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2009-01-09



貧乏神の黄昏


2009年1月5日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ



 正月気分が抜けず、すっかり遅くなりました。「声」欄の年始特集、5日のテーマは「本物」でした。本年第1回目の掲載、にふぇーでーびる。
 やしが・・・、同じ紙面には元旦の若水の如き、「やはり本物は素晴らしい」「私の出会った本当の○○」「ニセモノの跋扈する世相を嘆く」といった、投稿者の方々の真摯なご高見が。それらを拝読するにつけ、正月気分に水を差す、いささか場違いなネタだったかと、しばし、私の傍らにも鎮座する貧乏神さまともども苦笑した薄墨純一郎でした。

 この年始特集、投稿は暮れの12月10日が締め切りでした。ということは、それ以降、新年までの間に起きた世間の動き、そして、その報道は反映されないことになります。

 ・・・・12月上旬、「村人」たちはすでに流浪を始めていたのかもしれませんが、まだ、「村」は存在せず、彼らは「村人」ではなかった・・・・。

 さて、「かたえくぼ」8年目にして見えてきたのは、投稿の時点でハッキリとした「画」(え)が脳裏に浮かんでいるネタは採用される確率が高いかな、ということです。10~20文字の中に凝縮された言葉から、ある時は4コマ漫画のように、ある時は漫才のボケとツッコミのように、テンポ良く、風刺のストーリーを想起させることができるか。編集者の方、読者の方にも、同じ「画」を見て微笑していただけるか。その「画」が届くか。
 そういえば、落語や漫才でも、その芸に引き込まれて笑っている時は、目の前(テレビの中)にいる噺家や芸人さんの姿と同時に、実は彼らが演じている人物の姿も見ている。それら人物が繰り広げる「画」の世界に入り込んでいる。そういうことが多いです。

 このネタを投稿する時、私の頭の中にいた「画」の貧乏神さまは、昔話や落語に登場し、あるいは水木サン(水木しげる氏)の描くところの、人間界とほどよい距離を保ちつつ共存する、見えたり見えなかったりする、でも、人間の欲とつかず離れず現れるべき所に現れる、そんな茫漠とした存在でした。・・・・あれ?『水木サンの幸福論/水木しげる』(角川文庫)、幸福の七カ条の第一条に、現代日本には確かに貧乏神が存在するとの記述(P14)はありますが、そういえば、水木サンの描く妖怪たちの中に貧乏神の姿を見た記憶はないな?・・・・とまあ、そういった程度の、曖昧なものだったのです。
 つまり、私自身、その「画」を見ているようで実は見ていなかった。しかし、貧乏神という言葉やその存在は市民権を得ている。ということは、後付けの理屈のようですが、その曖昧さこそ、編集者や読者の方々の中にある十人十色、千差万別、様々な貧乏神さまの「画」を自由に喚起できたのでしょう。

 ところが、元旦前後の紙面を眺めるにつけ、薄墨純一郎、危惧を抱きました。このネタが、上記のような悠揚とした笑いとはまったく異質の、もっと切迫した、現実社会で起きている「画」とオーバーラップして受け取られるのではないかと。貧乏神さまが架空の存在ではなく、今まさに現世に溢れる困窮する人々の「暗喩」と解釈されるのではないかと。

 「年越し派遣村」。日比谷公園、厚生労働省講堂、テント、毛布、炊き出し、生活保護・・・。

 12月10日には予想だにできなかった(報道の中に現れていなかった)事態。
 私の意図とまったく違った「画」が読者の中に描かれてしまうのではないか。そして、それは風刺の域を超え、度が過ぎたブラックユーモアになりはしまいか。

 言うまでもなく、私の中に「派遣村の村民=貧乏神」などという図式は毛頭ありません。広義の「生活困窮者」や「ホームレスさん」も然り。
 しいて言えば、彼らは、荒ぶる貧乏神のとばっちりを受けてしまった被害者だと思うのです。貧乏神を怒らせてしまった者たちはどこか別のところにいるはずなのに。


