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2008-12-02



月桃(サンニン)の香り、まんじゅうの思い出

 あぎじゃび!昨日はツチイナゴくんが、私に代わって書き込みをしていったようです。脚が6本あるだけに、私よりキータッチが速かったようで、あっという間の仕業でした。あいっ?人間は指が10本あるばぁーって?それは・・・、ブラインドタッチができれば、の話ですね。しかしまあ、さすがは昆虫、複眼的(?)に私のことをよく観察しているようでした。

 ひげ?
 突然ですが、さて、これは一体何でしょう?

 忘年会の余興で使う"つけヒゲ"、ではありません。ホコリがよく取れるお掃除グッズ、でもありません。

 実はこれ、サンニンの葉っぱです。それも、那覇は儀保の名物、「の」まんじゅうを包んでいた葉っぱの、紆余曲折を経た姿なのです。そして、今もなお、私の胸元から沖縄の香りを発しつづけています。
 私はこれを、3月の沖縄旅行から戻って以来、いつも胸ポケットに入れて持ち歩いていました。ポケットチーフふーじーに、どんな場所でも。すると、ポケットから出ているモジャモジャの物体を見て、多くの方から「それは何ぞや?」と尋ねられました。
 「何かのおまじない?」 「ポプリの一種?」 「怪しい草・・・?」。
 私は問いには答えず、「とりあえず匂ってみて」とそれを相手の鼻先に差し出すと、おもむろに薀蓄を語り始めるのでした。
 たぶん・・・、いや、間違いなく、変な奴だと思われたでしょう(三板もポケットに入っているし)。自分でも変だと思います。でも、沖縄愛を、迸る愛を、へんな~に表現しつづけます!十九の春から想いつづけてきたように。

 さて、何ゆえにこのようなものが出来上がったかと申しますと、実は最初は、「サン」を作ろうとしたのです。沖縄で出会った方から、「サンニンでもサンはつくれるさぁ」とお聞きしていたことを思い出したのです。捨てるに捨てられずにいた「の」まんじゅうの葉っぱ、部屋の中で吊るして乾燥させていました。そして、一ヶ月を過ぎてもなお、鼻腔を通って記憶中枢にまで届く香り。私のプルースト効果はマドレーヌあらん「ぎぼまんじゅう」!
 「サン」作りは難航しました。複雑に入り組んだ葉脈に沿って・・・とかいう以前に、私がしに不器用で、サンニンの葉っぱは、そばのだしをとる削り節のような細切れになってしまったのでした。しかし、途方に暮れつつ、何の気なしにその細切れを束ねて中心を軸で結んでみると・・・なんか、面白いものができました。全然、予定と違うけど。やしが、「サン」よりコンパクトだから持ち歩くには上等どぅ!
 かくして、エコロジカルなアロマテラピー・グッズが結果オーライで完成したのでした。

 サンはレモングラスで作りました。

 結局、「サン」を作るのに用いたのは庭に繁っているレモングラスになりました。香りもいいし。そうです、ツチイナゴくんたちの「世果報の家」です。ちゃーびらさぁーい、少しだけ頂戴しましょうねぇ・・・・って、私が大家さんなんだけど・・・・。ところが。
 あげっ!どれもこれもギサギザあんに!無傷のきれいな葉っぱ、じぇんじぇんない!
 まあ、見事になことに、どの葉っぱにもかじった跡が。イナゴはかじる。私はわじる。マラソン金メダルはワンジル・・・。
 期せずしてニンゲンとイナゴとの恩讐の歴史を追体験しつつ、草むらの中、忘我の境地で無傷の葉っぱを探しているうちに、私は別の昆虫の存在と身体のむず痒さに気づき、さらにわじわじー!

