2012-12-22



「本の虫」集う場に (ボーダーインク・沖縄)

「本の虫」集う場に 来年2月、古本市 null
「えきまえ一箱古本市店主」の参加を呼び掛ける
宮城未来さんと新城和博さん=那覇市の言事堂

 「小さな本屋を開きませんか?」。
那覇市の沖映通りで来年2月23日に開かれる「ブックパーリーNAHA2013」の関連イベント「えきまえ一箱古本市&こども古本まちぐゎー」が計画され、出店者を募集している。

 店主は段ボール一箱を店舗に見立て、選んだ本を詰めて販売する。
店舗は、モノレール美栄橋駅前から沖映通りに向けて、ジュンク堂前の歩道約250メートルにパラソルを立てて出店。一角には、「こども古本まちぐゎー」を設けて“こども店長”を募集する。出店は計50店。

 企画した新城和博さん(ボーダーインク編集者)は福岡市内で同様のイベント「BOOKOKA」を見て、「沖縄でもできないか」と考えていた。
本を通して街がにぎわい、「本の虫たち」が集う場がつくれないか考えていたところ、沖映通り商店街振興組合をはじめ賛同者も集まった。

 実行委員の一人、宮城未来さん(古書の店・言事堂)に、一箱店舗を作ってもらった。段ボールにはアート関係の本を中心に29冊。一押しは「芹沢〓介全集」からの一冊。「沖縄の風景を描いた。昭和58年に絶版になったが、今でも人気がある」と宮城さん。
 
新城さんは「BOOKOKAでは、限定のブックカバーを作ったり、朗読会をしたりいろんなイベントを開いて街が活気づいていた。
いずれはモノレールでの朗読会とか、計画したい」と期待する。宮城さんは2年前にも栄町市場で小規模の古本市を開いた。
「お子さんたちも喜んで店番をしていた。自分の本を見せる
嬉(うれ)しい、恥ずかしい機会」と参加を呼び掛けている。

 出店料は一箱千円。

 問い合わせは同組合 
    (電話) 098(868)0913

※注:〓は金ヘンに「圭」


  琉球新報
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困惑や反発 安倍氏発言 (OKINAWA)

県関係議員、困惑や反発 安倍氏発言

 自民党の安倍晋三総裁の発言に、県関係の自民党国会議員からは「党内論議もしていないのに」と困惑や懸念の声が上がった。他党の議員は一斉に反発するとともに、県関係の自民議員の対応を注視するとした。

 国場幸之助衆院議員(自民)は「新たに沖縄から選出された自民の4氏と意見交換もしていない段階であり、理解できない。沖縄側との合意形成が遠のくばかりだ」と懸念した。

 照屋寛徳衆院議員(社民)は「驚きはない。化けの皮がはがれたかという感じだ」と一蹴。「自民は政権公約で移設先をあいまいにしたが、辺野古で間違いない。強引に進めても県民の激しい反撃に遭う」と警告した。

 比嘉奈津美衆院議員(自民)は「私は県外移設を掲げて選挙戦を勝ち抜いたし、党本部に県外を訴えていく気持ちは変わらない。党内で議論して方針を定めてほしい」と要望した。

 西銘恒三郎衆院議員(自民)は「党内での話し合いもしておらず、総裁が発言した状況もよく分からないのでコメントは差し控えたい」と述べるにとどめた。

 赤嶺政賢衆院議員(共産)は「辺野古新基地建設はダメだという沖縄の総意を何ら斟酌(しんしゃく)せず、既定路線のように押しつけるのは、米国におもねる最低の外交だ」と批判した。

 宮崎政久衆院議員(自民)は「総裁の発言を直接聞いていないが、自分は県外移設を公約に掲げて負託を受けた。相手が誰であろうが県民の意思を伝えて実現する」と決意を示した。

 玉城デニー衆院議員(未来)は「県選出の自民議員の対応に県民が注目するだろう。県外を訴えた政治信条を貫けるかどうか。党本部とねじれている課題をあらためて露呈した」と述べた。

 島尻安伊子参院議員(自民)は「まだ党内議論はしていない。県選出の自民議員は県外移設を訴えており、沖縄の立場を党内で主張する」と自民の衆院4氏と連携する考えを強調した。

