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2016-06-10



熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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   おじさんは 無理しません 無茶しません
   無理も無茶も できません
   ときに がんばりすぎることは あるかもしれませんが





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   無理せず無茶せず 身の程知って
   等身大で がんばりましょうねぇ


 
   明日は阿蘇 青春の日々へのささやかな恩返し
   若人の如く汗をかき 若人の如く謙虚に学びたい




-2015/12 立田自然公園(熊本市)-



2016-05-31

熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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-2016/5/13-


  思うこと 言葉にしたいこと 多々あるのですが
  まだまだ いろんなことがつづいています
  なかなか言葉にできません
   
  言葉にするよりも まだ今は 耳を澄まし目を凝らすこと
  できることとできないことを 知ること
  でも つづけること がんばれることをさがすこと
  厳しくとも受けとめること 小さなよろこびを見つけること
  


  三度目の熊本
  母校のキャンパスに学生たちの日常が戻ってきていました
  本当は 戻りつつある というべきなのかもしれませんが

  でも およそ一ヶ月の間 止まっていた時間を取り戻すため
  そして 当たり前の日常を当たり前に過ごせることをよろこび
  そのよろこびに満ち溢れているように感じました






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-2016/4/28-

  「本震」から十日あまり この日はまだ すべてが静まり返っていました
  多くの人が不安な夜を過ごした名残りも



  一緒にがんばれる人と出会えたことに 感謝
  力を合わせて少しでもがんばれたことに 感謝

  「がんばろう」は
  声高に叫ぶものではなく 投げかけるものでもなく
  分かち合うもの そっと寄り添い 届けるもの
    


-熊本大学(熊本市 黒髪)-



2016-05-20

熊本 あの頃。そして、明日へ。

  
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   熊本 長崎 佐賀 福岡 各地から集まって
   一期一会の汗を流した 一日の終わり

   汗を流したその場所に 飾られていた金峰山の油絵
   数々の思い出を運び出さざるをえなかった その一日を
   壁の額縁から静かに見守っていた

    「こん山があっとけん 暑かとですたいな」
    「夕方になっても 海風の入ってこんですもん」
    「ちょうど 日の沈むほうにあっとですね」

   昼休みのひととき その絵を見ながら語り合う
   熊本から熊本のために 駆けつけた方を囲んで

    「まだまだ これから 暑くなっとでしょうな」
    「夏のべた凪は また こいが・・・」

   額縁の金峰山の シルエットの背景は
   燃えるような橙赤色だった



   そんな一日の終わり
   汗もひいた夕暮れ前 懐かしい街までひとり 歩く

   いつも見ていた金峰山を遠くに望む
   空はまだ 透明に暮れゆく五月の色
   
  

-2016/5/13 子飼橋付近(熊本市)-



2016-05-10

熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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  今でも 沖縄のマチグヮー(市場)が好きなのは
  幼き日の小倉 黄金市場や旦過市場の記憶があるからか
  青年の日の熊本 子飼商店街の記憶があるからか



  黄金市場や旦過市場の記憶は
  カゴに盛られた野菜 天井から下がる裸電球や秤やハエ捕り紙
  新聞紙にくるんで手渡される鮮魚

  煮豆屋さんのおばちゃんがいつも 甘いうずら豆を手のひらに乗せてくれた
  「はい 味見していってね」と
  「味見しなくたっていつも お母さんはこれを買うのに」
  なんて思いながらも 無邪気にこの役得を喜んでいた
  
  市場の情景をいつも 見上げていた
  おじちゃんやおばちゃんの声は頭上を行き交い
  アーケードは天空にあった
  天空の下の小宇宙に包まれるのを楽しんだ
  
   
  
  子飼商店街は 大学に入る前
  二次試験の受験の時にすでに 先輩に連れられて闊歩していた
  「こんな街で暮らしたいな」と思い 願いは叶った
 
  入学してからはもっぱら 上通りや下通りへ行き来するための近道 通り道
  たいていは夜の帳の中 シャッターの下りた小路を歩く

  ジャズ喫茶の帰りには スイングもブルースもまだ分からぬ若造なりに
  鼻唄は自然と 身体に沁み込んだウッドベースのラインをなぞっていた

  街中で痛飲したあとの凱旋は みんなして千鳥足
  壁のヤモリに向かって国際政治を説いた 助教授もいたっけ

  この商店街の「核店舗」であるサンリブ(当時はマルショクだったかな)で
  なんのてらいもなくふつうに 「ファッションシャツ」など買っていた
  「DCブランド」全盛の時代にね
  (先日歩いたとき、サンリブはまだ、地震の被害のため、休業中だった)

  年に一度 大量の肉を仕入れに行った
  学園祭の出店で焼き鳥を出すために
  肉屋のご主人もそんな学生のために ずいぶんと「お勉強」してくださった

  自転車で買い物に出るときは 細い商店街の脇のさらに細い路地をゆっくり走る
  子飼で買い求めた食材で 十八才の初めての自炊は
  カレー粉の香るアジのムニエルと 茹ですぎたホウレンソウだった
  
  
  
  たまに母校を訪ねるとき こうやって商店街を歩いた
  昔ながらの店が変わらずに営業しているのをうれしく思いながら



  そして 今 これから
  また昔と変わらず 元気な商店街として
  地元の人々や学生たちの胃袋を満たし ファッションや憩いを提供してほしい

  沖縄のマチグヮーの 戦後の歴史と一緒で
  「路上と人情の市場」は きっと たくましいと
  そう信じている


-2009/11 子飼商店街(熊本市)-



2016-05-04

熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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   逝くのが早すぎるだろうと
   悪態をつく間もなく 河の向こう

   だから 墓参りなんて言われても
   素直にまっすぐ訪ねても行けずに 寺のまわりをいつも

   此岸の景色を眺めて歩く白川の畔 彼岸への手土産に
   此岸の思い出刻みし街は もう少し川上だったな

   親父さんとお袋さんの暮らす街は もう少し川下に
   緑川も近く 御無事であろうか

   あの日だ あの祝祭の日は
   もっともっと上流から 60kmばかり
   蘇山遠々として 遠々と歩いたな
  
   また歩きたいな
   あの日はどこで 夜が明けたかな


-2010/5 熊本市 安政町-



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