 沖縄のことについてひとつ、勉強になりました。「サン」はがじゃん除けにはならないさぁ・・・。

 最後に。ツチイナゴくんに暴露されたことについて。サンニン茶は、福岡にもある「わしたショップ」で買い求めているのですが、たしかに、彼が言うとおり、飲んだ後の茶かすは生ゴミにせず、庭に撒いています。なんか、それが土に還り、やがて沖縄のような豊穣な土壌に変わるんじゃないか、はたまた、庭から沖縄の香りを含んだ風が吹いてくるのではないか、などという、根拠も可能性もまったくない夢を見つつ。これもまた、へんな~沖縄愛やっさ!
 
:**:今日の一枚:**:
 「THE ONE/土岐英史」
 11月の新譜。久しぶりのワンホーン、カルテット、そして、色気と渋さとテンションに満ちたストレートなジャズ作品。最近の作品では、本作にも参加しているベースの坂井紅介さんのソロ作とほぼ同じメンバー(同作は峰厚介さんとの2ホーンだったですが)です。その前となると、90年代初頭のファンハウスのバラード集連作かな。いずれも、ドラムはトコさん(故・日野元彦さん)でしたが、この作品では進境著しい江藤良人さんがその席に座りました。また、ピアノには大石学さんに加え、椎名豊さんが参加しているのも興味深いところです。椎名さん、そろそろ新譜を期待したいところです。
 さて、土岐さんの音色とお名前を初めて耳にしたのは、高中正義さんのライブだったか、それとも、松岡直也さんのバンドだったか。いずれにしてもラジカセの、モノラル電波のFM放送からでした。1980年代初頭、ジャズ、フュージョン、ロック、ラテンなどが文字どおり「フュージョン」していた時代のことです。
 40歳になった今でも、80年代当時(中学生でした)のサウンドに心躍る一方、やはり、本作の♪When I Fall In Love のような曲に心がとろけるようになりました。    飲みたい。
  

2008-11-30

ハイサイ、ツチイナゴやいびんどー!

 ぐすーよー ちゅーうがなびら ちゃーがんじゅーやみせーみ?
 寒くなっやしが わったーは がんじゅーやいびーん!

(皆さま こんにちは ごきげんいかがですか。寒くなったけど ボクたちは元気ですよー!)
 
 どうも。手乗りくんです。 

 あぬひゃーや ウフソームンやくとぅ わったーぬ命どぅ いんちゃさん
   勘ちげーそーんようやいびん。

 (あいつさぁ、そそっかしいうっかり者だから、ボクたちの命はもう先が短いと勘違いしてんだよね・・・)
 
 はぁ 難儀ぃ・・・ ウチナーグチ やっぱむちかさんどぅ (難しい)


 どうも~、失礼しました。アイツの真似をして、沖縄の言葉で書いてみようと思ったんだけど、やっぱ無理だわ。だいたい、人間の言葉を使うこと自体、初めてなんで。でも、アイツだってウチナーンチュじゃないんでしょ? 沖縄の音楽を聴いたり、沖縄のお笑い芸人さん(FEC)のブログを読んだり、あと、沖縄言葉関連のサイトを片っ端から「お気に入り」に追加したり、「好きこそものの上手なれ」と、精進はしているみたいだけどね。なんか、話す時のイントネーションも不自然に変だよ。なんでもかんでも「~さぁ」とか言って、奥さんに怒られてる。昔、『ちゅらさん』に「ジョージ我那覇」って、出てきたよね。鮎川誠さんが演じたライブハウスのマスター。あんな感じかな。・・・・いや、あんなにカッコよくない。

 アイツ・・・、あ、申し遅れました。このブログ書いてる人ね。最近、へんな機械を持って、ボクたちの住んでる草むらにいっつも顔を突っ込んできて、なんか、その機械をいじりながらニヤニヤしてる人間なんだけど、まあ、悪いやつじゃないよ。やってることは住居侵入と覗き行為―許容範囲かな―だけど。でも、農薬とか除草剤を撒いたりしないし、カマキリは何度も追い払ってくれたし(でも、アイツ、カマキリも嫌いじゃないみたい。そっと掴んで、遠くの繁みに放り投げた後も、無事に着地できたか、申し訳なさそうに見届けていたよ)、何よりも、アイツがボクたちに住まいと食料を提供してくれているんだからね。

