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2010-06-01



梅雨明けの記憶 2009 沖縄

 
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     朝から脂汗

     明け方に コインクーラー用の100円玉がなくなった
     宿の自販機で「レモンウォーター」を買う
     500ml缶の清涼と 900円のつり銭を手に
     お気に入りの公園のベンチで朝の風に当たる
     缶が汗をかく前に一気に飲み干し
     もう一缶 よく冷えた「さんぴん茶」を頬に当てる

     セミたちが透明な朝陽に感応して チンダミを始める




     それでも脂汗

     昨夜はあまり寝ていない 瞼が重い
     昨日 宜野湾や浦添で浴びた太陽を 身体が十分に放熱できなかったか
     佐喜眞美術館 普天間飛行場 森川公園 宜野湾市立博物館
     浦添ようどれ そして 『お笑い米軍基地5』
     どこかで夕食にありつこうと
     R330を 「てだこホール」から沢岻あたりまで歩いたり

     熱気の源は 太陽だけではなかったかも




     外気のせいだけではない脂汗

     閉店間際のうちなースーパーは誘惑に満ちている
     結局 途中では夕食にありつけず 疲れすぎて食欲もないので飲みにも出ず
     お惣菜とビールだけで済ませるはずだったのに
     満腹中枢を麻痺させる好奇心と 半額シール

     グルクンの唐揚は二匹入りだった
     モズクは本土ではありえない沖縄サイズだった
     初対面のドラムチキンは野菜サラダと一緒なら食べられそうだった
     チラガーが500gも入っているなんて想定外だった
     オリオンのロング缶を2本空け 豪華ディナーの夜は更ける
     「よもぎげんまい」だけは 翌朝に回す


     「よもぎげんまい」と「レモンウォーター」と「さんぴん茶」だけの朝食は
     水分以外は受け付けないという 満腹中枢の青息吐息

     


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     さあ それでも出かけよう
     夕方までに糸満に着けばいい

     歩いて 歩いて 汗を流して 体内の脂も流して     

     最初の目的地は 豊見城市名嘉地の「芋餅天ぷら」
     好奇心が満腹中枢を凌駕する
     油分には グァバ茶 さんぴん茶

     そして 糸満に着けば
     懐かしい 景助おじぃの「ときわ湯」で汗を流せるはず
     まだ つづけていて欲しい
     こんな暑い日に 区画整理の工事も難儀だはず
     
     それにしても 暑い 暑い 熱い

     チラガーのように脂ギタギターな顔に 脂汗がにじむ
     流れる汗で 全身がスーチカー
     タオルを持つテビチ



     翌朝のニュースで知った
     この日 6月28日 沖縄は梅雨明け宣言

     それなのに 何も知らずに 真夏の沖縄をちゃー歩き
     時々 太陽からひんぎりながら
     時々 89番のバスに乗りながら

     6月23日のニュースで見た
     摩文仁への道を歩く おじぃ おばぁの残像を思い出したりしながら  

-2009/6/28 那覇市~豊見城市-




   【2010. 6. 3 補記・訂正】
  
    本文中、チラガーを500gと書いておりましたが、
    写真で確認したところ、正しくは250gでした。
    おわびして訂正いたします。

    500gって・・・、ステーキでも食えない量です。
    250gでも・・・、かなりヘビーです。



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最後の50gくらいは、夜が明けてから完食しました。



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デジカメの記録を見ると、時刻は0時を回っていました。胃もたれしないはずがない。



2010-05-22

緑の普天間 FUTENMA ~ 辺野古

   
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     程よく手入れされた芝生に
     ところどころ顔を覗かせる琉球石灰岩
     太陽を悦ぶ南国の緑
     オキナワの ひとつの表層




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     梅雨の恵みを受けて真夏の雲のように伸びた芝を 炎天下でダンパチ
     梅雨の湿気と真夏の太陽が同居する午後 見ているだけでも玉の汗
     この翌日が 沖縄の梅雨明け宣言だった




