう、終点までだから。

       まあ、長毛でうっかり降りそこなっても、港川とか、具志頭まで行っちゃっても、
       82番、83番に乗れるから・・・って、
       いや、まあ、乗る前に運転手さんに、「玉泉洞行きに乗り換えます」って言っておけば、
       やさしく教えてくれるから、大丈夫、大丈夫。

       あっ、でも、ひとつだけ。
       五千円とか一万円とか両替できないから、千円札と小銭をしっかり持って行ってね。

       ところで、玉泉洞から、そのまま那覇まで帰るの?
       糸満とか南風原とか、寄っていかない?



     こんな感じやいびん。
  

  
     さて、この時刻表を開いて、また、次の旅の準備を始めましょうか。

     最近は、年のせいか、いや、やりたいことが多すぎて時間が足りないせいか、
     西町の民宿から那覇の街に出るときにも、
     那覇港前バス停から、市内バスのお世話になることが増えました。

     さてさて、西町から上之屋に行くには、3番系統で泊高橋まで行けばいい、と。
     で、帰りはけっこう遅くなるけど、上之屋発23時07分の23番系統で、
     バスターミナルまで戻ればいいか。

     などなど。





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-2012/3/24 ベンチにて行程手直し中 (いこいの市民パーク・宜野湾市)-

     こんな場面も、また、増えるんだはず。



    (追伸)

     台風被害があった地域の路線、通常運行に戻れているのでしょうか。


-Special Thanks-
  社団法人 沖縄県バス協会さま


2012-06-23

また、目を開いて

    
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     初めての沖縄では、何を見るべきか、何に目を向けるべきか、
     見つめるのを憚るべきなのか、とまどいの中にいました。

     旅の初め、カメラをポケットから取り出すのは、
     記憶を補う記録のためだけと、思い定めていました。

     鎮魂の場、魂の気配に、どう対峙してよいのか、
     心はこわばってもいました。

     それでも、魂魄之塔には、長い黙祷と沈思ののち、カメラを向けました。



     やがて、いくたびか、同じ場所を訪れるうちに、
     そこに出会いがあり、会話があり、懐かしさにも似た感情を抱き、また、訪れて。

     そうしているうちに、自然と、周りの情景を見るようになりました。
     時間や、季節や、歳月の移ろいを見るようになりました。
     今を穏やかに見つめて、その中に峻厳と、歴史を見るようになりました。



     初めて魂魄之塔を訪れたとき、
     歴史だけを見ようとして、自ら想起することに圧倒されて、
     木々の色にも、風にも、遠い潮騒にも、心を閉ざして立ち尽くしました。
     小雨まじりの灰色の空に、モノトーンの地上の幻影。

     やがて、献花を売るおかあさんにいただいた、
     黒糖のかけらに頬が緩み、蒸かした紅イモにちーちーかーかーして、
     ようやく、今を生きる自分の言葉を発したのでした。



     今は、できるだけ多くのことを見ようとしています。
     美しいものに、微笑みながら心を開きます。
     歴史を歴史の中だけに閉じ込めることなく、目の前の今の中に解き放ちます。
     そして、目には映っていながら、見えていないものへ、心を澄まします。


     
     黙祷のあとは、しっかりと今を見つめます。
     美しい今ばかりではないけれど。
     目を見開いて、凝視せねばならないことが多すぎるけれど。

     目を閉じたあと、また、目を開くことができるから。 



-2010/6/26 2011/6/17 魂魄之塔(糸満市 米須)-



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