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2008-12-30



風刺ふーじー回顧録 2008

 不肖・薄墨純一郎が斜めから眺めたこの一年でございます。


2008年11月4日掲載

 「どん底」・・・・、読んでません。「蟹工船」・・・・・、読んだ記憶が消えています。それでもしゃあしゃあとこんなネタを投稿してしまうわんは、最近流行の「検索バカ」?


2008年9月15日掲載

 労組の組織率も低下してしまった昨今。右手、拳!左手、腰!社会党、総評、ストライキ・・・。そんな熱き時代を生きた方々もみなさん、おじぃ、おばぁになられました。幸多かれ。

 近頃の 若者たちは 知らぬかと 呟きている 我不惑なり


2008年1月3日掲載

 「声」欄の新春恒例企画、3日の投稿テーマは「出会い」でした。
 年金記録の突合作業は遅遅として進まず、さらに、厚生年金データの改ざんまで露呈する始末。
 もう神頼みではだめですね。金本アニキや「新井さん」のように炎の護摩行で精神修養していただきましょう。もうとっくに尻に火はついていますが・・・。


2008年4月25日掲載

 こんなネタも投稿しました。

  『火の用心』

   マッチ一本火事のもと
      ―――夜回り
   聖火一本ヤジのもと
      ―――世回り



 次はとても印象に残っている掲載作です。内容よりも、その掲載日のことが。
 3月の沖縄旅行中、私は嘉手納ロータリーからコザ方向へフェンス沿いの道を歩きました。途中、「道の駅かでな」から家人に電話をしたところ、「今日、載ってるよ」との吉報。祝杯代わりに食べた巨大なチーズバーガーの満腹感、安保の見える丘から見下ろした広大な基地内の光景、そして、直前に北谷野球場前広場の集会で雨に濡れたTシャツの冷たさ。そんな記憶が甦ります。

2008年3月23日掲載

 消えたり浮いたりした年金記録の回復のために社会保険事務所へ赴いた方に、窓口の職員は「その当時の加入を疎明できる証拠を提示しろ」と言う。「そんな昔のものあるわけない」と答えると、「ならば、当時の事件や流行歌などを思い出せ」と応じる。いや、そういう応対をしろという、本庁からの指示やマニュアルの存在が明らかになったという話だったか・・・?あれ?
 ・・・・日記をつけない私の記憶も怪しいものです。
 ・・・・このブログと「かたえくぼ」の投稿記録と年金手帳、あんしんの3点セットやっさ!

 
 最後に。今年もあと一日残っておりますが、フライング御免で、年末のテーマ「この1年」へ投稿したネタをいくつか。

  『地方自治この一年』

   「民主主義の学校」は
   荒れました
       ―――大阪府


  『CHANGE』

   変革を訴え続けた
   ――オバマ次期大統領
   代われと言われ続けた
     ―――日本の首相

:ahhh: 臥薪嘗胆 :ahhh:

  
  『上り坂から下り坂』

   野球界にも「まさか」
   がありました
   ―――阪神タイガース
   小泉元首相どの

 嗚呼、岡田はんの胴上げ・・・。涙で目がかすんできたので、この辺で失礼いたします。飲むっ!
 朝日新聞西部本社さま、いっぺー掲載にふぇーでーびる。

2008-12-28

クリスマスは...てびち! in 台湾

 
2008年12月25日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ

やりすぎ???

 でーじクリスマスふーじー的色彩!・・・・ちょっとやりすぎ、というか。今日はもう、巷では迎春モードの28日ですね。

 お久しぶりです。台湾「太好吃了」の旅から戻り、しばらく食い倒れておりました。

  > 太好吃了(タイハオツゥラー) ≒ とてもおいしかったです。
 
 ようやく、不在中の新聞チェック、洗濯、写真の整理、温泉でのんびり・・・の順で、元の生活に戻りつつあります。しかし、やはり温度差が堪えます。ひーさむ!

 さて、まずは手前味噌ながら「かたえくぼ」から。今月はすでに2回採用していただいていたので、もう年内は御用納めの気分でいたところ、思いもかけないクリスマス・プレゼントをいただきました。


屋台、通常営業中! 

