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2009-01-22



責任と義務 God Bless 美ら海

 オバマさんが200万人の人々を前に就任演説をした日、
 私は200円(定価400円に半額シール)のイサキでマース煮を作りました。

 「200」しか共通項のない、と思える二つの話題ですが・・・。

 「責任と義務」。生命あるものを食する時、その生命を残すことなく、無駄なく、有難くいただくとともに、誠心誠意、美味しく調理することも、責任と義務である・・・と常々思っています。
 ・・・あ、それと私が、私の趣味で頻繁に食卓に上げる沖縄風料理(おこがましくて「沖縄料理」とは申せません)、妻からNGを出されないためにも失敗は許されないのであります。「だからぁ、私が嫁入り前に通った料理教室のノートのとおり、「お煮付け」にすればよかったでしょ!」と言わせないためにも、まーさんに仕上げなければならないのです。

 そういえば、スーチカーとの出会いについては先日書いたとおりですが、このマース煮をどのようにして知ったのかは思い出せません。過去に入り浸った全国各地の沖縄料理店や、NHK『ちゅらさん』の「ゆがふ」のメニューにもなく、また、旅で訪れた海人の町・糸満の店でも見かけた記憶がありません。

 あ、でも、昨年3月に那覇でFECの「お笑い米軍基地」公演を見た際に、まーちゃん(小波津正光さん)の著書『お笑い米軍基地』を買い求めたのですが、その中にマース煮に関する記述があります。
 ――嘉手納基地が見下ろせる某所(私も訪れました)のメニューに「エー小のマース煮:650円」があって、その下には「魚のバター焼き:時価」の文字が。時価って、どんな高級魚か!寿司屋か?それで出てきたのがエー小だったら怒るじぇ――(すみません、勝手に要約しました)
 この時点で、私はすでに、マース煮の何たるかは理解していました。ゆえにそのロケーションとのギャップに大笑いしたものです。ちなみにエー小・・・、エーグヮーと読むことはできたのですが、どんな魚かは知りませんでした。帰宅後すぐにその姿を調べて、再度爆笑。

 あいっ、話が逸れまくりました。マース煮ですね。
 というわけで、食べたこともなく、作り方も知らないまま日々を過ごしてきたのですが、ついに自己流で作ってみることを決心しました。
 とは言うものの、冒頭に書いた責任と義務に鑑み、作るからには美味しく作らねば、そして、妻を納得させなければ。スーチカー同様、ここでもネットのお世話になりました。そして、ここでもまた、料理サイトや主婦ブログの百家争鳴。でーじしかんだのは「きびなご(スルル)のマース煮」。たぶん、頭から丸かじりなのでしょうね。長崎県五島の名物料理「きびなご鍋」を思い出しました。

 結局、選んだ魚はイサキ、そして、参考にしたのは、なんとソムリエ・田崎真也氏のレシピ。・・・なのですが、全然てーげーでない、フレンチふーじーの手の込んだレシピでしたので、それは勘弁させていただいて、参考にしたのは塩加減だけ。「水1カップに塩小さじ1/2強」。ただそれだけのことなのですが、「海水の塩分濃度の半分くらい」という表現が好きでした。あ、もう一つ、アーサを添えるというのも参考にさせてもらいました。

 これまで5回ほど作りました。今のところ、美味しくいただけています。少なくとも、料理教室ノートのとおりの完成度を求められ、いまだ合格点をもらえない「お煮付け」よりは、妻の評点は高いです。一度だけ、小骨の多い別の魚を使ってみた時は苦労しました。魚はまーさんだったのですが、小骨とアーサが混じってしまい、食べるのに一苦労でしたが。

 そして、昨夜もまた、「黒潮源流塩」と「沖縄県産品」マーク(比嘉製茶)の乾燥アーサを用意し、鍋を火にかけたのでした。
 写真は・・・・台所が汚いので・・・・ヒヌカン様にはお見せできない有様なので・・・・どうしようかと考えましたが・・・・撮るのに苦労したので、恥ずかしながらアップさせていただきます。


 半額シール付きでしたが、地元玄界灘産。調理日は当日です。イサキさんの名誉のため・・・。


 レンズが・・・。湯気で何も見えません・・・。普通に考えれば分かること・・・。レンズ、いや、カメラにはあまりよくない使い方のような・・・。


 完成間近です。胸びれがピンと立つのは成功の証・・・と勝手に解釈しているのですが。もし、違っていたら、ご指南ください。


 最後にオバマさんへ。グリーン・ニューディール政策で、美味しい魚や塩の獲れる「美ら海」を守って欲しいものです。

2009-01-20

ブッシュ大統領最後の夜に

 ・・・というお題で書き込みをしようと思ったのですが、もう日付が変わってしまいましたねぇ。
 あ、やしが、アメリカはまだ、2008年1月19日。ということは、やはりブッシュ大統領最後の日やっさ!こんな時、沖縄のフェンスの中の人々の最高指揮官はだれなんでしょうね。

 という前振りとはまったく関係のない・・・・あ、最後にはオチをつけます・・・・昨日の掲載作です。

2009年1月19日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ

長っ!


