2012-09-25



高校生トリオが入賞 (OKINAWA)

高校生トリオが入賞

 9月21日から23日までの3日間、「2012沖縄バトルカップタマン釣り大会」が開催された。今回から沖縄本島以外に宮古島と石垣島にも検量場所を設け、過去最多の224人が参加、7位までが4キロオーバーというハイレベルな大会となった。優勝の栄冠を手に入れたのは、大会初日に伊計島で4・92キロのタマンを釣った崎山用英さん。

null
9月23日、伊計島で71・3センチ、4・92キロのタマン
を釣り上げ、バトルカップタマン釣り大会で優勝した崎山用英さん

 また座間味島出身の高校生トリオが2位、3位、6位入賞し、注目を集めた。3人は高校進学のために本島に住んでいるが、大会に合わせて生まれ育った座間味島に帰り、幼少時代から慣れ親しんだポイントで、大型タマンを釣り上げ、上位入賞を果たした。主な結果は次の通り。

▼1位=崎山用英(4・92キロ、伊計島)
▼2位=宮平聖士(4・70キロ、慶良間)
▼3位=中村広太(4・62キロ、慶良間)
▼4位=大城卓(4・44キロ、読谷)
▼5位=上當淳(4・43キロ、津堅沖の小島)。

null
9月19日、読谷海岸で74・5センチ、5・85キロ
を釣った西江栄徳さん

null
9月18日、糸満海岸で45センチ、1・37キロ
のミナミクロダイを釣った比嘉宗信さん

null
9月19日、那覇一文字で72・5センチ、5・15キロ
のタマンをカゴ釣りで釣った具志堅正人さん

null
9月14日、大山海岸でカーエーの46センチ、1・84キロ
を釣った仲地昌也さん

null
9月20日、宜名真でアカジン3・85キロとタマン
などを釣った普久原朝晃さん

null
9月18日、泡瀬漁港で49センチ、2・08キロ
のチヌを釣った江洲東洋さん

null
9月17日、石垣島サザンゲート埋立地で21・4キロ
のカマジィーを釣り上げた仲皿晃治さん

null
9月16日、石垣島伊野田漁港隣りで17キロ
のガーラを釣り上げた石垣憲秀さん

null
9月19日、渡名喜の流し釣りでアカジンや
ヤキータマン等を釣ったオーパFCの皆さん(メーダマル)

    ◇    ◇

 10月5日から7日まで開催予定の「2012ドリームオープンカップ磯」の参加申し込みの締め切りが迫っている。参加希望者はお早めに日釣振加盟各釣具店へ。



(おきなわ釣王国社・仲栄真修)

 

   琉球新報
authorbbstaff  linkLink   
category地域情報  time16:09

知事、防衛相に「絶対反対」(OKINAWA)

知事、防衛相に「絶対反対」 オスプレイの普天間配備  
【東京】
仲井真弘多知事は24日午後、防衛省で森本敏防衛相と会談し、政府の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの「安全宣言」を受け、月内にも予定されている米軍普天間飛行場への配備に対し「絶対に受け入れられない」「何とか思いとどまってもらいたい」などと伝え、中止を強く求めた。


  沖縄タイムス

「なにくそ、やるぞ」(OKINAWA)

オリオン復刻ビール「なにくそ、やるぞ」
null
復刻ビール第3弾をPRするオリオンビールの
新垣昌光専務(右)と宮里政一取締役=24日

 オリオンビール(嘉手苅義男社長)は創立55周年を記念して今春から創業当時のレシピを再現して限定発売している復刻ビールの第3弾として25日から、缶デザインに創業者の具志堅宗精氏がモットーにした言葉「なにくそ、やるぞ」の入った醸造生ビールを追加発売する。
限定19万2千本。24日、沖縄タイムス社を訪れた新垣昌光専務は「沖縄に製造業を振興したいという具志堅氏のオリオン創設への思いを表現した。風味豊かでふくらみのある味わいを楽しんでほしい」とPRした。