 でも、本当はアイツも、ボクたちの食べているこの同じ草を食べたいらしいんだよね。変なやつ。これ、レモングラスっていう草なの? イネよりはちょっと酸味があると思ってたけど。アイツはなんか、ハーブティーだの、トムヤンクンだの、言ってたな。ボクたちは生食が一番美味いと思うんだけどね。とりあえず、アイツが何も言ってこないから、好き勝手に食べさせてもらってたけど。
 
 そうそう、それで、最近の顛末はアイツが書いてたとおりなんだけど、ここんとこ、お互いにずっとすれ違いだったんだな。というか、今日、最初にボクがウチナーグチでわじった理由はね、アイツ、ボクたちはもう短い生涯を終えて、とっくにグソーへ旅立ってしまったと思い込んでいたらしいんだな。ちょっと前の写真を眺めながら、懐かしい面影だとか、過ぎ去りし秋の追憶だとか、あろうことか「遺影」だとか、勝手なこと言って感傷に浸ってたんだよ。冗談じゃないぜ!

 はっきり宣言します。ボクたちはそう簡単にグソーには行きませんっ!今もクヌユーにいます!
 ボクたちの正式名称はね、「ツチイナゴ」。眼の下のラインが目印にしてチャームポイント。そして! そして、ここからが大事よ。ボクたちは「成虫のまま越冬することができる種」なんです!・・・・って、昆虫図鑑に書いてた。・・・・ってことを、アイツ、今頃になって知って、びっくりしてたよ。・・・・でも、アイツ、嬉しそうだったな。ボクたちの草むらに顔を突っ込んだまま、ずいぶん長い時間、幸せそうな顔してた。しばらく見つめ合ってたら、アイツ、突然、指に乗れって言ってきた。ちょっとつき合ってやったけど、あれ、実は結構気持ちよかったよ。岩盤浴みたいにポカポカしてんだ、アイツの指。だから、降りろって言われても粘ってしがみついてた。しばらく遊んでやっていたら、「バッテリーが切れた!」とかブツブツ言いながら帰っていったっけ。

 そういうわけで、ボクたちとアイツは、今しばらく、仲良く共存共栄することになると思います。
 アイツね、最近、ハーブティーよりも、「さんぴん茶」とか「グァバ茶」とか「くみすくちん茶」とかに凝ってるみたい。「収穫」っていうの、今年はやらないそうだ。よかったぁ。


 ツチイナゴの幼生
 これは、ボクたちとアイツが初めて出会った日。9月10日です。これくらいの年頃は「幼生」って呼ばれるらしいんだけど、あんまり覚えていないな。あ、そもそも、これ、ボクかどうかも分からないよ。だって、この頃は仲間がたくさんいたから。・・・・・でも、ふつうさぁ、この時点で、ボクたちが「ツチイナゴ」ってこと、調べない?

 
 右脚上げて 左脚上げて
 11月26日。アイツの指の上で運動しているボクです。右脚上げて、左脚上げて、四股踏んでるみたい? 長い冬を乗り切るための下半身強化のトレーニング。・・・・な~んて風に、アイツ、勝手にニンゲン目線の話を創るんだろうな。まあ、別にいいけど。揚げ足とるようなことを書かなければね。

 
 やしが・・・・ ひーさぬ! 寒っ! 枯れ草の下にでも潜り込むか。
 ん? なんだ、この葉の匂いは? 月桃? あ、アイツ、また、庭に「サンニン茶」の茶かすを捨てたな!