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     すぐ近くに 「ハブに注意」と刻まれた小さな石碑
     なぜまた わざわざ石で造らねばならないのかと思うが
     自然の生命力を目の当たりにして その理由に頷く
     自然と人間との共存のために 自然の復元力と人工物とが拮抗する




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     音や匂いは記憶の中
     一歩踏み出せば 蝉がけたたましく舞い乱れ
     地下に水源を得た植物は 地上に濃厚な芳気を放ちながら生命を広げ
     木漏れ日を見上げれば 頭上の木葉にカタツムリ
     公園の散策路さえ 生態系に包まれているかのように





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     最初の2枚は 普天間飛行場のフェンスの中でした
     もとより 旅行者が中へ入れるはずもなく
     コンパクトデジカメの小さなレンズを フェンスの網目に差し込んで
     オキナワのひとつの風景を撮り 切り取りました

     つまり
     最初の2枚がオキナワの緑 その他が沖縄の緑 フェンスに隔てられた緑


   
     フェンスの外の芝刈りは 宜野湾市の予算で
     フェンスの中の芝刈りは 思いやりの予算でしょう

     フェンスの外では 自然と人工物は拮抗し
     フェンスの中では 人工物が自然を完全に制圧し または 懐柔しているようです

     フェンスの外では 飛ぶのも 広がるのも 居座るのも 自然の摂理の中に調和し
     フェンスの中では そして フェンスの中から外へ
     飛んだり 広がったり 居座ったり 幾多の「自然への冒涜」がつづいて



     どこから「基地」を切り取るのか 
     そこから何が見えるのか  



     テレビニュースや新聞で映し出される「普天間基地」は
     望遠レンズで捉えた 翼や回転翼を休めて整列した機体
     ごくまれに 頭上を横切る機影と テレビのスピーカーに耐え得る轟音

     兵士の顔が見えない 戦争の前線が見えない
     オキナワのどこで 世界のどこで どことつながって 何をしているのかが見えない


     そして


     テレビニュースや新聞で映し出される「辺野古」は
     上空から鳥瞰した美しい海と 岬に林立する建造物
     ごくまれに 座り込みテント近くからのパノラマ

     今は美しい海の上で あの建造物の目の前の浜で
     今まさに行われている演習や 戦争の後方が見えない
     キャンプ・シュワブ周辺の広大な基地用地で 日常茶飯事に行われている
     膨大な「自然への冒涜」の実態が見えない

     砂浜の上で キャンプ・シュワブと辺野古とを隔てる有刺鉄線
     その有刺鉄線に隔てられる 沖縄とアメリカ
     沖縄は沖縄 アメリカはアメリカ なのか

     そうではない
     沖縄はオキナワであり そして アメリカ
     有刺鉄線のこちら側 辺野古の浜に 漁港に
     迷彩服のマリーンが前触れもなく上陸してくることを
     今の日米間の協定では不問に付すことになっているようだ
     そして 水陸両用車は フェンスも有刺鉄線もない海を
     縦横に走り回っている



     皮肉なことであるが
     平和について真剣に考えようとするならば
     それなりの軍事の情報や知識を 公器以外のルートからも
     自ら手に入れなければならないようだ
    
     もちろん 理念や世界情勢や歴史を学ぶことと並行して
     




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     「森川之塔」
     同じ公園内にある。
     「支那事変」、「大東亜戦争」(碑銘のまま)による80余柱の戦没者のうち、
     「雇員」、「学徒隊」、「一般」の方が半数を超える。
  

-2009/6/27 森川公園(宜野湾市 真志喜)-



2010-05-17

梅雨の記憶 2009 沖縄

  
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梅雨は物憂げ




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梅雨は一歩を踏み出す勇気




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梅雨は鏡と磨りガラス




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梅雨はシーミー色の汗




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梅雨は南へと向かう人波の記憶


-2009/6/26 那覇市 山下交差点-



2010-03-02

真地から津嘉山へ

   
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真地より南風原方面を遠望

  とんでもなく暑い日だったのですが(その前日も暑かった)、
  やはり、この道を歩いていてよかったと思います。

  今日は、一枚のDVDを堪能しました。

   『プロムナード南風原 ~歴史・文化の散歩道~』 (はえばるYouth)

