2013-07-31



【ペルー】金武からペルー移民100周年祝う(OKINAWA)

【ペルー】金武からペルー移民100周年祝う
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 ペルー金武町人会(マヌエル伊芸会長)は14日、ペルー沖縄県人会館・西銘順治大ホールで、金武町人ペルー移住百周年記念祝典を催した。金武町から儀武剛町長を団長とする総勢22人の慶祝団をはじめ、来賓、団体代表ら多くの会員が出席し、盛大に百周年を祝った。

 ペルー外務省補佐官イバン・ピント氏が「ペルーから見た琉球・沖縄の歴史」と題し特別講演したほか、マヌエル伊芸会長から歓迎と先駆者への感謝の言葉があった。

 儀武町長は75歳以上の高齢者やペルー金武町人会の歴代会長、功労者に感謝状などを贈った。記念祝典の第2部は余興で盛り上がり、最後はカチャーシーで締めくくった。

   (赤嶺光弘ペルー通信員)


   琉球新報

沖縄人の誇り再確認 ・大城章乃さん(OKINAWA)

沖縄人の誇り再確認 那覇市出身・大城章乃さん2
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世界若者ウチナーンチュ大会のオープニング・セレモニーで
「童神」を歌う大城章乃さん(中央)
=米ロサンゼルスの隣接都市トーランス文化会館

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   大城章乃さん

 那覇市繁多川出身の大城章乃さん(22)は、首里高校を中退し、シンガポールインターナショナル高校に入学・卒業後、現在明治学院大学4年に籍を置く。
2012年9月から13年6月までUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に留学。コミュニケーション学部でメディアを専攻した。6月にUCLAの留学期間が終了、今はロサンゼルス・ダウンタウンで映像制作会社のインターンシップをしている。

 高校そして大学で沖縄を離れる決断をして以来、「ナイチャームニー」で話すようになり、カチャーシーも踊らなくなって、沖縄の美しい文化が一つ一つ自分の身体から離れていくのを感じていた。同時に心からウチナーンチュであるという誇りと自信が崩れ去っていた。この「わだかまりやもやもや」はなんだろうと思案した。

 そんな折、第2回世界若者ウチナーンチュ大会への案内が来たので、参加を決意した。オープニング・セレモニーでは大好きな「童神」をみんなの前で歌った。プログラムが進むにつれ、世界各国から来た沖縄との結び付きのある仲間に出会ってから、ウチナーンチュになるための基準や形などない、さまざまな生き方があることを知った。

 ウチナーグチがしゃべれなくても、三線が弾けなくても、心はあの沖縄という小さな島とつながっているという気持ちさえあれば、これで立派なウチナーンチュなのである。
沖縄を訪れたことのない参加者も大勢いたが、それぞれ皆、沖縄というルーツに誇りを持っていた。イチャリバチョーデーの心を再確認できた素晴らしい4日間で、すでにあの大会が恋しくなったと、述懐した。

 今後は、この大会を通して学んだウチナーンチュとしてのアイデンティティーを見直す大切さを「沖縄にいる子どもたち、学生たちに伝えたい」と話す。


(当銘貞夫通信員)

琉球新報



暑さ吹き飛ぶスイカ無料配布(今帰仁・おきなわ)

暑さ吹き飛ぶ今帰仁スイカ無料配布
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スイカの日に、今帰仁スイカをアピールしようと試食と
即売が行われた=今帰仁村・リカリカワルミ

 【今帰仁】7月27日の「スイカの日」にちなみ、JA今帰仁ハウススイカ生産部会(仲里勝会長)が27、28の両日、ワルミ大橋たもとの「リカリカワルミ」でスイカの無料配布と即売会を行った。27日は同所のオープン100日記念でもあり、丸々と大きなスイカをサービス。観光客らはおいしそうにかぶりつき、暑さを吹き飛ばした。

 「スイカ、カット」のかけ声で與那嶺幸人村長らがスイカに包丁を入れてイベントが幕開け。同部会は10~12キロのスイカを約50個用意し、「おいしいですよ、どうぞどうぞ!」と自慢の今帰仁スイカをアピールした。

 仲里会長は「今年も例年通りのいい出来」と頬を緩め「梅雨明けから雨が降らず、甘さも濃厚で水分たっぷり。お盆に向けてこれからがシーズン。たくさん食べてください」と呼び掛けた。