 つづきまして、台北のクリスマス・イブの一コマです。名物の屋台は通常営業中。ケーキの投げ売りなんてやってません。
 この時、私は慣れない海外旅行(2回目)で頭がテンパっていたため、クリスマスのことはすっかり忘れていました。後日、写真を見直して、街が思いっきりクリスマスムードだったことに気づいた次第。きらきらイルミネーションには目もくれず、分かるようで分からない、へんな~心をくすぐる漢字の看板の数々に目を奪われていたのでした。
 
 そして、頭の中はもっぱら、飲むこと、食べること。さらに、カタカナ変換した、必要最少限の台湾語会話をリフレイン。

 今回の旅のツアコンは妻でした。それも、しに強権的。私は迷子にならないようにくっついて行くだけ。その上、現地通貨は子供の小遣い程度しか持たせてもらえません。私の「単独行動主義」は見事に制圧されてしまいました。そんな私に命ぜられた役割はてーげー・・・・以下の通訳。「旅の指さし云々」本を手に持って妻に付き従い、台湾語、日本語、英語、さらに筆談も入り乱れてのトライリンガル会話を、愛想笑いと「謝謝」「多謝」の連発で乗り切りました。

 そういう役割分担でしたので、食べる物や入る店は、ほとんど妻の事前のリサーチに従う羽目に。
私は、地元の方が軒先の椅子や露店で一杯やりながら食しておられる、ディープな空気が立ち上る未知の味を飛び込みで食べたかったのですが、軒並み却下されました。あ、それでも「臭豆腐」なる、かなりクセになる一品だけは夜市でいただきました。 

てびちそば、あらんです。

 あいっ、てびちそば、あらんですよ。似てますけど。
 博多では豚足、沖縄ではてびち。いずれも妻は、日本ではまず口にしません。「サプリメントなんかより、お肌にでーじ上等のコラーゲンよ」と説いているのですが。
 しかし、私は妻がチェックしていた店のうちの一軒の紹介文に、「とろとろになるまで煮込んだ豚足が絶品」なる文字を見つけました。クリスマス・イブの晩餐、「てーげー通訳」は言葉巧みに「強権的ツアコン」をその店へとエスコートしました。
 作戦成功!私は「豬脚(ズゥジァオ=豚足)麺」に舌鼓。もちろん、麺もスープも「沖縄てびちそば」とはまったく違いますが、かつおだしの代わりに・・・・・何がベースかぜんぜん分かりませんでしたが・・・・・
とにかく美味しかったです。妻も「魯肉(ルーロー)飯」を絶賛するとともに、てびちも初めて食べました。本当にいいお店でした。他の小菜料理も最高で、台湾ビールを飲みながらすっかりご機嫌に。

外から厨房が見える、開放的な店構え。

 ご覧のとおり、沖縄にもある食堂兼居酒屋っぽい庶民的なお店でした。「あまり日本人は行かない」とガイドブックに書いてありましたが・・・・・・ん?日本人ライター、しっかり行ってるやっさ!
 しかし、この店の「魯肉飯」は地元台湾でも名声を得ているようで、店内にはトロフィーだの、著名人の賞賛文らしきものなどが飾ってありました。そうそう、店の外看板には「便當」の文字も。近所のOLさんなどが「魯肉飯」をランチにテイクアウトするそうです。これも沖縄ふーじーですね。
 そうかと思うと、私たちが食事を終えようとしていた頃、地元の馴染み客らしき方が三々五々、集まって来られました。全員が揃ったと思しき時、卓上には大皿に盛られた蟹の丸茹でが。さらに次々と運ばれてくる山海の食材の饗宴。賑やかな晩餐が始まりました。・・・・・お酒、飲んでる、いいなぁ。
 
 
最初の写真の、屋台の左手にあったツリーです。
 
 さて、話を戻しましょうねぇ。クリスマスツリーに「願い事」、というミスマッチが今回の「かたえくぼ」のオチだったわけですが、上の台北の屋台の左手に見える電飾ツリーをよく見てみると・・・・。下の方に何やら多くの紙片が。もちろん、何と書いてあるかは分かりません。
 もしかすると、実は「願い事」かもしれないし、
 「○○!愛してるよ!」 とかいうラブラブメッセージかもしれないし、
 「急募!すし職人。威勢がいい方、日本語の多少分かる方優遇」 かもしれません。
 