:**:今日の一枚:**:
 「WINTER SONG/Paul Winter」
 これからの季節にぴったりの一枚です。
 この上なく美しいソプラノサックスを吹くポールさん、クジラとセッションしたり、野生動物の声をSEで入れたり、グランドキャニオンの一日を描く壮大な交響詩的組曲を作ったり。最近再発された音源で、昔はバリバリのジャズメンだったというお顔も知りましたが、LIVING MUSIC レーベルを立ち上げてからは、もっぱら自然との共生をテーマにした作品を発表しています。
 もちろん、それらの作品群はすばらしく、私もほとんど持ってます。しかし、時としてそれらのメッセージが、音楽それ自体を楽しむ喜び以上に、心に強い残像を残してしまうことがあるのも事実です。あと、私、クジラが好きなので複雑です・・・。特にベーコンが・・・。
 そういう意味では、北欧のトラディショナルなどを取り上げたこの作品は、純粋に音楽の楽しさ、美しさを満喫できる一枚です。ジャケットがすべてを物語っています。最後に収録されている「JOY」、J.S.バッハもきっと、踊り出すでしょう。

2008-11-28

再会。レモングラスは世果報の家。

えぇっ!おまえたち、まだ生きていたのか!こんなに寒くなったのに。

冷え込んだ後の雨上がりに  手前が「手乗りくん」。奥が「ヒゲじぃ」。

 「手乗りくん」に・・・、あっ、「ヒゲじぃ」まで!
 
 11月1日を最後に、その姿を見ることがなかったイナゴくんたち。庭に植えて・・・いや、自生しているレモングラスの繁みに、世果報の家を見つけた小さな命たち。アブシバレーはしないと約束した私との、晩秋のひとときの幸福な交歓。そんな日々も、ここ数日の冷え込みで儚く終わったものだとばかり思っていました。
 「虫たちにもニライカナイはあるのかな」。数々の写真を眺めては彼らの面影を偲びつつ、最後に撮った写真を見ては「かわいい遺影だな」などとシニカルなことを言ったりしていました。 ところが・・・。

 手乗りくん。もしかして、私の体温が気持ちいい?
 11月26日撮影。たぶん、「手乗りくん」だよね。差し出した指におずおずと乗ってくる仕草、そして、何よりもアップで見る顔。私は昆虫の個体識別ができるほどの専門家でも、天才でも、ふらーでもあらんですが、でも、きっとそうだよ。
 
 10月24日の写真と見比べてみようねぇ。おおっ!この一ヶ月の間に立派な羽が生えて。この頃はまだ、小春日和の陽射しだったね。
 左手に芙蓉の花。右手に彼らの桃源郷、レモングラス。

 ちなみに「ヒゲじぃ」は、他の個体がまだ幼生の面影を残している頃から老成した面構えをしており、口の周りに立派なヒゲ(体毛?)を生やし、カメラを向けると威嚇のポーズをとるようなやつです。・・・・あ、個体識別してるあんに。やっぱり、ふらーか?
 やしが、10月24日に見かけたのも2匹だけだったので、たぶん、間違いないでしょう。

 毎年、この時期には、レモングラスは刈り込んで、干してハーブティーや料理の材料にするのですが、今年はこのまま、イナゴくんたちの世果報の家を残してやろうと思います。
 
:**:今日の一枚:**:
 「Precious/普天間かおり」
 今年3月の沖縄旅行で運命的な出会い。といっても、食堂に貼ってあったポスターと目が合ったのですが。マブイに響くものがありました。今や私の音楽生活に欠かせない、大好きなアーティストです。
 福岡には頻繁に来てくださるので、これまでに4回、生の歌を聴くことができました。そして、12月21日(日)、福岡市大名「ROOMS」でのライブが待ち遠しいです。心の深奥に届く歌詞と歌声と、飾り気のない笑顔に溢れたお人柄とのギャップという魅力が、ライブでたっぷり楽しめそうです。

