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2017-01-31



熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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  ただ、ただ、立ち尽くすしかないという放心と、
  今まさに立っているこの場所が崩れ落ちるのではないかという怖れと、
  その怖れが我がこととは思えぬ現実感の欠如への戸惑いと。

 



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  それでも、新たな橋を架ける槌音が、谷をわたる風に乗って聞こえてくる。
  そして、今日一日流した汗がこの土地と、そこで暮らしを営んでいた人、
  ふたたび暮らす日を信じる人の心に少しでも沁み込んでくれればと願う。



-2017/1/14 南阿蘇村 立野-



2017-01-10

2017新年 -再生の歌-

   
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-2016/2/28 渡嘉敷島-



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-2016/5/13 熊本市-



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-2016/6/26 屋我地島-



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-2016/10/16 阿蘇市-



 2016年に訪れた場所で撮ったこれらの写真で、年賀状を作りました。

 熊本、大分をはじめ、たいへんだった各地のことを思うにつけ、
 今年は、新年を祝う言葉がどうしても書けず。

 ただ「2017年 -再生の歌-」とだけ書き、
 それぞれの写真に、大好きなHEATWAVEの歌から、
 山口洋さんの歌詞の一節を添えさせてもらいました。
 それぞれの土地の、再生を想いながら。



 渡嘉敷島には、『満月の夕』から。
 
   それでも人はまた 汗を流し
   何度でも出会いと別れを
   繰り返し

 1945年3月のあの日を経て生きつづけた方々の生涯と、島の再興の歳月を想い。
 


 熊本市には、『出発(たびだち)の歌』から。

   何度でも道をすり減らす
   それが出来ること
   すべてなら
  
 地震後、3回目の熊本入りで初めて、元気な姿を見せてもらった後輩たちを想い。
 


 屋我地島には、『冬の朝』から。

   そんな暮らしのなかで
   誰もがみな 夜明けの歌を
   探している

 愛楽園を、「逃れの島」を、病友の皆さんを、その前後に連なる歴史を想い。

 

 阿蘇市には、『雨の後、路は輝く』から。

   この雨の後、路は輝き
   新しい茨の道がまた
   よみがえる

 この翌週、雨の後に再訪した時、灰に覆われた大地に緑の息吹きを見たことを想い。
  

  
-Inspired ans Special Thanks-
  HEATWAVE,山口洋さん

 

2016-08-26

熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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  あの地震以来初めて、
  安全靴も履かず、軍手も皮手袋も持たずに、熊本に行きました。

  「自己完結できる」水分も食料も持たずに、
  朝から晩まで、熊本のあちこちで出会ったうまかもんを、
  食べて、食べて、飲んで、また、食べました。

  「汚れてもいい服」ではなく、汗をかいてもいい服と、
  ちょっとだけおめかしできる服も持って行きました。

  目の前のものを見るだけでなく、遠くも見つめて。
  それは、目でも、心でも。
  いろんなメッセージにも触れて。
  さらに宇宙へも連れて行ってもらいました・・・音楽の力で。

  揺れる心を語らい、解き放ち合える人と、出会う時間がありました。



  「MY LIFE IS MY MESSAGE for 九州 / POWER TO THE PEOPLE 熊本編」



  明日、8月27日(土)19:00~20:00、RKK熊本放送ラジオにて、
  このライブの模様が特別番組としてオンエアされるそうです。
  インターネット、「ラジコ(radiko.jp)プレミアム」なら、世界中どこででも。
  


-2016/8/21 熊本市-


-Special Thanks-

  山口洋さん
  矢井田瞳さん
  音楽を愛し、音楽でつながる皆さん


 

2016-08-20

熊本 あの頃。そして、明日へ。

   
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  懐かしいあの景色を見たくて、
  懐かしいあの山の、あの展望台まで登ってみたのですが、
  あの景色はまったく、見えないのです。

  場所を間違えるはずはない。
  登り坂の勾配、右へ左への曲がり角の数、少しずつ深くなる木立、
  その木立の切れ目、西日の射す方角、遠く聞こえる下界の音がだんだん遠く。

