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2016-08-15



ウンケー ウークイ

   
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   旧暦ウンケー 新暦ウークイ

 
   伯父宅で 祖父母や親父を偲んで
   送り火の前 一時間 送り火の後 三時間

   背筋伸ばして グラス 拈華微笑 グラス
   我が家の酒道 也


   兄貴が言ってた

    「沖縄に行くと 石灰岩の匂いがする」

   イシグーの路を歩いたか 隆起珊瑚礁の淵に立ったか
   いや ビジネススーツを着て行く 場所ではないな

   東町なら ナーファの金城のキクさんの セメントの匂いかな
   縁あって同じ街を飲み歩く 兄貴が感じる沖縄
  
  
   たしかめに行く また遠からず


   西町から 西に慶良間
   慶良間から 西の海空
   浄土ここにありて また浄土 遙かなり


-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2016-06-13

それでも、海と

   
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  光と影
  過去と未来
  「昨日まで」を失った涙と「明日から」を掴もうとする汗
  時を超えて意味を求める心と今ここにある喜びを捉える目
  心と目 どっちも自分 戸惑いと煩悶

  
  沖縄 熊本 歴史 いま
  想い いちむどぅい(行き戻り)しています


-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-


  

2016-04-12

それでも、海と

   
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    指先ですくった水を 二度 三度 口へと運び
    喉を静かに流れ落ちるのを感じながら
    からだの奥深くへと届け 受けとりました


    それは この海への賛嘆の口づけ
    それは 何人の手も経ずに からだの素を取りこむ悦び
    それは 辺野古 水俣 福島 いつくかの海と海辺の
    隣人の心に寄り添う行動
    それは かつて生まれてきた世界と いつか還るべき世界と
    いま からだの中に在る世界とを ひとつの環につなげる覚醒






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    それは マルバイになるのを思いとどまった海で
    心と消化器系をマルバイにした 海との交わり



-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2016-04-05

花 ~ うまんちゅぬ肝心に花を 瞼の中に

  
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 ここで夕陽を見るつもりだった。



 西へ下れば渡嘉志久集落、ビーチ、東へ下れば渡嘉敷集落、今宵の宿。
 西へ沈む夕陽、夕陽に染まる空と海。
 ここは山並みの切れ目になっていて、遮るものはない。
 ということを、地形図で読み取っている。

 渡嘉敷集落までは、下り坂でおよそ2kmの道のり。
 ゆっくり歩いて、30分。

 街路灯などないアコークローの山道に、念のための懐中電灯。
 万が一、ハブさんの道路横断に「ぐぶりーさびら」するような場合には、
 三脚を、専守防衛の範囲で、伸ばせばいい。
 ターブックヮ(水田)が黄昏色に染まっていたら、しばらく見とれるかもしれない。
 さっき見た、あのケラマツツジへの恋心は、宵闇の中でさらに、
 燃え上がるかもしれない。
 もしも、リュウキュウヤマガメに会えたりしたら、
 しばし、カメのペースでカメの後ろを歩く、はず。

 そんなことがあっても、まあ、夕食の時間にまでは、宿へ戻る。


  
 そんなふうに心に決めていた場所を、昼下がり、通りかかる。
 路肩に車を寄せて、眼下に渡嘉志久ビーチを望む。
 地形図で読んだとおりの見晴らしに、頬が緩む。
 そして、予想をはるかに超えて、すべてが美しすぎる。
 微笑んだまま、息を飲む。

 この景色が、夕陽の中で一体、どんな色に染まるんだろう。

 美しすぎる色彩に満たされた視野の中で、足元の植込みに目がとまる。
 赤、オレンジ、紫の花々。
 目の前に広がる青と緑の色彩に、さらに彩りを加える花たち。
 花から花へ、蝶が舞う。
 その飛跡を、楽園という言葉がよぎる。
 そして、花を植えた島の人の肝心にも想いを寄せる。
 感謝の微笑みを届けたいと思う。
  


 時計を見る。
 午後1時を少し回ったところ。
 ここに来るのは、あと5時間後か。
  
 午後6時に、阿波連でレンタカーを返す。
 本当はその30分後、6時半の日没を阿波連で迎えたかったのだけど、
 返車の時間は決まっている。
 その後、渡嘉敷集落までの送迎をお願いすることになっているので、
 わがままは言えない。
 阿波連から渡嘉敷まで、日が暮れてから歩いて山越えするのは、さすがに無理。
 昼間だったら、楽しい道のりになるだろうけど。