  ほとんど地図も開かずに、自分の記憶を辿りながら。
  これまでに学んだこと、教わったことを辿りながら。
  今年の、昨年の、一昨年の旅を思い出しながら。




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一日橋交差点付近

  いや、しかし、暑かった。
  バイパスがなかった昔、この急傾斜をどんな風に歩いたのだろうと考えた記憶。
  南風原高校の前のパン屋さんで食べた「アイスパン」が、最高に美味しかった記憶。




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「ボンベくん」を目当てに撮っていました


  津嘉山へと至る道中で目にしたもの、というよりも、
  この酷暑の中のあまくま歩きの目的地については、また、日をあらためて書きます。
  南風原町の歴史を踏まえつつ。

  そういう時代に想いを巡らす季節が、少しずつ、また、近づいています。
  風景は、街は、少しずつ、移ろっているようです。

-2009/6/29 那覇市~南風原町-



  DVD『プロムナード南風原 ~歴史・文化の散歩道~』は、
  南風原文化センターにてお求めになれます。

  高校生の目線から、平和学習の成果を踏まえ、
  同町の歴史、文化などを分かりやすく紹介した作品で、
  資料収集、脚本作り、撮影、編集、すべて、高校生の手で取り組んだものだそうです。


2010-01-20

ふと、思い出した風景 ― 坂の通学路

  
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   小学校へ登校しているのであろうワラバーが、前を歩いています。
   右手に識名公園を見ながら、真地や一日橋や、遠く南風原の丘陵を見下ろしながら。

   時間は、ちょうど午前8時。
   2番系統の市内バスが喘ぎながら坂を登ってきた、カーブ続きの県道222号線は大渋滞。

   いつの間にか、空がずいぶん、近くなっています。

   前日に梅雨が明けたばかりだったこの日、
   空には雨季の名残の雲もあって、朝の陽射しはさほど強くはなかったのですが、
   その分、空気はまだ、大量の湿感を含んでおり、
   少し歩いただけで、汗がしたたるような朝でした。


   途中にあったローソンで、いや、その朝の最初の目的地であったローソンで、
   「ポーク+玉子+油味噌」という豪華なおにぎりを買い、
   健康のための野菜ジュースと、脱水症予防のためのさんぴん茶も買い、
   あと、何やらいろいろと買いました。
   

    ・・・旅先の出会いには、人それぞれの感慨があるものです。
    ・・・いや、これは、古波蔵恵里さんに恋焦がれるフラーのどぅーちゅいむにーです。


   暑さと、人知れぬ緊張でかいた汗の分だけ、さんぴん茶を喉に流し込んだりしているうちに、
   ワラバーの姿は見えなくなっていました。

   その後、頭を切り替えて、南風原町へと向かった私も、
   たぶん、10分か15分遅れで、ワラバーと同じ道を歩いたのだと思います。

-2009/6/29 那覇市真地-



   さて、今日、かれこれ4時間ほど前、インターネットラジオ「ちゅらじお」で、
   『うちゃぬく歳々』(FMとよみ制作)を聴きながら、
   
    「あの時のワラバーは、今春、創立130周年を迎える、あの小学校に通っているんだねぇ」
 
   などと思いながら地図を開いてみました。


   あいえな~! 思いは思い込みでした。
   「あの小学校」は、まったくの反対方向でした。

   近くにある真和志高校の名前が頭にあって、近所の小学校もきっと同じ名前だろうと、
   完全に早とちりをしておりました。

   私の記憶のタイムカプセルは、半年にして、早くも掘り出すことに。
   そして、一部を書き変えて、埋め戻すことになりました。


  ちゅらじお
  http://www.churadio.com/

  『うちゃぬく歳々』
  毎週水曜日 19:00~20:00 (FMとよみ 83.2MHz でも同時間に生放送)


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