 4月から発売した復刻ビールは、普段ビールを飲まない人や
発泡酒などを好む若い世代の関心も集め、想定を上回るペースで完売し缶ビール全体の売り上げを押し上げているという。
新垣専務は「副原料に米だけを使っており、新しい味わいを
提案できたのではないか」と強調し、第3弾の反響に期待した。

  沖縄タイムス

台湾漁船団が領海侵入 (OKINAWA)

台湾漁船団が領海侵入 尖閣周辺で数十隻
null
沖縄県・尖閣諸島魚釣島の西南西約35キロを航行する台湾漁船=25日午前6時50分(第11管区海上保安本部提供)

 25日午前6時ごろ、沖縄県・尖閣諸島周辺の領海外側の接続水域を、台湾の漁船40〜50隻が海岸巡防署(海上保安庁)の巡視船10隻とともに航行しているのを、第11管区海上保安本部(那覇)の巡視船が確認した。
午前8時45分ごろまでの約1時間に、漁船数十隻と巡視船8隻が領海に相次ぎ侵入、同諸島・魚釣島の方角へ航行している。

 日本政府による尖閣諸島国有化への抗議活動を行うため、24日に台湾北東部・宜蘭県蘇澳鎮の漁港を出発した漁船団とみられる。尖閣国有化後、船団による抗議活動や、台湾船の領海侵入は初。

 11管によると、25日午前8時35分現在、中国の海洋監視船4隻と漁業監視船1隻の計5隻も、尖閣諸島周辺の接続水域を航行している。(共同通信) 

  沖縄タイムス

旅博 OTS訪日部門グランプリ (OKINAWA)

旅博 沖縄ツーリストが訪日部門グランプリ
null
「JATA旅博2012」で表彰される沖縄ツーリストのデニス
・トルトーナ氏(右から2人目)ら=東京ビッグサイト

 沖縄ツーリスト(那覇、東良和社長)は、21~23日に東京ビッグサイトで開かれた「JATA旅博2012」(主催・日本旅行業協会)で国内・訪日部門のツアーグランプリ賞を受賞した。
6月に県内に初誘致したムスリム(イスラム教徒)ツアーが評価された。
同社では1994年以来2回目の受賞。同時に、90年代から継続的に実施している「インド周遊3大史跡めぐり」で、インド観光省の「インドツアーコンテスト2012」審査員特別賞を初めて
受賞した。

 県内ではこれまで、イスラム教の戒律に従って製造された「ハラール」食品や礼拝への対応がなく、イスラム教圏域からのツアー団体客の受け入れは困難だった。
同社はハラール食品の対応など受け入れ環境を整備し、6月にイスラム教圏域のシンガポールから約100人を誘致した。

 24日、琉球新報を訪れた国際事業本部のデニス・トルトーナ主任は「東南アジアは未開拓の市場。ムスリムの受け入れ態勢を整えれば、より多くの観光客が訪れる」と話した。

 一方、インドの3大史跡を巡る8日間のツアーは、インド人の生活文化まで触れられる体験を組み込んだことが高く評価された。

 インド出身のバクシ・プラモド海外企画部専門部長は「多くの観光客を送り出すより、質があるツアーも大事だ。深みのあるツアーはインドへのリピーターづくりにもつながる」と述べた。


琉球新報
authorbbstaff  linkLink   
category沖縄観光  time11:15

大神島祝賀ムードで賑わい、米寿祝う (宮古島・沖縄)

大神島祝賀ムードで賑わい、狩俣さん夫妻米寿祝う
null
米寿祝いで花束を贈られた狩俣栄吉さん(左)、ヨシさん夫妻
=23日、大神島離島振興コミュニティーセンター