 山内徳信参院議員(社民)は「沖縄で当選した自民議員が県外と言っている中、辺野古移設を進めるのは沖縄差別。体を張って阻止する」と怒りを示した。

 糸数慶子参院議員(無所属)は「安倍氏はまだ首相になってもおらず、とんでもない」と憤る。「来年の訪米で辺野古移設を約束してくるつもりなんだろう」と先行きを案じた。

   沖縄タイムス

名護、憤りと落胆 (OKINAWA)

名護、憤りと落胆 市民投票15年の日に

 【名護】
自民党の安倍晋三総裁が「辺野古移設」の方針を示した21日は、くしくも普天間飛行場の代替施設建設の是非を問う名護市民投票から15年の節目だった。
「反対」の投票結果は政治的に覆され、市民の対立を生んだ。移設に反対する市長の存在、県外移設を求める県民世論の高まりをよそに、次期首相から再び発せられた「辺野古」。
当時、市民投票に関わった人の中には憤りや落胆、
苦悩が交錯する。

 1997年12月21日、海上ヘリ基地建設の是非を問う市民投票は「反対」が過半数を占めた。しかし、当時の比嘉鉄也市長は投票結果に反して建設容認を表明し、辞任した。

 名護市辺野古、豊原、久志で移設反対の住民でつくる「命を守る会」代表の西川征夫さん(68)は「この15年、地元は移設の是非をめぐりぎくしゃくし、国策に振り回されてきた」と話す。

 当時、ヘリ基地反対協議会の代表だった宮城康博さん(53)は、「県外」を公約に掲げて当選した県選出議員に「住民に約束したことを覆すことはやめて」とくぎを刺す。

 「ヘリポートいらない市民の会」を立ち上げた輿石正さん(66)は「今回の発言は、日米同盟維持のメッセージ、次の名護市長選への挑戦状」と受け止める。だが「15年かけてノーと言える市長が出てきた。孤立させないよう支えたい」と決意を固める。

 条件付きで移設を容認する辺野古区代替施設安全協議会の許田正武代表理事は、賛否で揺れ続けてきた土地で「国は理解を得た上で進めてほしい」と思い続けてきた。
民主党政権での混乱で容認のハードルは高くなったとし、「首相は沖縄に何度も足を運んで誠意を見せ、説得し、納得させる必要がある」と訴えた。

  沖縄タイムス

「なぜ、まだ沖縄に基地」 キーンさん(OKINAWA)

「なぜ、まだ沖縄に基地」 
キーンさん米軍上陸海岸に再び
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67年前に上陸した読谷村の浜辺で、沖縄戦の思い出を語る
ドナルド・キーンさん=14日、読谷村渡具知

 来県中の日本文学者ドナルド・キーンさん(90)は14日、
1945年4月1日に沖縄戦で上陸した読谷村の浜辺を訪れた。
戦後67年たっても過重な米軍基地を抱える沖縄についてキーンさんは「沖縄の人は十分苦労した。
他県の人が苦労しないのは不公平だ。戦争はもう終わったはずだ。
米軍にも言い分はあるだろうが、なぜ沖縄に米軍が必要なのか分からない」と疑問を投げ掛ける。

 米軍の通訳として沖縄戦に派遣されたキーンさんは、軍艦で島に近づいた日のことをよく覚えている。
ボートに乗り換え、その後遠浅の海を歩いて浜に上がった。「日本軍が待ち構えていると思って非常に緊張していたが、どこにもいなかった。最初に見たのは逃げ惑う女性と子どもだった」という。

 部下に県系2世の兄弟がいた。その弟の比嘉武二郎さんから5月末か6月初めのある日、昼食に誘われた。
場所はおばさんの家だという。
戦争の真っただ中、建物はほとんど破壊され、食べ物も不足していた。
「客を呼べる家があるのだろうか。それに自分は敵の軍人だ」。キーンさんは招待されたことに驚いたが、到着すると歓迎された。

 「敵を見たら憎いと思うはずだが『ようこそ』と丁寧に言われ、
とても温かい雰囲気だった」。最後は「またいらっしゃい」と見送られた。「人として家に呼ばれ、同じ建物で同じ食べ物を分け合った。
沖縄戦の中で一番記憶に残る、不思議な体験だった」と、敵も味方も関係なくもてなす沖縄の人の温かさを思う。