 前回(1月5日)掲載の折、「画」の見えるネタが云々などと、偉そうに講釈を述べさせていただきました。今回、もうひとつ、風刺の重要な要素について思うところを、タカウチャガーにならんようにククリティ書きます。よろしくお付き合いください。

 それは「共感」であります。薄墨は勝手に、大きく二つに分けて考えております。

 「そうそう、だーる、であるねぇ」、「言われてみればそうやさぁ」とみんなが思っていること。お笑いの「あるあるネタ」に通じるものもあるかもしれません。そういうツボをいかに突けるか。これが一つ目の「共感」であると思います。
 為政者の失言や失態の揚げ足取りなどというのは題材に打ってつけです。ただ、賞味期限が短いのと、あまり続けると食傷気味になるのが難点です。あとは所謂「時の人」や、世間の目が一斉に向けられているニュース(暗い気持ちになってしまうニュースは除きますが)を、いかに旬を逃さずに料理するか。もちろん、他者だけでなく、庶民代表としての我が身をも笑いの対象にするのも大いにありだと思います。

 一方で、比較的地味なニュースに光を当てたり、まったく別次元の話題をチャンプルーして、一つの
風刺ネタに料理するのもまた、醍醐味であります。
 瞬時に「ぷっ」と噴き出すというより、しばしの黙考の後、「はあ、なるほどねぇ・・・」と余韻に浸っていただけるような、いい意味で浮世離れしたような、ヨンナーヨンナーで心に染み入ってくるような、そういう緩やかな「共感」もあっていいのではないかと思っております。
 薄墨思うところのもう一つの「共感」です。
 さらに、そこにメッセージも込めることができればなお一層・・・。


 と、ここまで書いてきて、「じゃあ、今回の作品は一体何なんだばぁ!?」と自問自答するに・・・。
あげっ!本当に何なんでしょう。・・・自分の心の暗部を曝してしまったような。
 「共感」の「き」の字もない、いささかブラックに過ぎる、しいて言えば「妄想」ネタとでも呼ぶべきでしょうか。下手をすると、現実にこんな悪さをする輩が現れてしまって、薄墨は犯罪教唆の罪状で、裁判員になるより先に被告人に?あぁ、「妄想」の暴走やさぁー!

 ・・・ところが、意外にも、孫を持つ「高齢者」を含む身内からは概ね好評で安堵しました。作者の理解を超えたところで「共感」を得られたようです。久しぶりにウケてくれたとぅじは、「あるある」と正反対の「ありえねー」というツボにはまったそうです。

 ということで、あとは後世の歴史家の評価に委ね・・・・といえば、あいっ、そうでした。今日はブッシュ氏の話から始まったのでした。
 「共感」という話もひっくるめてオチをつけましょうかねぇ。・・・ちょっと古い新聞を・・・。


2003年4月20日付 朝日新聞西部本社版 「声」欄 かたえくぼ

ヒトゲノム・・・よく分からんさぁ。


 5年近く前の掲載作です。イラク戦争が始まって、緒戦が収束して間もない頃です。故・フセイン氏も「We Got Him」される前です。

 不肖・薄墨、実は通算100回目の掲載を達成した時、迷うことなく本作を歴代ベストに選びました。
 上述の「共感」の、二つ目の考え方に該当するかと思います。
 「戦争反対」、「和平」を声高に叫ぶのではなく、・・・というか、なかなか風刺にはなじまない戦争に対して、DNAの視座から、ヒトとヒトとの愚かしい営為を眺め、