 旧暦8月8日の23日午後、 平良の大神島で狩俣栄吉さん、 ヨシさん夫妻の米寿祝が大神島離島振興コミュニティーセンターで催された。 島民をはじめ高野や島尻など市内、 さらには県内から親せきや友人、 知人ら150人以上が詰めかけ、 夫妻を祝福するとともに、 長寿と健康を祈念。 10世帯26人が住む普段は静かな島が、 華やいだ祝賀ムードに包まれ、 久々に賑やかな雰囲気に包まれた。
null
親せきや友人、 知人ら150人以上が参加して
夫妻の米寿を盛大に祝った

 栄吉さんは1925 (大正14) 年、 ヨシさんは27 (昭和2) 年の生まれで、 満87歳と85歳。 44年に結婚した夫妻は4男6女の子宝に恵まれ、 現在は孫34人、 ひ孫40人となり、 それぞれの嫁や婿も含めると100人以上の大家族となっているという。
屋号は 「イスヌヤー」。 米寿祝いは、 栄吉さんが数え88歳を迎えたことから、 家族の希望で夫妻一緒に大神で行った。
この日は朝から祝いのために親せきや知人らが次々と島を訪れ、 夫妻を祝福した。

 米寿祝いは、 「トウガニアヤグ」 の踊りで幕開け。
兄弟姉妹10人が舞台前に勢ぞろいし、 代表して長男の光一さんが 「2人の希望もあり、 大神で開催したところ、 多くの皆さんに来ていただいて喜んでいる。 大神の繁栄と発展を願うとともに、 皆さんには2人が長生きするようこれからも支援、 協力をお願いしたい」 と語った。

 33年間にわたって大神に通い、 郵便物を集配してきた島尻の辺土名豊一さんが来賓あいさつし、 「2人に温かく迎えられ、 親切な心に接してきた。 心豊かで大らかな2人は、 円満でまさにオシドリ夫婦。 狩俣家の子孫繁栄を願っている」 と述べ、 夫妻を祝福した。 また、 高吉幸光市議もあいさつに立った。

 舞台では子や孫たちがこの日のために練習してきたという踊りやダンスなどを披露したほか、 三線ライブも行われ、 会場は賑やかな雰囲気に包まれた。 栄吉さんのお礼の言葉に続いて出席者全員でカチャーシーを踊り、 米寿を祝った。



 宮古新報
authorbbstaff  linkLink   
category地域情報  time09:40

島の一員として伝統担う (多良間島・宮古)

島の一員として伝統担う、島外出身4人の勇姿

【多良間】
「八月踊り」 字仲筋の 「棒踊り」 で4人の島外出身者が勇壮な踊りで会場を沸かせた。 棒踊りは独特の絶叫に踊りの同調性、 力強さなどが難しいとされる演目。 結婚や転勤などそれぞれの理由で多良間に住み生活する青年たちが、 島の一員として伝統行事を担っていた。
null
ニーニン棒を踊る砂川さん (右) と外間さん
=23日、 土原御願所

 「ニーニン棒」 を演じた外間亮さん (32) =南風原町出身=は多良間診療所の医師としてことし4月に赴任したばかり。 「ふだん使わない筋肉を使ったので筋肉痛になったが楽しかった」 と初めての舞台後、 大粒の汗を浮かべていた。 「一緒にやろう」 と誘われて出演したが 「発声が難しく。 とても緊張した」 と感想。 「地域の伝統行事に参加できて良かった。 また出てみたい」 と話した。
null
独特の絶叫をしながら唐棒を踊る池間さん (右) と川満さん

 その相棒を務めた砂川卓也さん (25) =上野宮国出身もことし多良間小学校に赴任して初出演。
「動きの一つひとつを覚えるのも大変。 棒の高さや角度、 向き、 やればやるほど直された」 と厳しい稽古を振り返った。
本番では隣りの外間さんが分からないほど 「舞い上がって」 いたが、 伝統行事の参加に 「嬉しかった」 と笑顔を見せた。

