2013-06-07



声響く ハーレー歌大会 糸満・沖縄

自慢の声響く 糸満ハーレー歌大会
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ハーレーギンを身にまとい、力強い声でハーレー歌を歌う
上原佑介君=2日、糸満市農村環境改善センター

 【糸満】
「2013年度糸満ハーレー歌大会」(主催・糸満市、同大会運営委員会)が2日、同市農村環境改善センターで開かれた。
「創作部門」と「伝統歌唱部門」の2部門に合計19の個人・団体が出場し、「伝統―」の上原佑介君(同市立西崎小6年)が最優秀賞に輝いた。
園児からお年寄りまで、幅広い年齢の出場者がステージに立ち、思い思いの衣装や楽器を用いて「ハーレー歌」を表現した。

 「ハーレー歌」は、旧暦5月4日(ユッカヌヒー)に糸満漁港中地区で催される「糸満ハーレー」で歌われる。
御願バーレーは、糸満の古い時代の集落「西村」「中村」「新島」の3村に分かれて争われ、それぞれ歌詞が異なるハーレー歌がある。御願バーレーとハーレー競漕(きょうそう)終了後に市内の拝所でハーレー歌が奉納される。大会は、ハーレー歌の普及・啓発を目的に開かれ、ことしで6回目。

 出場者は、思い思いの衣装や楽器を用いて日ごろの練習成果を披露。中には、ピアノやフルート、ビオラのアンサンブル形式や男性三重唱、創作ダンスを披露するなど、伝統にとらわれない姿勢でハーレー歌を表現した。

 最優秀賞の上原君は、ハーレーの漕(こ)ぎ手らの衣装(ハーレーギン)を身にまとい、高い伸びやかな声で歌った。
審査委員長の杉本信夫さんは「素晴らしい後継ぎが出てきて、感動している。
創作部門は今後、いろいろな人が挑戦し、糸満だけでなく世界中にハーレー歌が開かれていくだろう」と講評を述べた。
上原君は12日のハーレー大会で美声を披露する。
 
両部門の優秀賞には、ハーレキングシンガーズと大城三兄弟が選ばれ、奨励賞には東恩納心愛さん(沖縄市立高原小学校6年)と上原正廣さんが選出された。


  琉球新報
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category沖縄観光  time16:24

カンナが彩る (南風原・沖縄)

カンナが彩る600メートル 南風原
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梅雨の晴れ間に鮮やかな黄色の花を付けたカンナ
=6日午前、南風原町本部(伊禮健撮影)

 梅雨の晴れ間が広がった6日、南風原町の本部公園前の町道29号で、約600メートルにわたり黄色や赤のカンナの花が咲き誇り、歩行者やドライバーの目を楽しませている。花の見頃は10月ごろまで続くという。

 この道路は通学路としても使われているが、雑草が茂って歩きにくかった。歩道をきれいにしようと2005年、同町本部区長だった大城清吉さん(72)が25株を植えた。09年に「カンナの会」を結成、ボランティア23人で月に1回、手入れしている。

  沖縄タイムス
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category沖縄観光  time16:18

ハーレーの季節だよ! (八重瀬港川・沖縄)

ハーレーの季節だよ! 八重瀬港川で鉦打ち
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集落を練り歩き港川ハーレーの到来を告げる鉦を
打ち鳴らす児童ら
=5日午前5時50分、八重瀬町港川

 【八重瀬】旧暦5月4日の「ユッカヌヒー」に開かれる港川ハーレーを1週間後に控えた5日早朝、子どもたちが打ち鳴らすハーレー鉦(がね)が、八重瀬町港川の集落内で鳴り響いた。

 鉦を打ち鳴らしたのは、具志頭小学校の児童4人。12日のハーレー本番まで毎日、同小児童9人が、集落の北側と南側を2組に分かれて鉦打ちをする。

 5日早朝5時ごろ、港川漁協の事務所に集合した児童らは、海に向かって鉦を打ち鳴らした後、小雨の降る集落に繰り出した。

 ことしで、5回目の鉦打ちをした大城翔太君(5年)は「雨が降っていたけど、楽しみながら鉦を打った」と笑顔。具志頭中1年の具志堅隆成君は、後輩たちに付き添って鉦打ちを指導していた。