「だからよー、同じヒトなんだからよー、やめたらいいさぁ」

というメッセージを、静かに、しかし、風刺人として為しうる限りの力を込めて訴えたつもりです。

 ちなみに、ヒトゲノムの何たるかについては・・・、「だからよー (沈黙) 」


 薄墨、この頃はまだ「濃墨純一郎」でした。同音同名だった当時の首相は、「どこが戦闘地域か分からない」と公言して憚らないまま、自衛隊派遣の準備を進めていました。

2009-01-15

遠く離れても・・・


 昨日からこの地図を眺め続けている。

2008年3月19日~20日の足跡


 戦が終わって63年が経とうとする春、家並みや畑や小路や壕を歩いた記憶に

  戦が終わって64年が経とうとする冬、悲しく、悔しく、痛々しい記憶が積み重なった。


 静かでのどかな場所だったという記憶。

  見てきたつもりでいて、見えていなかった歴史の傷跡。

小波蔵より名城の夕陽を望む


 埋もれていていたものが今なお、人を傷つける。

  傷ついた若者の平癒と、ご家族に笑顔が戻ることを祈る。

   年老いた者たちの、心の傷が甦らぬことを祈る。

2009-01-14

真夜中のオイルショック

 寒い。そして、わじわじわじわじ――――。
 風邪ひき。丑三つ時。・・・なのに、窓全開。換気扇まで回す。
 夜のしじまの中、風呂場の残り湯で布団のシーツやら、靴下を洗う。
 手が臭い。足が臭い。床も臭い。部屋も臭い。
 激しく咳き込む。やしが、咳をしてもひとり・・・。

 数日前から、「鼻から?喉から?」と仲間由紀恵さんが訊いてくる状態だった。
 映画『感染列島』の試写会で本当にウイルスを貰ってしまったのか。
 それとも・・・、あっ!檀れいさんへの「熱から?」。
 
 そんな体調なのに、なんでこんなことに・・・・。

冗談はさておき、少し時間を遡りましょうねぇ


 1時前には生姜湯を飲んで、いつもどおりに寝床に入った。しかし、咳が止まらない。呼吸も苦しい。寝付けない。
 そのうち、横で寝息を立てていたとぅじが、半分寝とぼけながらも、苛立った非情な言葉を投げかけてくる。
「もう・・・・、眠むれないんだけど ・・・★□£Δ∬☆¨↓◆・・・うるさい・・・!」。

 思わずカチンときた。こっちも眠れなくて苦しい思いをしているのに。
 衝動的に起き上がった私は、寝間着の上からフリースを着て、セーターを着て、さらにコートを着た。寝室を出て、居間へ“家出”することにした。こういう時の身の処し方は心得ている。
 一杯飲みながら、しばらく本でも読むことにする。一杯が二杯・・・。二杯が・・・。悪くはない。

 が・・・、もしかすると、そのまま居間で寝入ってしまうかもしれないとも思い、さらに掛布団まで持ち出す用意周到さ。
 しかし、これが惨劇の始まりだった。

 掛布団を引きずるように、居間へ向かう。頭はすでに飲むことだけを考えている。「杏露酒は風邪に良さそうだが・・・、泡盛と混ぜる?美味しいかねぇ?それより、フーチバー茶でも煎じて・・・。肴はあったかねぇ・・・。」。気もそぞろ、とはこのこと。
 ・・・・・・寝ぼけた目線は虚空をさまよう。飲む前から五感は呆けている。
 ・・・・・・が、嗅覚が異変に気づく。

あきさみよー!

 床が水浸し !? いや、でーじ臭い !!

  あらん!灯油が床にこぼれ出しているー !!!!

 引きずっていた掛布団が、灯油のポリタンクをひっくり返してしまっていた。給油ポンプを挿し込んだままだったので蓋をしていない。瞬時に1リットル以上の灯油が床一面に広がる。
 
 とりあえず、ポリタンクを起こす。あとは資産価値の高いものから順に退避させる。あ゛――!わんのお宝CDラック!あ゛――!お笑い米軍基地とゴーヤーマンのストラップをつけたマイ・デイバッグ!
あ゛―!とぅじの帽子(床に置くなよ・・・)!あ゛―!正月に貰った箱入り高級みかん。いや、何よりも掛布団がっ!あ゛―――!大きな染みが。そして、しに灯油臭い!この真冬に布団がないと寝れんやっさぁ・・・。

 いやいや、それと同時に、オイルフェンス・・・とにかく灯油が広がるのを食い止めねば!ありったけの
ボロ雑巾を投入して拭き取り。・・・だめー!全然足りんやっさ!
 こういう有事のために後生大事に取っておいた、ボロ雑巾寸前まで着たTシャツやら、股の擦り切れたトランクスなどもひっぱり出す。最後のお勤めがこんな形になって申し訳ない。君たちの勇敢な最後は忘れないぞ!