2008-11-27

片想いの軌跡(1) 琴椿

 昨日の相撲の話で書き忘れたのですが、20年近く前に応援していた、今でも忘れられない関取がいます。
 
 1990年の九州場所、私は幼い頃からの夢を叶えました。それは、「じいちゃんと一緒に升席で酒を酌み交わしながら相撲を観ること」。
 初めての土俵下。しかし、館内は閑散。観客よりも協会関係者の姿の方が多いのではないかと思われる静けさ。それもそのはず、まだ序の口の取組が淡々と行われている時間。そんなお昼頃から早々と出かけたのでした。
 持ち込んだ1升のお酒を、祖父はいつになくハイペースで空けていきます。
  「じいちゃん、そんなに早く飲んでたら、途中で足りなくなるよ」
 祖父 「何を言っとる。今のうちに飲んでおかんと、十両の相撲が始まったら飲んどる暇などないぞ」
 そんな調子だったので、三段目あたりに入った頃にはすっかり上機嫌。偶然、私と同姓の、まだ四股名もなく本名で土俵に上がっている力士が登場した時には、仕切り中に大声で、「○○!」と名前を連呼する始末。すると、興に乗った他のお客さんまでもが呼応して「○○!がんばれ!」と、時ならぬ○○関ブーム。土俵下の勝負審判からは冷たい視線が・・・。
 
 と、本題を前に長々と脱線してしまいました。こんな調子でお酒が入っていたこともあり、当時、どんな関取衆がいたのか、まったく思い出せません。その日、土俵に上がった横綱や大関さえも (まあ、ネットで調べれば何でも分かるご時勢ですが)。ただ、肉体と肉体がぶつかり合う音、いや、衝撃波の迫力だけは強烈な印象として残っています。

 そして、ようやく、冒頭に書いた忘れられない関取。この関取だけははっきりと覚えているのです。それだけでなく、上述の○○関以上に、大歓声で応援したことも。
 琴椿関。沖縄県出身。玉城満さんのようなウチナージラー(もちろん髭は無し)だったような。元プロレスラーの寺西勇にも似ていたような。そして、土俵入りで、他の力士と比べて際立った浅黒い肉体。決して大きくはないけど、元横綱・北勝海のような、筋肉質で丸っこい体型でした。

 しかし、なにゆえに琴椿関を応援し、また、今日まで心に残っているのか。沖縄への「片想いの軌跡」のヒントにならないだろうか・・・。
 この話は19歳の初冬の思い出です。前に書いた「残波大獅子太鼓」との出会いが同年の10月。ほぼ同じ時期です。やはりこの頃に「恋」をしたのか。それとも、もっと以前に・・・?
 
 折に触れ、この「片想いの軌跡」を辿ってみたいと思います。「十九の春」より前の「何か」が、ある日、思い出せるかもしれません。
 

2008-11-26

最年長のホープよ、来年こそは!

 大相撲九州場所も終わりました。安馬関の活躍が記憶と記録に残る場所でした。
 何年前だったか、絶頂期の横綱・朝青龍に初挑戦するも、手も足も出ずに一蹴された取組の後、「弱いお相撲さんでごめんなさい」というコメントを残したことが印象に残っています。これは決して自虐的な台詞ではなく、好勝負を期待したファンへの申し訳ないという想いを、精一杯の日本語で、心からの言葉にしたものだと――平素の彼の言動からにじみ出る人柄から――受け止めました。
 彼には、モンゴルやブルガリアから駆けつけてくれるような父上はこの世にはもうおられませんが、その悲しみの場所を最後まで務め上げた時のことを忘れずにこれからも精進して欲しいものです。
 伊勢ヶ濱部屋の宿舎があった太宰府市。西鉄太宰府駅前や太宰府天満宮などにも、関取衆の幟がはためいていました。安馬関、大関に昇進したら四股名が変わるという話が出ているようですが、この幟も見納めでしょうか。

 太宰府天満宮の入り口にも幟が。大関になったら四股名、変わるのでしょうか?
 太宰府天満宮参道にて。背景は天満宮の鳥居や参堂の茶屋です。

 さて、そんなスポットライトの当たる世界とは遠い、でも、今場所から応援することになった力士の話をつづけます。
 私の住む街にもいくつかの部屋の宿舎がありました。思わぬところでの力士たちとのふれ合いもあります。私の場合は裸でのお付き合い。まわしを付けて土俵で・・・ではありません。正真正銘、一糸纏わぬ本当の裸。
 私の行動エリアに、嬉しいことに温泉公衆浴場があります。万葉集にも詠まれた古い歴史のある温泉。そんな湯に、200~300円で入れます。幸せ~。で、九州場所開催中にも何度か通ったのですが、そんなある日、ひとりの力士と出会いました。言葉は交わさなかったのですが、火照った体を冷ますため屋外のベンチに並んで座っていると、お連れの方とのこんな会話が聞こえてきました。