  沖縄タイムス
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categoryグルメ  time13:06

[ボリビア]移住地の歴史、駅伝で体感(OKINAWA)

[ボリビア]移住地の歴史、駅伝で体感
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悪路にもかかわらす楽しんで走る選手
=ボリビア・オキナワ移住地

 【山城博明通信員】オキナワ日本ボリビア協会(中村侑史会長)主催の「第21回コロニア・オキナワ縦貫駅伝大会」が6月30日、オキナワ第3移住地から第1移住地までの37キロ・29区間で争われた。

 連日の雨模様で開催について関係者もハラハラ。大会当日も開会式までは薄曇りで風も無く、気温も25度程度と走るのに絶好の天気と思われたが、4区と28区で雨が降り、コースもドロドロ状態に。滑りやすい悪条件下、選手たちは力走しタスキをつないだ。

 午前8時にスタート地点となったオキナワ第3移住地の公民館前で開会式が行われた。参加したのはオキナワ第1移住地2チーム、第2、第3、サンタクルースから各1チームの計5チーム。仲村会長は「60年の歴史を迎える移住地がどのように変わったか、走って感じ取ってほしい」と述べた。選手を代表して中村晴樹さん(14)は「練習の成果を発揮し、最後まで走り抜きます」と宣誓した。

 午前9時、第1走者の小学生男子の選手が号砲とともにスタートした。距離は男子1・5キロ、女子1キロ(60代区間は0・7キロ)。10代~60代までの選手がチームを編成し、タスキをつないだ。最高齢は75歳、最年少は6歳だった。

 各区で抜いたり、抜かれたりのデッドヒートを繰り返し、盛り上がった。区間によっては夫婦で参加し、夫から妻へタスキをつなぐ場面も見られた。

 全チームがゴール後は、協会会館ホールで昼食懇談会となり、駅伝の話で盛り上がった。

  沖縄タイムス

18年ぶりウッツづくり (八重山・川平・沖縄)

住民総出でウッツづくり 川平で18年ぶり
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獅子頭の複製、9月下旬完成
 古くから伝承されてきた獅子頭一対を永久保存するため、初めて複製作りに取り組んでいる川平公民館(大浜永治館長)は29日、獅子の胴体部分となるウッツ(衣装)作りを行った。
ウッツ作りも1995年以来18年ぶり。子どもからお年寄りまで多くの住民が参加し、獅子の体毛となる糸を芭蕉から取り出す作業をした。
1週間ほど陰干した後、糸をつける網も複製するが、経験者がおらず、老人クラブのメンバーが現物を参考に作ることにしている。

 結願祭で重要な役割を果たす獅子頭は400~500年前、石崎北の浜に流れ着いたものと言われている。これまで修繕を繰り返してきたが、これ以上使用すると、破損を招く恐れがあるため、保存することになった。

 複製は、昨年12月に県工芸士の新城弘志さん(78)=登野城=に依頼。9月下旬には完成の見込みだ。
新城さんは「川平の獅子は迫力がある。形を同じものにしなければならないので、新調より緊張し、特に仕上げの段階では神経を使う」と話す。

 複製ができた後は地区内四つの御嶽で入魂の神事を行って住民にお披露目、10月3日の結願祭を迎える。

 ウッツ作りは川平農村集落センターで行われ、1メートル余の芭蕉の茎を400本用意した。皮をむいて不純物を取り除き、繊維を糸状にしてねじり絞る作業を分担して行った。根気のいる細かい作業は、午前9時から午後5時までかかった。

 繊維から糸にする工程を担当した糸満秀さん(86)は「作業は久しぶり」と慣れた手つき。祖父と参加した川平小3年の高嶺海斗くんは「最初は難しかったが、簡単になった」と手際よくへらを動かした。

 老人クラブ寿会の大仲進会長(79)は「川平が誇りにしている獅子を共同で作るのは楽しい。世間話をしながらできるのが共同作業のおもしろさ」と話した。 

 網作りに取り組んだお年寄りの一人、南風野喜一さん(84)は「修理はしたことがあるが、全部作ったことはない。みんなで作りたい」と意気込んでいる。

 獅子頭製作委員会の仲野英則委員長は「経験者がいなくなっており、後継者を育てるためにも毎年、補修などを継続していきたい」と話した。

  八重山毎日新聞
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category地域情報  time08:49