2012-09-10



冬鳥到来、秋告げる (渡嘉敷島・沖縄)

冬鳥到来、秋告げる 越冬の渡り初確認
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飛来したハジロクロハラアジサシ
=2日、渡嘉敷区内の水田
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この秋、渡嘉敷村に初めて飛来したセイタカシギ
=2日、渡嘉敷区内の水田

 【渡嘉敷】
秋季から春季にかけて渡来する冬鳥「水辺のバレリーナ」と称されるセイタカシギとハジロクロハラアジサシ(アジサシの仲間、チドリ目カモメ科)が、それぞれ1羽、渡嘉敷区内の水田に飛来しているのが2日、この秋初めて確認された。

 沖縄野鳥研究会会員の嵩原建二さんは「冬鳥たちの越冬の時季を迎えた。セイタカシギは金武町でも飛来を確認している。クロハラアジサシは第1回の冬羽をしている。
慶良間諸島はブロンズトキが出たりして迷鳥が飛来することが多い。冬鳥の越冬の渡りのシーズンが到来した」と語った。

 8月に植え付けした二期作米の水田地帯にはチドリやシギ類も飛来、羽を休めて餌をついばむ光景が見られ、これから秋、冬にかけ島人や観光客の目を楽しませてくれる。

(米田英明通信員)

琉球新報



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category徒然日記  time19:39

慰安婦問題解決訴え (宮古島・OKINAWA)

慰安婦問題解決訴え 祈念碑建立4周年の集い
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祈念碑に献花する尹貞玉さん(左)と中原道子
早稲田大名誉教授=2日、宮古島市上野野原

 【宮古島】
2008年9月に宮古島市上野野原に建てられた日本軍「慰安婦」祈念碑の建立4周年の集いが2日、同祈念碑前で開催された。地元住民のほか、韓国挺身隊問題対策協議会の元代表である尹貞玉さんや中原道子早稲田大名誉教授らが参加し「一刻も早い日本政府による謝罪や補償が必要だ」と問題解決を訴えた。

 宮古島には、大戦中に3万人の日本軍が駐留していた。
これまでに17カ所の慰安所が存在したことが証言や調査により判明しているという。

 碑には、韓国や中国など旧日本軍によって被害を受けた女性たちの故郷11カ国と、ベトナム戦争時に韓国軍による被害を受けたベトナムの合計12カ国語で「全世界の戦時性暴力の被害者を悼み、二度と戦争のない平和な世界を願います」と記されている。

 同市上野野原で生まれ育ち、戦時中に「慰安婦」の女性たちが洗濯からの帰り道に休んでいる姿を見たことがあるという与那覇博敏さん(79)は「戦争を体験した僕たちの世代には、戦争を二度と起こしてはならないと子や孫に伝えなければならないという使命感、責任感がある」と話した。

 同日午後からは、同市中央公民館で「慰安婦」問題を考える集いが開かれた。尹さんは「ハルモニ(おばあさん)たちが心から望んでいるのは、賠償というより日本政府が事実を認め、心から謝罪することだ」と話した。また、忘れたいけれども忘れられないような深い悲しみを示す「恨(ハン)」という言葉について「若いころは嫌いだったが、今になって分かるようになった。
恨を晴らすために、日本政府に謝罪を求めていくことは、生命が続く限り叫び続けていかなければならない宿題だ」と話した。

中原名誉教授は「この問題が女性の人権を守るためという認識が日本にはない。だから、すぐに歴史問題だけになってしまう」と指摘し、「ハルモニたちが生存している間に何とか解決したい」と話した。


  琉球新報

名護郷友会40年祝う 先人に感謝も (ペルー・OKINAWA)

【ペルー】名護郷友会40年祝う
 余興たっぷり先人に感謝も

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祝典終了後、記念撮影した祝典実行委員のメンバー
=県人会館・西銘順治大ホール

 在ペルー名護市郷友会(リカルド渡嘉敷会長)はこのほど、リマ市郊外の県人会館・西銘順治大ホールで、盛大に郷友会創立40周年祝典を開催した。

 1972年、沖縄の日本復帰の年に、当時の屋部村、羽地村、屋我地村、久志村出身の在ペルー移住者と名護市出身者も含めて統合、在ペルー市町村人会の中で最も世帯数の多い「名護市郷友会」が新たに誕生した。

 祝典には、山城アキラ日系人協会会長代理、赤嶺貴子日系婦人会会長代理、ルイス嵩原ペルー沖縄県人会長、エレーナ石松ペルー沖縄婦人会長、各市町村代表、「名護まさー」の会員家族も大勢駆け付け、共に節目の40周年を祝った。

 セレモニーはリカルド宗秀・我那覇さんの司会で始まり、最初に「名護市民の歌」が斉唱された。続いて渡嘉敷会長から歓迎のあいさつがあった。
ペドロ宗孝・我那覇副会長は、先駆移民から今日に至る郷友会の成り立ちと、比嘉吉元氏、比嘉廉助氏、吉本栄助氏、比嘉栄長氏、翁長良真氏、与那嶺清栄氏、運天寛明氏、徳村政繁氏ら歴代県人会長として活躍した先人たちを紹介した。

 80歳以上の56人の高齢者に対し、郷友会から感謝状と記念品が手渡された。続いてマヌエル恒夫・比嘉県人会顧問によって高らかに「サルー・カンパイ・カリー」と乾杯の音頭が唱和され、セレモニーは終了した。

 ビュッフェをはさみ第2部の余興に入った。
ノリ比嘉さんのウチナーグチを交えたユーモアたっぷりの司会で琉球舞踊、歌・三線、カラオケ、ペルー民族舞踊など22演目もあるプログラムは時間を忘れさせるほど楽しい雰囲気。
最後は記念撮影で閉会、次回の50周年での再会を
約束し合った。

  (赤嶺光弘通信員)


   琉球新報

大阪でエイサー祭り やいまー会、(OKINAWA)

大阪でエイサー祭り やいまー会、踊り披露  
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区内人口の4分の1の人が沖縄にゆかりがあるといわれる大阪市大正区。その大正区千島公園で8、9日の2日間にわたり「綱・ちゅら・エイサー祭り」が開催された。
今年の「綱・ちゅら・エイサー祭り」は、沖縄が本土へ復帰して40年、また、大正区制80周年という意義深い年の祭りとなった。

 今年の祭りの最大のイベントは、8年振りの与那原大綱の出現である。長さ90㍍、重さ5㌧の大綱で節目の年の祭りを盛り上げようと、大綱とともに総勢200人を超える綱曳き関係者が沖縄本島与那原町からはるばる海を超えて参加。区民への大きなプレゼントになった。

 一日目の夕刻にセットされた綱曳きは、沖縄でしか見ることができない大綱とあって見る見るうちに観客が埋まっていく。一つに繋がった西、東それぞれの綱を曳き合う勇壮かつ厳かな大綱曳きは「与那原大綱曳in大正」として、数々のライブや、エイサー、沖縄踊りとともに、まさに実行委員会が目指す大阪と沖縄の架け橋になっていった。

 ライブには、石垣出身の歌手、城間健市さんも登壇。城間さんはコマーシャルソングや、沖縄民謡を素材にしたオリジナル曲を次々に発表。今回の舞台でも「龍神ガナシー」「天と海の境」などを熱演。

 祭りには、来賓として関西八重山郷友会の崎山優会長をはじめとする各役員も姿をみせ、八重山郷友会有志でつくる関西やいまー会30人が、ミルクと4人のふぁーまのあとに続いて入場。マミドーマと、めでたい節を披露した。

 (西里涼子・近畿地方通信員)


  八重山日報