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2008-11-27



片想いの軌跡(1) 琴椿

 昨日の相撲の話で書き忘れたのですが、20年近く前に応援していた、今でも忘れられない関取がいます。
 
 1990年の九州場所、私は幼い頃からの夢を叶えました。それは、「じいちゃんと一緒に升席で酒を酌み交わしながら相撲を観ること」。
 初めての土俵下。しかし、館内は閑散。観客よりも協会関係者の姿の方が多いのではないかと思われる静けさ。それもそのはず、まだ序の口の取組が淡々と行われている時間。そんなお昼頃から早々と出かけたのでした。
 持ち込んだ1升のお酒を、祖父はいつになくハイペースで空けていきます。
  「じいちゃん、そんなに早く飲んでたら、途中で足りなくなるよ」
 祖父 「何を言っとる。今のうちに飲んでおかんと、十両の相撲が始まったら飲んどる暇などないぞ」
 そんな調子だったので、三段目あたりに入った頃にはすっかり上機嫌。偶然、私と同姓の、まだ四股名もなく本名で土俵に上がっている力士が登場した時には、仕切り中に大声で、「○○!」と名前を連呼する始末。すると、興に乗った他のお客さんまでもが呼応して「○○!がんばれ!」と、時ならぬ○○関ブーム。土俵下の勝負審判からは冷たい視線が・・・。
 
 と、本題を前に長々と脱線してしまいました。こんな調子でお酒が入っていたこともあり、当時、どんな関取衆がいたのか、まったく思い出せません。その日、土俵に上がった横綱や大関さえも (まあ、ネットで調べれば何でも分かるご時勢ですが)。ただ、肉体と肉体がぶつかり合う音、いや、衝撃波の迫力だけは強烈な印象として残っています。

 そして、ようやく、冒頭に書いた忘れられない関取。この関取だけははっきりと覚えているのです。それだけでなく、上述の○○関以上に、大歓声で応援したことも。
 琴椿関。沖縄県出身。玉城満さんのようなウチナージラー(もちろん髭は無し)だったような。元プロレスラーの寺西勇にも似ていたような。そして、土俵入りで、他の力士と比べて際立った浅黒い肉体。決して大きくはないけど、元横綱・北勝海のような、筋肉質で丸っこい体型でした。

 しかし、なにゆえに琴椿関を応援し、また、今日まで心に残っているのか。沖縄への「片想いの軌跡」のヒントにならないだろうか・・・。
 この話は19歳の初冬の思い出です。前に書いた「残波大獅子太鼓」との出会いが同年の10月。ほぼ同じ時期です。やはりこの頃に「恋」をしたのか。それとも、もっと以前に・・・?
 
 折に触れ、この「片想いの軌跡」を辿ってみたいと思います。「十九の春」より前の「何か」が、ある日、思い出せるかもしれません。
 

2008-11-26

最年長のホープよ、来年こそは!

 大相撲九州場所も終わりました。安馬関の活躍が記憶と記録に残る場所でした。
 何年前だったか、絶頂期の横綱・朝青龍に初挑戦するも、手も足も出ずに一蹴された取組の後、「弱いお相撲さんでごめんなさい」というコメントを残したことが印象に残っています。これは決して自虐的な台詞ではなく、好勝負を期待したファンへの申し訳ないという想いを、精一杯の日本語で、心からの言葉にしたものだと――平素の彼の言動からにじみ出る人柄から――受け止めました。
 彼には、モンゴルやブルガリアから駆けつけてくれるような父上はこの世にはもうおられませんが、その悲しみの場所を最後まで務め上げた時のことを忘れずにこれからも精進して欲しいものです。
 伊勢ヶ濱部屋の宿舎があった太宰府市。西鉄太宰府駅前や太宰府天満宮などにも、関取衆の幟がはためいていました。安馬関、大関に昇進したら四股名が変わるという話が出ているようですが、この幟も見納めでしょうか。