 同漁協の樋岡邦彦組合長は「子どもたちは、朝早くから大変だと思うが、頑張って地域の大切な伝統行事を守ってほしい」と話した。港川ハーレーは同漁港で12日午前7時15分から、御願バーレーを皮切りに開催される。

沖縄タイムス
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category地域情報  time16:13

胸迫る 歌「ひめゆり」 一高女 (沖縄)

胸迫る 歌「ひめゆり」 一高女出身・大嶺さん作詞null
「ひめゆり」を歌う大嶺輝子さん(左から2人目)と
合唱団「たんぽぽ」の会員=5月27日、
那覇市首里石嶺町の食事処「たんぽぽ」

 戦前、真和志村(現那覇市)安里にあった県立第一高等女学校出身の大嶺輝子さん(86)=那覇市=が、ひめゆり学徒隊として戦場動員され犠牲になった旧友を追悼し、作詞した歌「ひめゆり」に共感の輪が広がっている。
大嶺さんは1944年4月、進学のため上京し、沖縄戦を免れた。帰郷後、旧友や後輩から聞いた戦場体験が脳裏に焼き付き、亡き友の面影を抱えながら生きてきた。
「戦争が憎い。戦がなければ、(亡くなった)彼女たちも孫やひ孫に囲まれ、幸せな家庭を築いていた」と、唇をかみしめる。

 大嶺さんは約2年前に歌詞をつくり、「浜辺の歌」に乗せて歌っていた。5月、大嶺さんが所属する合唱団「たんぽぽ」の指導者・平良俊子さん(80)が作曲し「ひめゆり」が誕生した。
たんぽぽのほか、平良さんが教える他の2合唱団の練習でも定着しているという。

 歌詞は「安里ケ原の花園に けなげに香る百合の花」から始まり、2番では皇民化教育を受け、日本の勝利を信じて疑わなかった学徒隊の姿を描く。3番は沖縄本島南端に追い詰められ、命を失った旧友たちを思い、「乙女のままに語り部となりて世界に愛を告げ」と反戦を誓っている。

 大嶺さんは「戦時中、生きるか死ぬかは髪の毛一本の違いだった。生き残っても亡くなった友に対して罪悪感を抱き、割り切れない気持ちで生きている人もいる」と語る。たんぽぽの練習では「ひめゆり」を口ずさみながら、目頭を押さえる会員の姿も多い。平良さんは「歌詞を読んだときに胸が震え、一晩で曲が湧いてきた。ずっと歌い続けていきたい」と共感を寄せた。


  琉球新報

九州でも活躍を ( 宮古高、沖縄)

九州でも活躍を 宮古高、陸上・水泳で21人が出場
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13日から開幕する南九州大会に向けて活躍を誓う
陸上競技部の選手たち=宮古高校

 県立宮古高校 (川満健校長) は6日午後、 陸上競技・水泳の九州派遣報告会を行った。
このほど行われた県高校総体で陸上18人、 水泳3人の計21人が好成績を収め、 九州大会への切符を獲得。
川満校長は 「これまでの努力で県代表に選ばれた。 このチャンスを生かし、 九州でもさらに上位入賞と自己新記録を目指し、 九州代表を目指してがんばってほしい」 と激励した。 陸上の南九州大会は13日から熊本県民総合運動公園で、 水泳の全九州競技大会は7月13日から福岡県でそれぞれ開催される。
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来月中旬に行われる九州大会で、 自己ベストや
上位入賞に意欲を見せる水泳部

 午後4時過ぎからの報告会で、 陸上競技部の下里優太主将 (3年) は 「先生や親、 周囲のお陰でケガも回復し走ることができた。 九州では49秒台を出して恩返ししたい。 全員で自己ベストを出し、 多くのことを学んで成長して帰って来たい」 と意気込み。 水泳部の砂川史果さん (同) は 「多くの人に支えられて力を出すことができ、 3人が派遣標準記録を突破した。 九州でも自己ベスト更新、 上入賞を目指して頑張って来たい」 と抱負を語った。