 「唐棒」 を演じた川満和人さん (37) =平良狩俣出身=は狂言座で2回出演したが棒踊りは初めて。 「踊りの流れができただけで50点。 動きの決めやメリハリ、 緩急が難しく、 まだ見せるレベルとしては弱い」 と反省。
多良間小6年の担任だが、 棒踊りは子どもたちの憧れの演目で練習にも多くの教え子が応援に来た。 棒踊りへの挑戦を通して子どもたちに 「やればできる。 最初の一歩がなければ成果は出ない。 精一杯やる中でこそ学べる」 を伝えたかったという。

 一緒に踊った池間栄希さん (23) =平良宮原出身=は棒踊りを担当する獅子座は5年目。 「毎年踊っていても緊張する。 芸の奥深さを感じる」 という。 高校を卒業後、 多良間出身の奥さんと結婚して移住し、 現在は2児の父親。 「伝統的な動作や言葉すべてに良さがある。 これからもずっと家族と一緒に八月踊りをやっていきたい」 と話した。



宮古新報
authorbbstaff  linkLink   
category沖縄観光  time09:33

島を挙げ踊り歌う、(多良間村 ・宮古島)

島を挙げ踊り歌う、多良間村伝統の八月踊り
null
【多良間】
多良間村の伝統行事 「八月踊り」 が旧暦8月8日の23日から3日間行われている。
字仲筋の土原御願所、 字塩川のピトゥマタ御願所で住民たちによる組踊りや古典踊り、 獅子舞、 棒踊り、 狂言などの奉納芸能が催された。 25日は両御願所でそれぞれ演じる 「別れ」 となる。
琉球王朝時代から租税の皆納を祝い、 豊年を祈願する祭りとして受け継がれ、 国の重要無形民俗文化財指定、 ユネスコの世界無形文化遺産への登録候補となっている。
来月14日には字塩川の芸能が国立劇場おきなわで行われる。

 23日は字仲筋、 24日は字塩川の 「正日 (ショウニツ)」 が行われ、 互いに住民を招待してそれぞれの芸能を披露した。
このうち字仲筋の 「正日」 は午前10時頃から始まった。
土原御願所に三味線や太鼓、 ホラ貝の音が鳴り響き、 荒々しい獅子舞が会場の厄を払って 「八月踊り」 の幕開けを告げた。 続いてこの日の演目を紹介する 「総引き」 が行われ、 衣装を身にまとった出演者たちが舞台を練り歩き、 民謡 「多良間世」 に合わせて女性たちの 「キネツキ踊り」、 男性2人組みの勇壮な 「棒踊り」 が会場を盛り上げていった。

 福禄寿の口上に続いて若衆踊り、 女踊り、 二才踊りが次々と演じられた。 狂言では浮気をする農夫を妻が懲らしめる寸劇で笑いを誘った。
組踊り 「忠臣仲宗根豊見親組」 ではオーガマ、 クイガマ姉妹の活躍で仲宗根豊見親が与那国の鬼虎を征伐すると会場は拍手と喝采に包まれた。

 2001年に国立劇場で字仲筋の芸能が演じられており、 11年ぶりに 「八月踊り」 が島を出る。 字塩川では祭りが終わっても国立劇場公演に向けて稽古が続くという。
演目は本番の半分ほどだが、 それでも3時間余の大舞台になり、 裏方を含めて約70人が出演する。
同字で組踊りなどに携わってきた運天宏和さんは 「めったにない良い機会。 広い舞台でやるので良い刺激になると思う。 ぜひ多くの人に 『八月踊り』 を見てほしい」 と話した。

 「八月踊り」 の起源は人頭税を皆納した旧暦8月に島内の各御嶽で祝うとともに翌年の豊作を祈願し、 踊りを奉納していたことが始まりと考えられている。
最初は 「多良間世」 に合わせて民俗踊りなどを行っていたが、 明治中期になると那覇から組踊りや古典踊りが伝わり、 獅子舞やヨーンシーなども加わって現在の形になってきた。
当時は士族、 平民で演目が異なり、 出演者も15歳以上の男性のみだったが、 1960年頃からは身分の区別がなくなり女性や子どもも出演できるようになった。


  宮古新報
authorbbstaff  linkLink   
category地域情報  time09:24