 現在、キーンさんは高齢を理由にほとんどの講演依頼を断っているというが、今回、沖縄からの依頼は引き受けた。
「沖縄の方々の優しさに感謝している。多くの人が殺され多くを失ったが、ここまで生まれ変わった。
県民の力は立派だと思う。この大きな島に誇りを持ち、歴史と文化を大事にしてほしい」。
沖縄の未来が平和に輝くことを願っている。

 (与那嶺路代)


  琉球新報

 静かに心の根に迫る (OKINAWA)

『ワイドー沖縄』 静かに心の根に迫る null
『ワイドー沖縄』与那覇幹夫著 あすら舎・1500円

 この詩集を読んでの第一印象は次のようなものであった。ぼくらは、もしかしたら多くの偽りの詩、強がりの詩だけを読まされてきたのではなかったか。そしてイメージや刺激を喚起させる作品はいい作品だ。

 この思いはオーバーで極端すぎると言わなければならないが、しかし『ワイドー沖縄』を読んでいると、ふとそのような思いに瞬間、とらわれたのである。
内部に何かを喚起させてくれる作品は優れているというのは
当然のこと。

 率直に言おう。ぼくは詩集をめくっていて、「形見の笑顔」で眼を潤ませ、「知念さんのお使い」でクスクス笑い、「神様、ルビを振ってもいいですか」でうなっていた。

 いやいや、これらの詩は代表としてあげただけで、
 そういうのが複数あるのである。

 おそらく与那覇氏は並の人以上に感動し、並の人以上に執着するという「感極まること過大で幼児の如し」状態を生きているのではないかとさえ思った。
そして、これこそ詩人というものの一大要素なのかもしれないと。

 「形見の笑顔」で取り上げられている歌は1959年に福岡刑務所で死刑された長光良祐といわれている死刑囚のものだと思われるが、彼はまた「母の待つ ふるさとばかり ひたに恋いし 死ねば環ると あわきなぐさめ」ともうたっている。

 母が子を育てる苦労は、あの「ヨイトマケの唄」の復興期の貧しい時代にかさなってくるから、経験した者らの涙を誘うのである。ぼくの母もそうであった。すまない、すまない、ごめん、ごめんと壁を打つしかないのである。

 与那覇氏の、おとしどころを十分に心得た詩は、どれも完成度が高く、静かに静かに波打って心の根に迫ってくる。
ああ、このような詩を書く詩人が沖縄にいるのだという
感じなのである。

 (比嘉加津夫・脈発行所主宰)
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 よなは・みきお 1939年宮古島市生まれ。
83年に「赤土の恋」で第7回山之口貘賞受賞。


  琉球新報

『消えた琉球競馬』 知られざる文化(OKINAWA)

『消えた琉球競馬』 知られざる文化掘り起こす null
『消えた琉球競馬』 梅崎晴光著 ボーダーインク・1890円
消えた琉球競馬―幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて

本書は知られざる琉球競馬をテーマにした初めての書籍でる。

著者は現役の競馬記者。琉球競馬は全力疾走で速さを競うものではなく、小型の在来馬が独特の小走りで脚の運びのリズムや美しさを競う。
相撲や闘牛のような一対一の対戦方式で、装飾された馬具も採点に加味された。著者いわく「美技を競う二頭立てのフィギュアスケート」のようなものという、世界でも珍しい競馬だった。

 王国時代に始まるこの競馬文化は、明治に入り帰農した屋取士族たちによって各地に伝えられ、さらに隆盛をきわめた。
現在確認される沖縄各地の馬場跡は、実に200カ所近くにも及ぶ。
だが、人々が熱狂した競馬も、やがて「美しさ」から「強さ」を求める価値感の変化、軍馬生産を目的とした大型馬移入による在来馬の駆逐、また深刻な経済不況の「ソテツ地獄」、忍び寄る戦争の足音とともに姿を消してゆく。
伝統文化としての琉球競馬は、現在の沖縄ではまったくと言っていいほど残っていない。