 陸上部顧問の上運天誠教諭は 「周囲のサポートに感謝しながら1人でも多く全国の切符を取れるよう頑張って来たい」 と意欲。 水泳部顧問の與那覇丈仁教諭は 「自分たちの力を発揮して県代表として恥ずかしくない競技をしてほしい」 と期待を寄せた。

 派遣選手は次の通り。
【水泳】男子=川満一平 (1年) 400㍍自由形 (県3位) ・1500㍍自由形 (同2位) ▽女子=砂川史果 (3年) 100㍍バタフライ (1位) ・200㍍バタフライ (1位)、 與那覇千夏 (1年) 200㍍個人メドレー (2位)、 400㍍個人メドレー (2位)
【陸上男子】下里優太 (3年) 400㍍ (4位)、 新里巧馬 (1年) 800㍍ (6位)、 伊佐孝明 (3年) 1500㍍ (2位) ・5000㍍ (5位)、 渡久山元輝 (同) 5000㍍競歩 (1位)、 石嶺達騎 (同) 棒高跳び (6位)、 川上翔平 (2年)ハンマー投げ(4位)
【陸上女子】平良真弓 (2年) 200㍍(4位)・4×400㍍R(2位)、 佐渡山みなみ (同) 200㍍ (5位) ・4×400㍍R (同)、 砂川千春 (3年) 400㍍ (5位) ・4×400㍍R(同)、 西平瑞希 (同) 400㍍ (6位) ・4×400㍍R (同)、 上里星奈(2年) 1500㍍ (3位)、 仲宗根明香里 (2年) 3000㍍(4位)、 下地文音(同) 3000㍍ (5位)、 砂川このみ(3年) 3000㍍競歩(3位)、 砂川美也加(2年) 走り高跳び(6位)、 川田彩乃 (同) 七種競技(2位)、 平良好海(1年) 4×400㍍R、 下地凜(2年) 4×400㍍R


宮古新報
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categoryスポーツ  time10:00

技術競う ものづくりコン (宮古・沖縄)

17人が旋盤技術競う 県高校ものづくりコンが開幕
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真剣な表情で課題に取り組む宮古工業の砂川冴希くん

 第13回全国高校生ものづくりコンテスト沖縄大会 (主催・県工業教育研究会、 県高校文化連盟共催) が6日から、 宮古工業高校で始まった。 7日まで、 県内工業高校の代表17人が旋盤技術を競い合う。 初日は午後1時半から開会式が行われ、 同校の金城透教頭が 「授業や部活動で専門的知識・技能の習得に励んできた成果を、 この大会で発揮してほしい」 と激励した。

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ものづくりコンテストの開会式で、 力強く宣誓する
小禄くん (手前) =宮古工業高校

 同コンテストは、 「若い人たちの製造業離れが進み、 ものづくりの技術・技能の継承が危ぶまれている。
わが国の継続的な発展を維持するためには、 産業の発展を支える技術・技能水準の向上を図るとともに、 若年技術・技能労働者を確保し、 育成することが重要である」 として、 実施を通して高校生のものづくりへの関心を高め、 技術・技能尊重の社会的気運の醸成を図ることを目的として行われているもの。

 名護商工、美来工科、美里工業、 沖縄工業、 那覇工業、 那覇工業定時、 南部工業、 宮古工業、 八重山商工の9校17人が3組に分かれて課題に挑戦。 初日は宮工自動車機械システム科3年の砂川冴希くんら6人が登場し、 真剣な表情で取り組んでいた。 7日は2ローテ目の下地遼太くん (同2年) ら残り2組11人が課題に挑む。