 
 明日はまったく洗濯日和ではない。しかし、洗濯だ。応急処置でバケツに放り込んでいる、灯油臭い山のような洗い物。
 その前に、油汚れに強いとかいう洗剤を買いに行かないといけないかもしれない。その前に、本気で
風邪を治さないといけないかもしれない(騒動の真っ最中に杏露酒をほぼ一本、お湯割りでヤケ飲みしたが、身体が冷え切っている)。そして、その前に、とぅじに事の顛末を説明し、然るべき処分を受けねばなるまい。

 それにしても、これだけの大騒ぎの音にも目を覚まさない、爆睡中のとぅじ。そもそも寝入りばなに、私の咳ごときに文句を言わなければこんなことには・・・・、というのは責任転嫁が過ぎるだろうか。
 ・・・・・・過ぎると思う。

台北にて購入。唐辛子も入ってました。

 気分直しに。台北で、脂っこいものを食べた後に買った健康茶です。どうやら沖縄のゴーヤーを使っているというふうに読めます。
 灯油は分解してくれないかねぇ・・・。

2009-01-12

数値化できない味

大分県産 錦雲豚です。

 ストーブの上でスーチカーを茹でています。なんとなく幸せな冬ごもり気分。何をするでもなく流れる休日の時間、そんな緩やかな時の流れに委ねるスローでエコな料理。時折、思い出したように蓋を取ると、湯気が立ち上り、香りが部屋を充たします。

 「ストーブの上に物を置かないでください」と取扱説明書には書いています。でも、かれこれ10年近く、やかんでお湯を沸かし、カレーやシチューを煮込んでいますが、何の問題もないです。ストーブの上に
やかん、卓袱台の上にみかん、これぞ日本庶民家庭の冬の風物詩。なんくるないさぁ!


 さて、スーチカー、スーチキとも呼ぶようですね。よく行く福岡市内の沖縄料理店ではスーチキです。
 昨春の沖縄旅行以来、すっかり我が家の定番メニューになりました。茹で汁とともに冷蔵庫の常備菜です。しっかり脂抜きしたスーチカーは、夏は薄切りにして、オニオンスライスと一緒にポン酢で。冬はデークニ・ンブシーやイナムドゥチにも。フーチバージューシーには細かく刻んで。主役でも脇役でも、いい味出してくれます。

 茹で汁もでーじ上等ですね。さすがに一回目の茹でこぼしは塩と脂が多いので使えませんが、二回目の茹で汁は万能だしです。少し塩分は濃いですが、それは全体の味付けで微調整。
 さらに、半日ほど置いておくとラードの膜が固まってきます。最初は「脱・メタボ」のため、もったいないと思いつつ捨てていました。しかし、ジューシーに入れてみるとご飯が艶々のピッカピカ。コクも深まりました。この自家製ラード、今では他の料理にも有効活用されています。
 そして、この茹で汁とラードのコンビ、以前から自己流で作っていた(今でも自己流ですが)かつおだしだけの「クーブイリチーふーじー」の味も劇的に変えてくれました。今ではメインディッシュ待遇に昇格し、食卓では奪い合いです。

 やしが・・・、スーチカーの茹で汁でイナムドゥチ? いくらなんでも、てーげーすぎ? 塩分摂り過ぎ!?
 私も最初は逡巡しました。でも、水で少し薄めて、また、味噌の量を加減したりして、二回目からはうまくいくようになりました!
・・・はい、一回目は失敗しました。塩辛すぎる!海水じゃー!・・・「マース煮ふーじー」でした=:[

しろま食堂。那覇市西2丁目。昨年5月に40周年を迎えました!

 しろま食堂さん。那覇市西2丁目。昨年、40周年を迎えた老舗。でも、おかあさん、元気です!
 旅の中日にふらりと立ち寄り、すっかり意気投合。沖縄最後の夜も楽しいひと時を過ごさせていただきました。その夜、おかあさんが店の前の植え込みの葉で作ってくださった「サン」は、この上なくうれしい真心のこもった沖縄土産でした。自宅に帰り着くまでずっと、胸ポケットに挿してお守りにしていました。
 そして、このしろま食堂こそ、普天間かおりさんファンの聖地・・・、ということは皆目知らなかった私が、数日後には大ファンの一人に。縁とは不思議なものです。

 さて、いろいろな手料理をご馳走になって、いっぺーまーさいびん、タラジサビタンだったのですが、後日、写真を整理していた時、お店の前の看板に目が止まりました。そこには、「あい?その料理、食べてないねぇ」・・・というよりも、初めて見る未知の料理の名前が。

 「スーチカー、ぬーやが?」

 そうなのです。私は本場沖縄で本物のスーチカーを食べるチャンスを、目の前で逃してしまっていたのです。

 さっそくネットで調べてみたところ、三枚肉にたっぷりの塩をまぶすところまでは同じなのですが、その後が・・・、冷蔵庫で一日、常温で一週間、ラップで巻く、軒に吊るす!?さらに茹で時間や湯を代えるタイミングまで、プロ、アマ入り混じっての、料理家の百家争鳴状態やっさ!

 結局、冷蔵庫で二晩、茹で時間はてーげー、というのが今のところの自己流です。
 
 次回、しろま食堂に行ったら、「ビール?シマー(泡盛)?」と聞かれる前から最初にスーチカーを
注文し、その40年の歴史を経た味の極意を伝授賜りたいと思っております。

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