  最後に登る、この石段。
  登り切った先に広がる、小さな広場と、その奥にある展望台。
  上り下りですれ違うこともできない、幅の狭い螺旋階段。
  やはり、間違ってはいないのです。

  目の前に広がる、森。
  見下ろす角度に、森。

  そうか。
  そういうことか。

  木々がそれぞれに、成長したんだね。
  幹を伸ばし、枝を広げ、ある時は風に折れても、また芽吹き、
  樹冠は空をめざし、そして、あるべきかたちに植生は遷移し。 

  懐かしいあの景色は、暮らしたあの街は、
  だから、この木立の、この森の向こうに、あるんだね。



  25年の歳月。

  25歳、齢を重ねた体で、ちょっと背伸びをしたくらいでは、
  きみたちの歳月、その伸びた背丈を越えることはできないよと微笑んで、
  「あの景色は、思い出は、瞼の中か」なんて、つぶやく。





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それでも夕日は 空を染め 金峰山のシルエットを照らし出す




  数日後にまた、訪ねてみます。

  懐かしいあの景色の中に、25年前、その名前だけが記憶に刻まれていた、
  「リデル・ライト」という名を冠した施設。

  この夏の、屋我地島の旅とつながりました。
  沖縄愛楽園、青木恵哉さん、あの時代を生き、去来した、多くの人々。
  歴史を知りました。


  「リデル・ライト両女史記念館」はまだ、熊本地震の影響で、
  臨時休館がつづいているとのことですが、
  その外観だけでも、見てこようと思います。

  あの頃、幾度となく、気にとめることもなく、知ろうとすることもなく、
  その門前を通り過ぎていた不明を恥じながら。


-2015/12 立田自然公園(熊本市)-



2016-07-19

熊本 あの頃。そして、明日へ。

  
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  川に入って今日一日の、靴の泥を洗い流す。



  目の前に山があり、すぐそこには海があり、
  自然に抱かれるように、寄り添うように、
  慎ましやかな、静かな暮らしがある。
   
  自然と人間との長い付き合いの中で、
  そのほとんどはきっと、恵みに満ちた時間が流れ、流れて。

  それでも、時に、いろんなことが重なって、
  もしかすると、あの地震が山の岩のいくつかを落とし、土を動かしたか。

  そこへ、人間が一生に一度、経験するかどうかという激しい雨が降り、
  水が川を暴れ下り、定めた筋を外れ、暮らしの場に流れ込む。 
  土や、岩や、木の枝や幹とともに。



  やがて水が流れ去り、川はいつもの姿に戻っても、
  暴れた水が残したものは、土砂となってとどまる。
  暮らしの場の、床上に、床下に、壁に、家財に。



  自然と人間との長い付き合い。
  でも、このときばかりは、人間の力をふりしぼって、
  その痕跡を、暮らしの場から洗い流し、運び出す。

  この日一日、縁あって、この地に立った者は、
  自然の不条理など考えず、また考える余裕もない。
  俯瞰することを忘れてはならない、けれど、傍観できない。 

  ただ、そこに暮らす人が、一歩でも前へ進む力添えになることだけを念じて、
  ただひたすら、汗を流す。
  自然の前ではささやかすぎるほどの、汗。
  泥のついたタオルで、汗を拭きながら。



  川はいつもの姿に戻っている。
  今日一日、できるだけのことをして、
  その静かな流れの中で、一日の、靴の泥を洗い流す。


  


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  体じゅうから汗が吹き出し、体表のすべてが濡れ尽くし、
  もうこれ以上、吹き出す場所がなくなったのか。
  
  そこが最後の汗腺だったのか。

  鼻水が止まらなくなる。
  きっとこれも、汗なのだと思う。



  5年前、真夏の炎天下の久高島を、
  南端の港から北端のカベール岬まで歩いて往復したとき、
  やはり、汗のような鼻水が止まらなくなったことがあった。

  あのときは、浜に降りて海に足を浸して、体温を下げた。

  そんな日のことを思い出したりしながら、
  今日はただ、昼休みの日陰にへたり込む。
  


-2016/7/17 熊本県 宇土市-



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