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2017-01-21



大寒 ~ 囲炉裏端の記憶、旅の残り香

   
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  暦どおりにやってきた、大寒のヒーサ・ガタガタ、冬の夜に、
  しばらく訪れていない島、懐かしい宿の、囲炉裏端での、
  温かい、温かい、今でも心に種火が灯る、そんな語らいを思い出す。

  そして、旅を終えてなお、我が家にさえも漂っていた、あの香。
   

  
  
  
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  タッチュー(城山)のほかに山らしい山もないこの島では、
  浜に流れ着く漂流木も、大切な薪になる。

  どこで生まれ、どこで育ち、どんな旅をしてきたのか。
  この木、なんの木、漂泊の木。
  そして、その煙からはどんな香が立ちのぼるのか。

  時としてその香は、見知らぬ土地の、見知らぬ空気をも孕む。
  潮の香がそれに重なる。
  やがて、大地と海と風を渡った長い旅の終わりに、
  炎に身をゆだね、すべてを解き放つ。





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解き放たれた香に包まれる、部屋と、Tシャツと、私。



-2010/2 2011/3 伊江島 土の宿(伊江村)-

 
 

2015-12-29

ありがとう沖縄 2015 FINAL

   
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-2015/4/25 屋我地島(名護市)-


   ありがとうの気持ちでいるとき 強くなれた
   だれかのことを思っているとき がんばれた
   歩けなくなったとき 本を読んだ 唄を聴いた
   肝苦しいとき 肝心に助けられた
 
   一瞬一秒を 愛おしんだ





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-2015/11/1 名護市 辺野古-


   座ってみたとき むこうとこちら 人の顔が見えた
   人の顔が見える距離で 人として 人の言葉を
 
   そこまでして 恐れているのは なに? だれなんだい?
   ボクは信じるに足るもの 愛すべきものだけ 等身大で畏れたい





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-2015/7/2 味の店しろま(那覇市 西)-

 
   また新しい 出会いがあった そして
   「あわてるな」と やさしく見守ってくれる人がいる
   「大丈夫だよ」と 大丈夫じゃなかった時代も生きてきた
   その姿で その姿が 語りつづけてくれる人がいる



   今年も ありがとうございました


  

2015-05-15

復帰の日に

    
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-2015/4/26-




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-2013/2/7-

  
  
    何度も訪れた辺戸岬。
    
    初めて晴れて、初めて青い空と青い海を見た、穏やかな午後。
    潮風交じりの雨風の中、厚い雲が日の出を閉ざした、寒い朝。

    どっちも、同じ場所。



    一年365日、沖縄のことを想わない日はない。

    心踊る話も、心和む話も、心痛む話も、心乱れる話も、
    目にする、耳にする。

    そのどれもが、同じ沖縄。



    ウチナーンチュではないけれど、何ができるわけでもないけれど、
    今は肝(ちむ)苦しきこと多く。  
    
    せめてもの、断固たる、
    「ちゃーびらさい」「ぐぶりーさびら」の肝心(ちむぐくる)とともに。
  
    
-辺戸岬・祖国復帰闘争碑(国頭村)-



2013-12-31

ありがとう沖縄 2013 FINAL

     
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   今年の12月11日に書きかけたこと。

   2013-12-11 それでも、海と

   いつも心の中にありながら、なかなか言葉にはできずにいます。


   歩きながら、その場ではいつも、確たるものとして感じていながら、
   かたちにはならない想い。

   言葉の呪縛や頭の中だけの観念に捉われぬように、
   敢えて、かたちにせずともよいのかもしれません。
  
   
   戦跡、戦の記憶の刻まれた場所、だれかが傷ついたであろう場所。
   そんな場所を歩きながら、そんな歴史と向き合いながらも、
   その場所を「美しく記録したい」と思うようになりました。
   意識せずとも、以前から、そんな写真を撮ってきたように思います。

  
   言うまでもなく、戦は醜く、惨いものであり、
   歴史の現場に立つことで、その想いを一層、強くします。
   その想いをまた、だれかに伝えたいと思っています。


   戦争への憎悪、恐怖、それが戦争の抑止力。

   それでもなお、「美しく記録したい」。


   理由のいくつかを言葉にすることはできるのですが、
   今日は、以下の拙文を記すにとどめます。

   今年の11月に、「ひめゆり平和祈念資料館」を5年ぶりに訪れた際、
   「来館者感想文」の用紙に書いたものです。

   論旨が飛躍したり、拡散しているところもありますが、敢えてそのままで。
   「歩きながら、その場ではいつも、確たるものとして感じている」、
   その想いを書き記したものとして。

   「美しく記録したい」
   その理由のひとつが、最後の部分で、言葉になっているかと思います。



   目の前に広がる美しく静かな「沖縄の今」。
   美しさと静けさが、また新たな喧騒に乱されている、そんな年の瀬に。

   それでも、こうやって出会えた美しさに感謝をし、
   拠りどころとして、力として、また、新たな年へ。


   
  

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「2008年の春以来、二度目の来館です。
 その間、5年間、何度も沖縄を訪れ、ひめゆり学徒の皆さまや沖縄戦の歴史の刻まれた場所をできる限り、自分の足で歩かせていただきました。
 初めの頃は、資料や証言で知った(知ったつもりになっていた)往時の惨状と、目の前に広がる美しく静かな「沖縄の今」との隔絶に戸惑いを覚えることも多々ありました。
 祈りの言葉や、自分が今、何のためにその場所を訪れたのか、そのようなことが分からなくなることもありました。
 やがて、自分の中に「語られ部(かたられべ)」という言葉が浮かびました。「語り部」の皆さまの証言を通じて、たしかに生まれ、非業の最期を遂げられた犠牲者の皆さまのことを知り、また、最期の瞬間だけではなく、そこに至るまでの恐怖、絶望、悲嘆、葛藤・・・そんな「人間としての当たり前の感情」を、自分の心とも対比させながら想うようになりました。
 悲しい最期を遂げられたことだけではなく、人として生まれ、日々を生き、人間らしい感情を持っておられた皆さまの、一人ひとりのお顔を想うようになりました。
 そうすることで、戦争への抑止の想いはますます強くなります。
 そして、訪れた土地を辞去するとき、最後に、こんなことを言葉にします。
「せめて、楽しかった時代、人としての喜びを抱いたときの記憶に包まれて、安らかにお眠り下さい」と。同じ人間として。
 末筆となりましたが、語り部の皆さまの健やかで穏やかな日々をお祈り申し上げます。」
  
  
 
   

2013-04-14

流転

   
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-2013/2/11-


    2年前に大度海岸を訪れたときにも
    この場所に立っていた この穴に目をとめていた

    トーチカ? 秘匿壕? ガマ?
    そんなことを思っても不思議ではない海岸

    手元の資料をめくり ネット検索で
    この土地の名や 戦のことばを辿る
    
    戦が図面の上のものであった跡は 具志頭より東に多く
    戦が身の上のものになった跡は 摩文仁より西に多く
    そんな地図を思い浮かべながら




    この日にふたたび目にするまで そして今も
    自然の造形なのか 人の手によるものなのか
    どんな風に人とかかわってきたのか ただそこにあるだけなのか
    わからないまま



    それでも この土地の名や 戦のことばを辿る中で
    海岸にほど近い 断崖や森や洞穴を訪ね歩いた人たちの 足跡に出会う
    足跡を通して 風化していない歴史の現場を辿る





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-2011/3/5-


    2年前の写真の中に 漆喰と煉瓦の流転をさがす

    石 草 砂 波 時の流れ  


-大度海岸(糸満市 大度)-



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