青年 「十両まであと一歩、ってこともあったんですか?」(<オイオイ、きつい質問するね)
力士 「幕下2枚目の場所、3-4(3勝4敗)で、上がれなかったなぁ」(<遠くを見つめるような目)
青年 「スカウトって、何歳くらいまでしてくれるんですか?」(<ほう、相撲の道に進みたいのか)
力士 「大学卒業までだから、22歳じゃないかな」
青年 「じゃあ、呼び出しさんとかは、年齢制限なし?」(<職種不問。とにかく角界入りしたいらしい)
力士 「う~ん、定員があるから、定年の人が出て空きができないと」
青年 「えっ!今、だ、だれか、定年間際の人、いませんかっ?」(<・・・・・・。)

 青年はお見かけしたところ、後援者か宿舎のせがれといったところか。力士の方は、若くもなく、かといって老け込む年でもなく、しかし、その体躯はパンパンに張っています。話の内容からして、まだこれからの力士。稽古して食べて、また稽古して、関取を目指すんだろうな(と思いました)。隆起した肩の筋肉から立ち上る湯気が、びんつけ油の香りをより一層、強くしました。

 その後、温泉の常連さんから、近所に投宿している相撲部屋の名前を聞き出し、帰宅して早速ネットで検索。部屋のホームページがすぐ見つかり、所属力士のプロフィールまで見ることができました。
 私が出会った力士は・・・、確かに経歴を見ると最高位は幕下2枚目。そうだったか。もしも・・・もしも、この場所が4勝3敗だったら、十両昇進、関取の呼称、大銀杏と、力士の誰もが目標とする夢を達成できたのに。ひとつの白星・黒星が運命を大きく変える厳しい勝負の世界。そして、彼の今場所の番付は東幕下41枚目。
 応援する、と言ったところで、ネットで星取表をチェックするだけのことなのですが、それだけのことでも、この力士のことを心から応援したいと思いました。そして・・・。おおっ!3連勝、温泉パワーだ!一気に勝ち越して、大勝ちして、十両を狙える位置まで番付を上げよう!  中日で初黒星。まだまだ、3勝1敗。  えっ・・・ ● ● ● 。 なんと、その後3連敗で、まさかの負け越し。ああぁぁ。。。

 気を取り直して。この部屋のホームページ、なんだかとても微笑ましいのです。各力士の紹介に、キャッチフレーズというか、謳い文句みたいな名前が付されています。
 「角界のヒグマ」「歩く核弾頭」「IQファイター」・・・なるほど。ところが、この後が、ちょっとへんな~感じになってきます。
 「最強の小卒」・・・あの~、中学校は? 「コスプレ力士」・・・早く化粧まわしを着けなさい! 「町内のなんでも屋」・・・技能賞を獲るのは相撲やさ! 「ノミの心臓」・・・・・技・体・心・心・心・!!!
 そして、私が出会った力士のキャッチフレーズは・・・「最年長のホープ」!「ホープ」であることに異存はないのですが、「最年長」とは・・・?ところが、生年月日を見てビックリ。35歳あんに!温泉でお見かけした時には、とてもそんな年齢には見えなかったのですが。まだまだ張りのある若々しい身体だったし。・・・と、40歳メタボの私が言っても説得力ないか。
 
 温泉での偶然の出会い。これもいちゃりばちょーでー、かな?蔭ながら応援してます。来年、番付を上げて、九州場所へ帰ってきて欲しいものです。
 ちばりよー、「最年長のホープ」。ちゅーばーになろうねー、栃の山関!
 
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