 開会式では、 金城教頭が 「指導してくれた先生、 支えてくれる家族への感謝を忘れず、 最後まで力を出し切って悔いの無い大会にしてほしい。 練習の成果、 実力をいかんなく発揮し、 ケガや事故の無い大会となることを祈念している」 とあいさつ。
前年度優勝校・南部工業の小禄光一郎くん (3年) が 「感謝の気持ちを忘れず、 安全に美しく最後まで諦めずに時間内で仕上げることを誓う」 と力強く宣誓した。

 また宮工家庭クラブ2年生の岡美香さんらがプレーンクッキーやチョコチップクッキーなど手作りクッキーセットを選手全員にプレゼントし、 「少し割れたものもあるが、 おいしく焼けたので食べて頑張ってほしい」 とエールを送った。


宮古新報
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category地域情報  time09:53

レンカクが飛来/迷鳥中の迷鳥 (宮古島・沖縄)

レンカクが飛来/迷鳥中の迷鳥
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優雅に舞うレンカク=5日、市内の貯水池
(写真撮影・伊良波彌記者)

 日本では記録の少ないレンカク(レンカク科)が5日、市内の貯水池で確認された。迷鳥中の迷鳥で、愛鳥家には憧れの鳥。

 冬羽から夏羽に衣替え中。冬羽は地味な色合いだが、夏羽に変わると美しい体色となる。

 夏羽は、額から首の前が白く、首の後ろは黄色。白と黄色の境界は黒線。背と腹は黒く、尾は著しく長い。

 成鳥の体長は冬羽が31㌢だが、夏羽は39~58㌢とされる。足が非常に発達し、浮き草の上から餌をついばんだりする。

.宮古毎日新聞

友利で歴史ロード 遺跡や名所巡り(宮古・沖縄)

遺跡や名所を訪ねる/県博物館協会主催
友利で歴史ロード巡り

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名所を巡る参加者ら=6日、城辺友利地区

 沖縄県博物館協会(会長・安里進県立博物館・美術館長)は6日、城辺で現地研修「NEO歴史ロード巡り」を実施した。
参加者らは、友利元島遺跡から発見された990~860年前に埋葬された人骨などを写真で確認し、古琉球(1609年以前)時代の友利地区の歴史に思いを馳せていた。

 参加者らが、宮古島市教育委員会がこのほど発行した「綾道砂川・友利コース」の冊子を手に遺跡・名所を巡ったのはこの日が初めて。

 ガイドは、同委員会の久貝弥嗣さんと新城宗史さんの2人が務めた。

 この日巡った遺跡・名所は▽友利元島遺跡▽あま井▽金志川泉▽金志川屋敷跡▽金志川御嶽▽ムトゥの祭場▽上比屋山遺跡▽砂川遠見台-の8カ所。

 久貝さんは友利元島遺跡について、「1771年に発生した明和の大津波では、南海岸の集落は壊滅的な被害を受けた。宮古では、2461人が亡くなったという記録もある。大津波後、人々は坂道の上にある高台に住むようになった」と紹介した。

 その上で「2012年12月から2013年1月にかけて実施された友利元島遺跡では、990~860年前に埋葬された人骨2体が発見された。新しい発見であった。
遺体の側では、11世紀から13世紀に鹿児島県徳之島で焼かれたカムィヤキが初めて完全な形で発見された。完全な形は県内でも数少ない。また無土器時代の層からはシャコ貝やイノシシなどの骨が出土し、年代測定の結果、約1400~1250年前の値が得られた」と語った。

 金志川御嶽前では、久貝さんは「15世紀末から16世紀初めの友利では、城辺の有力者の金志川金盛と那喜太知の兄弟が住んでいた。兄の金盛は、与那国島の遠征の帰りに多良間島で亡くなった。その後弟の那喜太知は金志川豊見親と慕われた。仲宗根豊見親の長男・仲屋金盛豊見親は金志川豊見親の威勢をねたみ、野原岳の宴に招待し、殺害させた。仲屋金盛豊見親は、琉球王府からの糾問視が来る前に自害。これを機に、宮古の豊見親の称号は廃止された」と説明した。

.宮古毎日新聞
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category沖縄観光  time09:40