2014-03-10

復興と人のこころ

   
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   「沖縄の戦後はここから始まった」とも言われる、石川の街並を見下ろす。
   
   インターの背後には石川岳、その向こうは恩納岳、
   その先に霞むのは、石岳、久志岳、辺野古岳の山並だろうか。
   緑の多くは、米軍の演習場。
   金武岬の向こうには、大浦湾や辺野古崎。



   大浦湾岸の歴史を紐解いていて、戦後、多くの人々が、
   この一帯に集められたことを知った。
   終戦直後の「収容」という形であったり、あるいは、
   本部半島に新たな飛行場を造るための強制的な「移動」であったり。
   
   大浦湾一帯の「戦後」は石川の「戦後」よりも、
   もっと過酷で、長きにわたる「戦後」であったという印象を持つ。



   舞天さんや林助さんの「ヌチヌグスージ」(命のお祝い)の話が好きだ。
   そんな時代にまた、「屋嘉節」や「二見情話」も生まれたのだろうか。

   でも、みんながみんな、時が移ろうとともに、前を向いて、
   笑顔や心の安寧を取り戻していけたわけではないこということにも、
   想いを致さねばならないと思う。


   たとえば、「世代を結ぶ平和の像」の除幕式までの42年間、
   チビチリガマを訪れることのできなかった天久昭源さんの、
   それまでの生涯を想う。


   人それぞれの、人前で見せる表情だけではない、こころの深いところ。
   遠い声に耳を澄ませ、ときに黙して、想わねばならないと思う。


-2013/11/6 伊波グスクより石川市街方向を遠望(うるま市 伊波)-


 
category2013 沖縄旅日記④ 十月夏小  time23:59  authorKohagura Erio 

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