 太宰府天満宮の入り口にも幟が。大関になったら四股名、変わるのでしょうか?
 太宰府天満宮参道にて。背景は天満宮の鳥居や参堂の茶屋です。

 さて、そんなスポットライトの当たる世界とは遠い、でも、今場所から応援することになった力士の話をつづけます。
 私の住む街にもいくつかの部屋の宿舎がありました。思わぬところでの力士たちとのふれ合いもあります。私の場合は裸でのお付き合い。まわしを付けて土俵で・・・ではありません。正真正銘、一糸纏わぬ本当の裸。
 私の行動エリアに、嬉しいことに温泉公衆浴場があります。万葉集にも詠まれた古い歴史のある温泉。そんな湯に、200~300円で入れます。幸せ~。で、九州場所開催中にも何度か通ったのですが、そんなある日、ひとりの力士と出会いました。言葉は交わさなかったのですが、火照った体を冷ますため屋外のベンチに並んで座っていると、お連れの方とのこんな会話が聞こえてきました。

青年 「十両まであと一歩、ってこともあったんですか?」(<オイオイ、きつい質問するね)
力士 「幕下2枚目の場所、3-4(3勝4敗)で、上がれなかったなぁ」(<遠くを見つめるような目)
青年 「スカウトって、何歳くらいまでしてくれるんですか?」(<ほう、相撲の道に進みたいのか)
力士 「大学卒業までだから、22歳じゃないかな」
青年 「じゃあ、呼び出しさんとかは、年齢制限なし?」(<職種不問。とにかく角界入りしたいらしい)
力士 「う~ん、定員があるから、定年の人が出て空きができないと」
青年 「えっ!今、だ、だれか、定年間際の人、いませんかっ?」(<・・・・・・。)

 青年はお見かけしたところ、後援者か宿舎のせがれといったところか。力士の方は、若くもなく、かといって老け込む年でもなく、しかし、その体躯はパンパンに張っています。話の内容からして、まだこれからの力士。稽古して食べて、また稽古して、関取を目指すんだろうな(と思いました)。隆起した肩の筋肉から立ち上る湯気が、びんつけ油の香りをより一層、強くしました。

 その後、温泉の常連さんから、近所に投宿している相撲部屋の名前を聞き出し、帰宅して早速ネットで検索。部屋のホームページがすぐ見つかり、所属力士のプロフィールまで見ることができました。
 私が出会った力士は・・・、確かに経歴を見ると最高位は幕下2枚目。そうだったか。もしも・・・もしも、この場所が4勝3敗だったら、十両昇進、関取の呼称、大銀杏と、力士の誰もが目標とする夢を達成できたのに。ひとつの白星・黒星が運命を大きく変える厳しい勝負の世界。そして、彼の今場所の番付は東幕下41枚目。
 応援する、と言ったところで、ネットで星取表をチェックするだけのことなのですが、それだけのことでも、この力士のことを心から応援したいと思いました。そして・・・。おおっ!3連勝、温泉パワーだ!一気に勝ち越して、大勝ちして、十両を狙える位置まで番付を上げよう!  中日で初黒星。まだまだ、3勝1敗。  えっ・・・ ● ● ● 。 なんと、その後3連敗で、まさかの負け越し。ああぁぁ。。。

 気を取り直して。この部屋のホームページ、なんだかとても微笑ましいのです。各力士の紹介に、キャッチフレーズというか、謳い文句みたいな名前が付されています。
 「角界のヒグマ」「歩く核弾頭」「IQファイター」・・・なるほど。ところが、この後が、ちょっとへんな~感じになってきます。
 「最強の小卒」・・・あの~、中学校は? 「コスプレ力士」・・・早く化粧まわしを着けなさい! 「町内のなんでも屋」・・・技能賞を獲るのは相撲やさ! 「ノミの心臓」・・・・・技・体・心・心・心・!!!
 そして、私が出会った力士のキャッチフレーズは・・・「最年長のホープ」!「ホープ」であることに異存はないのですが、「最年長」とは・・・?ところが、生年月日を見てビックリ。35歳あんに!温泉でお見かけした時には、とてもそんな年齢には見えなかったのですが。まだまだ張りのある若々しい身体だったし。・・・と、40歳メタボの私が言っても説得力ないか。
 
 温泉での偶然の出会い。これもいちゃりばちょーでー、かな?蔭ながら応援してます。来年、番付を上げて、九州場所へ帰ってきて欲しいものです。
 ちばりよー、「最年長のホープ」。ちゅーばーになろうねー、栃の山関!
 