 ちょっと熱くなって、収拾がつかなくなってしまいました。

 為政者は「百年に一度」という言葉を弄していますが、不安定な雇用や経済弱者の存在は早くから指摘されてきた問題(下記『THE BIG ISSUE』誌でも)であり、それが、「百年に一度」を契機に顕在化しただけのこと。職と住を同時に失い、路頭に迷う。即、ホームレスさんの仲間入り。ホームレスさんと街を行く人々との間にある差異は、ただ、今夜の寝床と明日の職がある・・・という見通しがある・・・ということだけ。



世界一あたたかい人生相談 ビッグイシュー日本


 写真の本は年末に、福岡のホームレスさんから買いました。目が合った瞬間に微笑を交わす付き合いになった彼(職業:販売員)は、世間の目が「派遣村」に向いていたお正月も、休むことなく福岡・天神の街角に立ち、雑誌『THE BIG ISSUE』を販売していたそうです。
 この本、雑誌のこと、そして私の想いは、近々、詳しく書かせていただきます。

 しかし、寒さが厳しくなるこれからの季節。やはり、一日でも早くお伝えができれば・・・。
 札幌、仙台、船橋、東京、横浜、川崎、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡、鹿児島、以上の各地のお近くでこのブログをお読みの方へ。「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」という趣旨の雑誌『THE BIG ISSUE』の販売員さんの姿を見かけられましたら、どうか、一人で街頭に立つ勇気を持ち、前向きに一歩を踏み出した、明るく温かい彼らから、一冊300円(このうち160円が彼らの収入になります)の雑誌を買い求めてみてください。
 詳しくはこちらをご参照ください。 http://www.bigissue.jp/

 最後は宣伝になってしまい、すみません。

2009-01-08

国仲さんが・・・・。

 昨夜(7日)は映画の試写会に行ってきました。

 ここ数年、お金払って映画を見ていません。・・・・どうしても見たい映画に限って、東京の小劇場などの限られた場所でしか上映されなかったり、各地を巡る自主上映が既に終わった後だったり・・・・。まあ、もうひとつ、流行に疎い私は、全国一斉ロードショー的な映画にはあまり縁がないのであります。
 かくして、広島、愛媛から福岡をすっ飛ばして、那覇・桜坂劇場へと渡った『タカダワタル的ゼロ』などは、後日DVDの発売を待って、自宅で一杯やりながら、21インチのブラウン管テレビで鑑賞することになるのです。

 といいつつ・・・昨夜見てきたのは17日(土)から全国ロードショーの『感染列島』。

 はい、古波蔵恵里夫、国仲涼子さんを目当てに馳せ参じましたぁ!今回もちゅらかーぎー看護師役か・・・。やしが、今回はえりぃのようにはいかないさぁ。あきさみよー!
 
 内容については、ネタバレになるのと、私に映画を論じるだけの素養がないゆえ書きませんが、ひとこと。でーじ、よかったです。約2時間20分、息つく暇もありませんでした。単なる近未来パニック映画ではないですぞ。
 当然のことながら、切迫する医療現場のカットが中心になるのですが、途中、雰囲気ががらりと変わって、主人公がアジアの某島を訪れるシーンがあります。インターリュード的な効果があるとともに、私にとって最も印象に残った哲学的対話も交わされます。その対話は、フライヤーに踊る煽情的な活字の中でさほど目立たない、「神に裁かれるのは人間か?ウィルスか?」という問いかけにもつながっていくと思います。
 パニックと化した医療現場や社会の人間模様、その中で繰り広げられるヒューマンドラマに焦点が当たる映画ではありますが、上記の問いかけは、昔、『エビと日本人』という本を読んだ方々の琴線にも触れるのではないかと思います。

 はい。書きすぎました。この辺にしておきましょうねぇ。

 でも、もうひとつ。ヒロインの檀れいさん、でーじ素敵。でーじ惚れた。わんの「浮気候補ランキング」
(不遜にもそんなのぼせたことを公言して憚らない不惑ふらー)の圏外から一気にベスト5入りやさ!
 第3のビール「金麦」のCM(沖縄ではOAされているのでしょうか?)を見て、そのオーラ・・・すんません、うそ書きました。フェロモンでした・・・に一目惚れ。気が強そうで繊細そうで、聡明そうで天然そうで。弱いんです、こういう女性に。マブイ、奪われました。いやいや、もう、惚れるのに理屈はないのです。
 それ以来、沖縄料理店と「わしたショップ」以外では「金麦」ばかり飲んでおります。

