2017-03-28



戦世を訪ねて 2008~2016

  
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 港でレンタカーを借りて、まず、この地を訪れた。
 標高差70mの急坂を一気に登る。翌日は渡嘉敷集落からここまで、そして、さらにその先の地まで、歩いて行くつもりであった。
(翌日は海が時化て、予定していた夕刻の船便の欠航が決まったため、午前の便で島を出ることになった。この島の地形を自らの足で歩いて体感するのは次の機会へ持ち越しとなった。)
 

 

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白玉之塔

 
 
 
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1945年3月27日から3月29日の記憶がとりわけ深く、刻まれる

 
 
 
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眼下の渡嘉敷集落


 71年前の2月28日を想う。
 それぞれが迎える「あの日」の、その一ヶ月前には、こんな空や海を見ていたかもしれない。

 また巡ってくる季節。
 水を湛える田んぼ、うりずんの候、清明の用意。
 当たり前に繰り返してきた営みを、今年もまたと、思うことができたのだろうか。

 迫り来る戦世。
 南洋の島々からの戦火の報、グアム、サイパンの陥落、海上挺進隊、対岸に見えた「10・10空襲」、軍官民共生共死。
 日々の中ですでに、明日の命、遠からぬ災禍を見据えていたのだろうか。
 
 
 
 
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赤間山(通称「北山(にしやま)」より


 「青少年交流の家」に車を停めさせてもらい、ここから先は歩く。
 標高は200mを超える。
 
  「まずは いのち よろこびて」

 そんなつぶやきが自然と口を衝いて出る。
 今日の日の絶景にひととき、心を解き放つ。
 
 
 
 
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白玉之塔は当初、現在地ではなく、これから訪れる場所に建てられた


「満6年忌を迎えた昭和26年3月28日、住民集団自決の現地北山(現青少年交流の家敷地近く)で、白玉之塔の除幕式と合同慰霊祭が行われ、戦没者(日本将兵81柱、軍人軍属92柱、防衛隊42柱、住民383柱)の御霊を島守りの神として仰ぎ祭られています。
 毎年3月28日を慰霊の日(住民玉砕の日)と定め、本土や沖縄本島から遺族が参列して慰霊祭が催されています。
 昭和35年現地西山が軍用地に接収されたため、昭和37年4月19日現在のギズ山に移動し新しく建立されました。」
(渡嘉敷村公式サイトより)

 
 
 
 
 
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「玉砕場」とも呼ばれる。集団自決跡地


「昭和二十六年三月、この大戦で犠牲になった方々の慰霊のため、この地に白玉の塔を建立したが、周辺地域が米軍基地となった為に移設を余儀なくされた」
(「集団自決跡地」碑文より。読点は筆者追記)


 

-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-

  
  

2017-03-24

琉球の道

  
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   脇見をし みとめ 今来た道を引き返し たしかめ
   歩み寄り 花の高さに目線を下ろし 時を忘れ 愛でる
  
   島の山間を吹き渡る 風
   雲がつくる かげ ひなた

   風が流れ 雲が流れ
   かげが走る ひなたが走る 

   山とともに 花とともに
   ひかりに入る ときを待つ
  
  

-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-

  
  

2017-03-19

熊本 あの頃。そして、明日へ。

  
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再生の樹 守り 守られて

 

  
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信仰と伝承を 連綿と




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語り継ぎ 守りつづけた人々の 歴史と営みに 手を合せる




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蘇山遠々として また 歩きはじめる 行けるところまで


  


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-2017/1/5 榎鶴(熊本県 大津町)-



2017-03-16

旅の始め(たびぬはじみ)

  
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 平衡感覚がまだ、怪しい。
 まっすぐに立っているつもりで、カメラを構えて見ていた世界は、こんな感じ。
 那覇空港着陸から2時間ちょっと。


 カーブと勾配がつづいたバス路線は、降車するバス停の直前に来てさらに、
 集落を正三角形に囲むような県道の、その二辺をなぞるように、上り下り、廻る。
(その一部はワイトゥイであることを、滞在中に教えていただいた。)


 沖縄到着最初のくゎっちーに、
 バス停の目の前の「よしや食堂」で、「ナーベーラー炒め」をいただく。
 ということを早々に決めていた。
 「はえばる美瓜(びゅうり~)ヘチマ料理フェア」開催の情報を、
 出発前に仕入れて。


 味噌の風味も妙なるナーベーラー炒めの、
 ドゥージル(ヘチマから出る滋味と旨味溢れる水分)の一滴も残すことなく、
 スプーンですくい取って、くゎっちーさびたん。
 きれいに整えられたテーブルと、お皿からこぼれることのない水平面と、
 満ち足りた食後のとぅるばりと、時の経過ののちにようやく、
 この島の、このシマの、平衡感覚にアジャストする。


 キャリーバッグの上に、いつもよりひとつ多い荷物。
 この一年、砕けてしまった暮らしの痕跡や、山から流れ出た土砂や、
 阿蘇の火山灰の上などを歩いてきた、安全靴。
 今回はウージ畑を歩くために持って来た。
 始めて、浮き浮きした気分でこの靴を履く。
 

 乾いたウージの葉は、靴の下でどんな音を奏でるのだろうか。

 ざわわ、ふわふわ、かさかさ、さわさわ。
 波打つウージ畑の中で、まっすぐに立っているつもりで、
 平衡感覚はまたしても、心地よく、怪しく、なるのだろうか。
  

-2017/2/23 南風原町 喜屋武-



2017-03-14

それでも、海と

   
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  「還流」ということばを知り
  「還流」ということばに助けられ


  耳を澄ますこと 祈ること 見つづけること
  痛みは癒されることがないことを受け容れ だからこそ 寄り添うこと
  信じるに足る人の生き方や紡ぐ物語を 受けとめつづけること
  空疎な嘘や欲望を見抜き 怒りつづけること  

  それ以外に なにもできなった日々の中で
  それでも いつしか蓄えてきたものが
  ある日 別の場所で 生かせることもあるのか

  東北の地へ何もできず 抱きつづけた無力感
  無力感とともに 行き場もなく蓄えてきたものを
  九州の地へわずかばかりでも 「還流」できたのか

  土の重さを知り 心からの言葉を知り 壊されても壊れないものを
  知りながら いや 教えられながら
  

 
  この島で
  「玉砕場」や「白玉之塔」の傷を知る人と触れ合うことはなかったが
  この地を訪れ 知って 感じたことを いつの日か
  またある日 別の場所で 生かすこと

  それもまた 「還流」
  

-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2017-03-10

海辺にて

   
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   生きられる場所 生きるべき場所 生きてきた場所
   強さと 忍耐と しなやかさと 歳月と 調和と 従容と
   やがて あるがまま



-2017/2/27 糸満市-



2017-03-07

おはようの、旅立ちの朝

   
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-2017/2/27 南風原町-