2008-11-25

一週間前は寒かったです。

  
久しぶりにネットが使える場所に戻ってきました。

 さて、一週間前の話です。
 国道210号線、日田、湯布院を経由して大分まで。ふだんはのんびりしたドライブコースなのですが、一箇所、冬の難所が。水分(みずわけ)峠。分水嶺をそのまんま峠の名前にしたような。それとも昔の旅人が水を分け合って飲んだなんて逸話でも残っているのでしょうか。いずれにしても、雪や路面凍結で、並行する大分自動車道も頻繁に通行規制・通行止めになります。
 私が通った、突然の寒波来襲の19日(水)も外気温表示は0℃。この季節にしては珍しい・・・なんて思っていたら、みぞれ混じりの雨が。先を急がねば。平安隆さんの「唐船ドーイ」で景気づけ。
 
 うっすら雪化粧
 山手に向かう道はチェーンが必要なようです。


 いや、実は、もっと早い時間にここを通過するはずだったのですが、あまりの寒さに温かいものが欲しくなり・・・。途中で寄り道、ロスタイムしました。

 飛太郎(とびたろう)のとうふ万十。大分県日田市夜明。野菜たっぷりの味付けおからを餡にした田舎万十です。
 豆腐の専門店さんで、210号線を福岡県朝倉市から大分県日田市に入ってすぐ、右手に看板が見えてきます。

 あちこーこー、寒風に吹かれ・・・
 あつあつ・・・・だったのに、写真を撮って遊んでいるうちに冷めてしまいました。


 翌日。寒波が去って、日が照って、気温はグングン上昇。晩秋の色彩が光を放つ一日でした。旅人がコート(マントか?)を脱ぐのは、やはり北風ではなく太陽ですね。
 
 「霊山」と書いて「りょうぜん」と読みます。
 

2008-11-19

準備上等

 本当に来ました、季節外れの寒波。冬将軍、ご乱心!
 今から山越えの運転です。今朝のローカル・ニュースで、今日通る予定の場所が映ったのですが、横殴りの雪模様でした。

ヒ―――
 那覇のお土産屋さんで

  「奥様にですか?」。
  「いや、自分用です」。
と言って買ってきたミンサー織の巾着、お土産屋のお母さんに
 「塩をいれておくといいですよ。魔除けにもなるし、あと、いざという時の備えにも」
と教えていただきました。水と塩があれば生き延びられる・・・って、大げさですが、今日は後者の教えに従って、手作りサン(レモングラス製)と一緒に持って行きます。
 あとは、救助を待つ間・・・、いや、遭難するつもりはありませんが・・・、気丈にいられるように、てるりんさんの『平成ワタブーショー』CD全3巻。
 そして・・・。






 ヒ――ジャ――
 
 これも。フーチバーは現地で調達しましょうねぇ。



2008-11-18

すまんが、ペットは飼えないアパートなのだ。

 突然の寒波到来ですね。

 わが「猫の額の庭」の小さな生命も、春、夏、秋、そして、晩秋の残り少ない日々を生きています。
 
 さて、毎年のことなのですが、この季節、外に干していた洗濯物や布団を取り込もうとする時に、くっついてきて、一緒に家の中に入ろうとする生き物がおります。
哀願の眼差し
 何かを訴えかけるような眼、必死に網戸にしがみつく脚。黄昏時の秋冷にいささかの憐憫の情も芽生えます。でもね・・・。やっぱり、自然の中で、自然のままに、自然に抱かれて眠る方がいいと思うよ。人間の世界でも最近、自然葬を望む人が増えてきているみたいだし。
 じゃあ・・・、さようなら・・・。

 

強行突入でちゃーびらさぁーい!

 強行突入!
 

 あいえなー!困るばーて!だから、ダメだって! 
 一瞬、目を離した隙にこの体勢。眼がマジ。

 さて、毎年のことなのですが、この季節・・・・・(以下、同文)の当事者が妻だった場合、それはもう、けたたましい絶叫が響き渡ることになります。トゥビーラー登場並みの大騒ぎになるのです。
 というわけで・・・。自然に帰ろうねぇ。BACK TO THE NATURE!

 ちなみにこの写真、後日、PCのデスクトップ画像にしておきました。・・・・妻、でーじしかみました。

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