 では、ひとまず、この辺で。 



2008-12-21

今日は普天間かおりさん

 コンサートツアー2008 「守りたいもの」 ~福岡~

待ちに待った半年ぶりのホールライヴ


 私の今年のライヴもファイナルです。

 そして、普天間かおりさん、間違いなく、私にとっての今年の「レコード大賞」、「最優秀新人賞」。

 歌声が、歌詞が、心に染みわたります。CDでさえも。
 ライヴではもう、始まる前から鳥肌が立ちます。ハンカチの準備も。私は特に鼻水が・・・。
 毎週、ラジオ(通称「ぬちラジ」)で聴けるお人柄にもすっかり魅了されてしまいました。
 今年は縁あって、福岡で何度もお会いできましたが、単独のフルライヴは2回目です。うれしい楽しい肝ドンドンです。

 今春の沖縄旅行・・・・あ、旅日記を書こうと思いつつ、年内はスタートできませんでした・・・・は、
「平和と祈りの旅」から始まりました。
 こんな美しい風景の中で、63年前に一体どんなことが起こったのだろう。おじぃとすれ違えば、その年輪に内地のご老人とは違う苦節を見る。鳥のさえずりとサトウキビ畑を渡る風の音しか聞こえない慰霊碑の前でひとり佇む。アダンの葉のトゲに触れて痛みを感じてみる。遠浅の潮溜まりに立ち、遠くの滑走路から離陸する2機の機影を見る。「ゾウの檻」があった空き地で虫取りに興じる親子の頭上を輸送機が何度も旋回する。

 こんな美しい風景の中を、時に、争いの影がよぎる。観光客はその美しさに歓声を上げ、楽しい音楽も流れる。慰霊の地にはサーファーやパーラーが。北谷野球場前広場で雨に打たれる抗議集会の憤りと悲しみの顔と、ショッピングモールに集う笑顔とが交錯する日曜日。

 そんな旅の中、私は歩き疲れれば、美味しいものお腹一杯になるまで食べている。

  二つの時間が交錯しながら流れている。
  二つの時間は――人々の記憶と、基地により――隔たっていない。
  二つの時間にどう向き合えばよいのか・・・。

 旅が終わった後のそんな想いにひとつの答えをくれたのが、普天間さんの「R329」という曲でした。
 
  「きれいなだけじゃい 悲しみだけじゃない」
  「時計の針は戻らない 今日までのすべてが事実 光と影を抱いて」

 二つの時間を受け止めるための、大きな、大きなメッセージでした。

   
 「守りたいもの」「掴めないもの」「祈り」「Tomorrow」「Beautiful Name」「それぞれの自由」「二人きりの道」、そして「CHAMP☆LOO」・・・。
 今日はコンセプト的に「ヒヤミカチ節」はないかな?

 聴きたい曲はたくさんあります。ラジオのトークやライヴのMCなどから伝わる沖縄県産品100%の明るいお人柄も大好きですが、作詞作曲される歌は、多くの人の心に訴えかける愛や平和への祈り、思いやり、やさしさ、生命への畏敬や森羅万象への賛歌、そして、時に乙女心。沖縄の大きな心が育んだ、万国共通の普遍的なメッセージ。  

 あ、もう開演まで5時間を切りました!

チケット2枚


 
 私事ですが、明日から数日間、沖縄・・・・本当は沖縄に降り立ちたいのですが・・・・を通り越して、ちょっとお隣の海外へ行ってまいります。ライヴの感想を書く時間はないと思います。40歳にして10年ぶり2度目の海外なので、今も準備でどたばたです。ヒヤッ!ヒヤッ!ヒヤミカシェー!

 普天間かおりさんのCD「Precious」、台湾でも売っているそうなので探してみます。

2008-12-19

キーブルダッチャー JAZZ

 12月18日(木) 福岡市 New Combo
  奥村和彦 TRIO with 小濱安浩 & guest 鬼塚正男

 「十三の秋」から熱愛中のジャズ。
 その中でも私が「至上の愛」(Love Supreme)を捧げる男たちが、今年も冬の福岡を熱くしてくれました。

 今日は写真たっぷりで。

 
 
  奥村和彦 OKUMURA Kazuhiko (Piano, Leader)

 
  安東昇 ANDO Noboru (Bass)

 
  伊藤宏樹 ITO Hiroki (Drums)

 
  小濱安浩 KOHAMA Yasuhiro (Tenor & Soprano Sax)