 阿波連のサンセットは、きっとまた、チャンスがあるだろう。
 やしが、でもやっぱり、西の海を、西の空を、
 オレンジ色に、アコークローに染まる、慶良間海峡を、やっぱり、見たい。

 

 わがままは言わないのですが・・・、やしが・・・、やさっ!
 ここで、渡嘉志久の分岐点のところで、降ろしてもらってもいいですか?
 いいんです、あとは自分で、歩いて帰りますから。


 
 ということで、レンタカーを借りるときに話をつける。





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 この海が、この静かな海が、そして、このさわやかな風が、本当に明日・・・。



 想定はしていたけれど、やっぱりちょっと想定外のことが、ずっと頭の片隅にある。
 いや、正確に言うと、その想定外を想定して、
 じつは今日一日、少し駆け足で動いている。
 明日、行こうと思っていた場所、やろうと思っていたことを、今日のうちに。



 今朝、泊港を発つとき、そして、島に着いて民宿の方の出迎えを受けたとき、
 さらには、レンタカー屋さんからも、
 明日のマリンライナーの運航を心配する声を聞く。
 ネットで見る波浪予報も、明日の午後以降、渡嘉敷島の近海を、
 3.0~3.5mという、なんとも微妙な色に染めている。



 まあ、明日は明日の、風が吹く、か。
 ・・・あらん! 吹いちゃだめだ!



 午後6時、阿波連で送迎の車に乗る。
 話題はやはり、明日の運航。

 「午後便はまず、出ないでしょうねぇ。明後日も、う~ん、ちょっと、厳しいかな。
 フェリーだったら、なんとか、出るんでしょうけどねぇ」
 
(フェリーはこの時期、ドック入り期間で、週のうち2日ほどしか運航しない。
 高速船のマリンライナーは、波高3mの予報が出ると欠航。フェリーは4mまで)

 

 明日の午後便の欠航は、もはや避けられないものと観念しつつ、
 その流れから、船が出ない時の島の暮らしをいろいろ尋ねたりする。
 那覇との間の海が時化ても、島のまわりは案外穏やかなことも多く、
 魚が獲れるから、差し当たりの食糧は調達できる。
 場所によってはダイビングも普通にできるポイントもあって、
 島から出られないという不可抗力をも計画的に織り込んで、
 それを天恵として、休暇と滞在を延ばすダイバーさんもいる、等々。
 そんな話をしながら、車窓から見える夕景にもカメラを向ける。



 そして、渡嘉志久集落との分岐点、あの場所が近づく。
 そして、ここへきて、急に、気が変わる。
 というよりも、心を決める。

 「すみません、やっぱり、渡嘉敷の宿の前まで、行ってもらってもいいですか?」



 明日は一日、夕方5時のマリンライナーの時刻まで、
 島の中をゆっくり、歩くつもりだった。
 渡嘉敷の集落も、半日くらいかけて。

 しかし、もしも明日、午前10時のマリンライナーで島を発つことになれば、
 その時間がほとんど取れないことになる。
 夜明け前から起き出したとしても、やはり、ちょっと、時間が短い。
 そして、今日一日、ずっと駆け足だった。
 急ぎすぎた。
 慰霊の地に佇んだ時間を除いて。



 夕暮れどきは、ゆっくりと島の暮らしの中で、
 島の時間に溶け込んで、過ごしたい。
 
 夕暮れどきを唄う、いくつかの歌の歌詞とメロディーが、頭に浮かぶ。
 思い浮かんだ歌の情景には、人がいて、暮らしがあって、
 ゆったりと流れる時間を愛でている。
 
 西の海へ向かってひとり、雄大な夕景に酔うよりも、
 山の向こうに沈んだ光の透明な残照の中で、穏やかに黄昏れてゆく、
 暮らしの中を歩くことを選ぶ。
 そうすることにした。



 そんな一日のおわり。
 寝る前に、目を閉じて、今日一日の情景を呼び起こす。
 瞼の中でこの場所が、花の色が、さらに鮮やかになって、蘇った。
 


-2016/2/28 渡嘉敷島(渡嘉敷村)-



2016-03-29

夕暮れの丘で

  
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   明日と明後日と もう一日くらいの好天と 海の凪を願う
   そんなささやかな願いさえも忘れて
   しばし心は空となる


   空っぽの心は 風を忘れ 音を忘れ
   かたちあるものはすべて
   光の中でかたちをなすことも忘れる


   やがて 風を感じ 音を捉え
   光の中に 島のかたち
   心の中に 明後日からの渡嘉敷島
   


-2016/2/26 首里城 西のアザナ(那覇市)-



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