 まったく、何を書いているのか・・・。真面目な映画ファンの方、すみません。

 ちなみに、「浮気候補ランキング」のトップに、2001年春から君臨し続けている国仲さん、この映画の中で・・・・。私が知る限り、初めて・・・・・・・・・。涙。

2009-01-05

時間が止まったような新春風景 

 妻のじーちゃん、ばーちゃんの家での、親戚揃っての新年会に参加するようになって10年目。



 旧い農家造りの土間の玄関には老若男女の靴、靴、靴・・・。
 
   歳歳年年人同じからず

 子どもの靴は増えていきます。

 じーちゃん、ばーちゃんの靴は・・・。今はもう・・・。

 でも、すぐ近くで、昔と変わらぬ正月風景を眺めていることでしょう。
 「おまえたちばかり、美味そうに飲みおって」
 「まだまだ、おせちの味は私にはかなわないわね」


   年年歳歳飲みっぷり食いっぷり相似たり

 男たちの酔い覚まし・・・失礼、その前にお墓参り。そして、子どもたちの散歩を兼ねて、じーちゃんの残した畑までお散歩。子どもにとっては巨大な砂場?芋掘りよりも泥んこ遊び。よか天気!



 毎年のように、この畑の今後の「利用増進法」が話題になり、「だれでも好きなもの植えていいよ」という話にもなるのですが・・・。
 ウコン、クミスクチン、サンニン、島らっきょう、ナーベーラー・・・。年間を通して温暖な気候ながら、冬には盆地特有の底冷えと降霜もあるこの土地で、それら沖縄特産の植物たちが育つのか。私の「農業振興計画」は今年も心の中での思案(私案?)だけに終わりそうです。




 昔と変わらぬカルタ取り。しかし、今様の読み手はCDプレーヤー。
 おーい、札を差し込んでも読み上げてはくれないよ。


 さて・・・、一枚目の写真ですが、いささか感傷的な気分で撮ったのは事実ですが、ただ、隙あらばツッコミを入れたくなる別名・薄墨純一郎、それだけでは終わりません。「おいおい、そりゃあないだろう」という箇所をズームアップしてみましょうね。
 Read More へどうぞ。

続きがあります

2009-01-02

酒飲めば 柿臭い息 初詣

本年もよろしくお願い申し上げます。


配合飼料よりも干草の方が体に上等どぅ!

2008.3 糸満市伊敷にて。


 九州は久しぶりに寒波到来の正月になりました。
 私の実家から妻の実家への直線ルートには、凍結注意の阿蘇山越えがあるため、こういう天候の年はやむを得ず、一旦福岡の自宅へ戻り、一服してから再出発という、冬の大三角形型(?)の道程になります。

 妻は自分の実家へ「ちょっと疲れたから、ひと休みしてそっちへ向かう」と連絡を入れ、なぜか福岡・天神の初売りへと出かけて行きました。留守番の私は、暮れに空っぽにした冷蔵庫を漁っても何も出てこないことが分かると、こういう時こそ!の得意のソーミンチャンプルーで腹ごしらえ。沖縄のマースだったら具がなくても上等、まーさん!・・・やしが、ニラ2、3本くらいは入れないと寂しすぎるさぁ・・・。



 元日は私の実家近くの神社へ初詣へ出かけました。冬の午後、陽が傾くのは早く、善男善女の影は長く。
 例年、朝から飲んで、食べて、飲んで、食べて、丑年に限らず毎年のようにように牛になる元旦。「寒くなる前に行こうよ」とだれかが言うのを合図に、次々と重い腰を上げる様まで牛の如し。
 歩いて約30分の道のりは、食べ過ぎたおせち腹にはちょうどいい運動です。この毎年の恒例行事、「高齢者」の仲間入りをした母親が、6年生の孫に負けず劣らずの健脚で歩いているのを微笑ましく眺めていた私は・・・、熟柿臭い息が上がりつつも先頭集団に離されまいとピッチを上げます。