 
  鬼塚正男 ONITSUKA Masao (Guitar) from NYC
 






 あがっ、奥村さんのお顔のアップ写真がなかったですね。
 ご興味をもたれた方、ぜひ、CDをお買い求めください。もしくはHPを。 

 まだまだ、頭の中が至福と興奮のアチコーコーなので、ライヴの感想は後日書きましょうねぇ。

 そろそろ、長駆移動した都城でのライヴが始まる時間ですね。

 ところで、「海で獲れたものなら何でも食べる」と豪語した(いや、私が無理やり言わせた?)ので、喜んでお勧めした「エラブパワー」(比嘉製茶)。イラブー粉末のタブレットですね。伊藤ぴろきくん、大丈夫だったかな?イラブー、効いたかな?酒と一緒に服用しても May Be No Problem..... Anyway ちばりよー!

 
:**:今日の一枚:**:
「FIRE LAND/奥村和彦」
 これまた、詳細は後日。「私の人生を変えた10枚」とかいう話題で詳しく書きたいです。
 とにかく、でーじ上等。ふつうじゃない上等。
 「FIRE LAND」=火の国=熊本。
 福岡の「もつ鍋」とNYCのエナジーに育まれた肥後もっこす、奥村和彦が、偉大なジャズレジェンドへの敬愛と、仲間たちとの切磋琢磨の軌跡を詰め込んだ入魂の作品。
 ウッドベースの弦をぶち切る豪腕ベーシスト安東昇と、北の大地と海の幸が育んだ道産子ドラマー伊藤宏樹。
 長年のツアーで培った鉄壁のバンドサウンド、変幻自在にして日進月歩のオリジナリティ、脳幹から手足の指先まで全身に響き渡る音圧。芸術はガチンコだ!
 エイサーに血が騒ぐ、男気溢れるウチナーンチュの皆さまにもお勧めします。

2008-12-17

私のγーGTP は内閣支持率並みです。正常値です。

2008年12月17日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ

7年目にして初の年間20勝!


 毎週水曜日の投稿欄には全体を通じてのテーマがあります。今回は「忘年会」でした。
 そして、不肖・薄墨純一郎、本作で年間20回目の掲載となりました。7年目にして初の大台です。

 
 あ、麻生さん、どうも。おいしいお酒、飲んでますか?
 前作に引き続き肴・・・あらん、ネタにさせていただきました。先日の太宰府凱旋の歓迎ネタは空振りしましたが。

 ところで、手のひらを返すようですが、私、深夜のバー通い、いいと思いますよ。
 ポケットマネーですよね。御曹司は領収書に細工したりしないでしょう。それに、某大臣のように閣議で二日酔いなんていう醜聞も耳にしませんし。飲んでも翌朝、きちんとお散歩できるのなら、公務にも支障のない程度なのでしょう。

 かく言う私も独身貴族の頃はやってました。深夜のバー。ついでにその後、豚骨ラーメン。翌日の公務に支障が出ることも・・・ありました。それでも飲まずにはいられない。
 それは、それまでに飲んでいた酒が不味かったから。飲み直したい気分だったら。自分ひとりの静かな酒でリセットしたかったから。

 THE BOOM 「TOKYO LOVE」という歌にこういう一節があります。

 ♪シニカルな酒に 付き合っちゃられない だれよりも早く 朝日を眺めたい

 当時の私の、職場の人間との酒席における気分と見事にシンクロしました。

 今は時代が違うのかもしれませんし、また、組織の風土にもよるのでしょうが、私が若手社員だった頃の酒席は悲しいほど不毛でした。毎度毎度同じ顔ぶれが、同じような店で、同じような社内のゴシップ話や下世話な噂話。当たり障りのない、みんなが浅く広く首を突っ込める最大公約数的な凡庸な世間話。ゴルフ、麻雀、競馬(いずれも私には無縁の世界)。誰一人、ロマンも哲学も感動も語らず。泥酔して出来もしないことを大言壮語するのが関の山。
 そして、スナックへと流れたりしようものなら、「いよっ!待ってました!」などという空虚な嬌声の中、もう音程を外す箇所を覚えるほど繰り返し聞かされた、聞くに堪えない、本人のみ自己陶酔のカラオケを聞かされる。そのまま飲んだ方が旨い酒を、頼みもしないのに水割りにされる。閉ざされた空間での受動喫煙。ついに、「男芸者」という言葉に私はぶち切れ・・・・。