 小学校のスケッチ会以来、馴れ親しんできた神社。その時描いたはずの御神木が数年前の台風で折れてしまった以外は、昔と変わりません。地元の人々だけがのんびりと集う、ほどよい賑わいの、いつもと同じお正月の風景。バイト巫女さんの所作指導がいささか行き届いていないこと、破魔矢やお守りを売る氏子代表のおじさんが真っ赤な(?)NYヤンキースの帽子を被り、同じくらい真っ赤な顔をしてご機嫌なことなどはご愛嬌。
 
 さて、いよいよ神前に罷り出て、例年と同じく、学習することなく、例年と同じ宗教的葛藤に直面することになります。
 「はて、何をお願いしたものか・・・・」

 ふと、左右に控える狛犬どのと目が合いました。
 私は、その居住まいにシーサーの面影を見てしまいました。あ・・・・。

 「今年もどうか、沖縄に行けますように」


右下の光・・・まあ、きれいだからいいでしょう。
 いつもはこんなに静かな場所です。近所の小学生が、給食で残したらしきパンを狛犬にお供え(?)していたりします。それが正しい行為か否かについては、私は思考停止です。
 陽光の中、右下の宙空に遊ぶ光が気になりますが、まあ、気にせずに。


 追伸 ふだん、私が神仏に祈っていることですが・・・。まあ、このような個人の内面に属する事柄はあまり世間様に披瀝するものでもありませんが、前に某サイトに書いた拙文がありましたので、若干手を加えて転載しました。Read Moreに・・・・。あ、決して、宗教関係の勧誘とかではあらんですよ。

続きがあります

2008-12-30

ありがとう沖縄 2008 FINAL

 不惑を迎えてなお、臆面もなく「古波蔵恵里」の夫を名乗るふらーから、本年最後のご挨拶、ならびに、今年最も印象に残った写真を一枚。

 3月17日から3月27日まで、私は三十代最後のわがままを妻に許してもらい、長年の夢であった
「沖縄一人旅」を実現できました。

 観光旅行なら、これからも何度も機会はあるでしょう。しかし、10日間というまとまった時間、できる限り自分の脚で歩いて回るという自由、そして、多くのものを見て、感じて、立ち止まる。戦世からアメリカ世、基地のある今日までを五感のすべてで受け止める。「命どぅ宝」という言葉の意味に少しでも近づきたい、そういう特別な旅でした。

 南部戦跡巡りから始まった旅。63年前に想いを巡らせ、声無き人々の声に耳を澄ます。
・・・・・が、聞こえてくるのはサトウキビ畑を渡る風の音、はるか遠くの車の往来、鳥の声・・・・・。
 しかし、道中での多くの出会いの中で、私は、今を元気に生きる人々の言葉を通じて、亡き人々に代わる貴重な声を聞けたと思います。


読谷村楚辺

-2008/3/24-


 米軍の沖縄本島上陸地点にほど近い、海辺の公園。旅の後半、読谷村にて。
 周囲には慰霊塔や、海岸に降りれば壕やトーチカ跡などもあります。私はそれらの戦跡を訪ね歩く中でこの光景に出会いました。そして、しばし時の経つのも忘れて、歩みを止め、穏やかな幸福感に浸りながらその光景を眺めつづけました。

 どこまでも蒼い空と海。太陽。ニンガチカジマーイの名残りのような穏やかな潮風。
 おそらく戦世を体験したであろう、おじぃやおばぁが、のんびりとゲートボールの準備をしています。
 その向こうでは若者たちがサッカーに興じています。

 いつまでも、こんな平和な日常がつづいて欲しい。いや、守りつづけなければならない。



「生きてるって楽しいさぁ!」


 唐突ですが、「命どぅ宝」を象徴する第一週から始まった、『ちゅらさん』の最終回での、えりぃの最後の台詞です。

 私の旅路も、徐々にそのような心境へと移ろっていきました。この写真を撮った時も。


 では、皆さま、穏やかで、生きていて楽しい、笑顔に満ちた新年をお迎えください。
 ♪普天間かおりさんの「Tomorrow」を聴きながら。



 今から帰省です。・・・あがっ!車の中で飲むさんぴん茶も用意しないとねぇ!

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