 すみません。読まれている方を不愉快な気分にさせてしまうような、過去の吐露でした。

 まあ、単身赴任でやって来て、見ず知らずの街で、会社の外に交友関係も作れない。そんな上司・先輩がこのような酒席の発起人でした。社宅に帰って自炊するのも侘しい。だったら、軽く飲んで帰ろうと。まあ、それはそれでご自由に、なのですが、ありがた迷惑なことに、「独身社員もどうせ外で飯を食うんだろう。だったら、一緒に飲もうじゃないか」と、残業途中の私たちを半ば強制的に「飲み仲間」にしたのです。

 かくして夜は更けていきます。
 「まだ飲むの?元気だね」。そんな声に背を向け、私は足早に集団から離れ、目的地へと歩を進めました。
 終電がなくなろうと、翌朝、大事な仕事があろうと、私は自分ひとりで、本当に心から楽しめる酒を求めて、行きつけのバーの扉を開けました。そこには、私と同じように、「ひとり」の時間を求めて集まってきた顔見知りがいつも集っていました。そして、自由な「ひとり」と「ひとり」による、楽しくて、刺激的なのにくつろげる、酒飲みの本当の幸せに浸れる時間が始まるのでした。

 ずいぶん遠い昔の幻影・・・・。


 現実に戻りましょうね。
 麻生さんはどんな風に酒を飲んでいるのでしょうか。
 公務の延長とか、根回しとか、政界の寝業師たちとの「シニカルな酒」に疲れ果て、明日への英気を養うために、ひとりで、あるいは心許せる方と、深夜、静かにグラスを傾けている・・・・・・
 のかどうか知らんばってんが、どげんすっとね、こん国ば!(あ、今日は博多弁)


 最後に。忘年会シーズンということで、「写真で見る各県の飲酒運転防止の取組み」をどうぞ。

 数年前、近くの中古車センターにいたような・・・・?
 
大分県。お猿の高崎山の近くで見かけました。やしが、なんかもう、できあがってるふーじー。
「ボトル空いたさぁ。もう一本、入れようかね!」。そんな風にも見えてしまいますが。


読谷村楚辺の皆さま、ちゃーびらさーい。
 
沖縄県読谷村。トリイゲートの前でバスを降りて、楚辺の海岸に向かう途中の道です。右端の方に気になる看板が。ズームアップしてみましょうねぇ。

命どぅ宝。

心に響きます。命どぅ宝。・・・・やしが、赤文字だけ読めば「酒飲ダメ!」。それは困るさぁ。



:**:今日の一枚:**:
「極東サンバ/THE BOOM」
 1995年頃、聴きまくりました。唄いまくりました。「TOKYO LOVE」も入っています。
 あ、文中でカラオケ嫌いっぽいことを書きましたが、TPO次第です。ちょうどこの頃、友人が次々と結婚ラッシュ。やたらとにーびちが続いた時期でした。「風になりたい」とか、みんなでよく唄いました。間奏のサンバのリズムはテーブルの上のお皿やグラスで、そして、自分の腹で。
 一方、「帰ろうかな」は不毛な酒席でのプロテスト・ソングでした。「早く帰りたいよー、つまんないよー」というメッセージを込めて、声を張り上げている私に向かって、職場の上司は、「いいぞー!」「もっとやれー!」。全然、通じてない・・・。
 同時期、ライヴ映像『極東ツアー』もよく見ました。瞬きする暇もない音の祭典。GANGA ZUMBAの胎動も見て取れると思います。CDでは軽やかに終わる「カルナヴァル」もライヴではエンドレスのカーニバル。そして、鎮魂と祈りの「島唄」はアンコールで。魂(マブイ)がどこかに飛んでいってしまうのでは、と思うほどの宮沢さんの絶唱。
 そういえば、先日コンサートに行った元ちとせさんのサポート・メンバーだった藤井珠緒さん(パーカッション)はこの『極東ツアー』のリズム隊に紅一点で参加されていました。
 ラテン・フレーバーに溢れていたこの頃のTHE BOOMですが、その中で、静かな囁きが徐々に熱を帯びてくる「それでも汽車は走る」や、東南アジアの響きと不思議なポリリズムが同居する「ブランカ」なども忘れることができません。

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