 著者は琉球の競馬文化に魅せられ、そのなかで昭和初期の沖縄で競馬界の頂点に立った名馬「ヒコーキ」を知る。
だが持ち主は屋号「ヨドリ与那嶺小」で、中頭の馬であるとの情報以外は不明。
わずかな手がかりをもとに幻の名馬の足跡を追って沖縄各地の馬場跡、かつての競馬を知る古老を訪ね歩き、正体をつかもうと試みる。
新聞記者ならではのルポルタージュで、読者は琉球競馬の世界へと引き込まれるだろう。丹念な馬場跡の取材を通じて戦前の各集落における馬勝負の様相も浮き彫りとなり、あわせて琉球競馬の歴史を体系的に知ることができる。
番外編として伊江島や石垣島・宮古島など各離島における
状況も丁寧に紹介されている。

 各地の記録にその名をとどめる「ヒコーキ」だが、取材を重ねても持ち主の手がかりはつかめない。
調査が行き詰まっていた時、思わぬところから屋号「ヨドリ」の意味が明らかとなる。
ドラマティックな結末は本書でぜひ確認してほしい。
時代の荒波に消えていった、誇るべき沖縄の文化が存在したことを知るための一冊である。

 (上里隆史・早稲田大学琉球・沖縄研究所招聘研究員)
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 うめざき・はるみつ 東京・高円寺生まれ。1986年、スポーツニッポン新聞(スポニチ)入社。90年からJRA中央競馬担当。


  琉球新報

“沖縄の基地”「現状を海外に」(OKINAWA)

“沖縄の基地”米で出版 乗松さん「現状を海外に」 null
「RESISTANT ISLANDS」の著者の1人、乗松聡子さん。
カナダから沖縄のニュースを英語で発信し続けている
=琉球新報社

 沖縄の米軍基地問題を住民の視点で照らした本「RESISTANT ISLANDS」(抵抗する島々)が今夏、米国で出版された。
著者は平和団体ピースフィロソフィーの乗松聡子代表と、アジアの記事や論文を載せるサイト「ジャパン・フォーカス」のガバン・マコーマック代表編集者。
それぞれカナダとオーストラリアに住みながら、沖縄が抱える不条理を世界に発信している。このほど来県した乗松さんは「沖縄の視点で基地問題を書いた英語の本はほとんどない。
海外の人に現状を知ってもらいたい」と本に込めた思いを語った。

 東京都出身で海外在住の乗松さんが沖縄に関心を持ったのは2006年。カナダで開かれた世界平和フォーラムに参加した。質疑応答で沖縄出身の男性が手を挙げた。司会者から
「時間がないので1分でまとめて」とせかされた
男性は「沖縄のことは1分では話せない」と座り直した。
重い空気が漂う会場で「そのときの私は沖縄のことをよく知らず、男性の発言がとても心に残った」という。

 09年の民主党政権誕生で米軍普天間飛行場のニュースが海外でも頻繁に流れるようになった。
伊波洋一元宜野湾市長が海兵隊の海外移転を訴える姿をネットで見て「日本語だと日本人にしか届かない。英語で伝えるべきだと思った」。それまで接点のなかったジャパン・フォーカスに直談判し、英訳をサイトに載せた。

 乗松さんはそれ以来、沖縄のニュースをネット上で頻繁に発信している。来県のたびに基地や戦跡を回り、住民との親交も深めつつある。だが海外に住んでいると県民の声を知る機会がほとんどない。沖縄の苦闘を海外に伝えるべきだと考え、10年に本の出版を決めた。

 乗松さんは2年の執筆を通して「それまでの自分の平和運動がいかに偽善的だったかを知った」と話す。
06年のフォーラムで発言した男性は、ヘリ基地反対協議会の大西照雄さんだと後で知った。
「今にして思うと大西さんの怒りは当然。沖縄を知らずして平和運動ができるはずがない。今までの人生で何もしてこなかった分、残りの人生は沖縄のために尽くしたい」。
今後も沖縄の声を発信し続けるつもりだ。

(与那嶺路代)


  琉球新報

首里城ライトアップ (OKINAWA)

首里城ライトアップ 夜間開園始まる
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 首里城の夜のイベント「首里城公園プレミアムナイト」が21日、始まった。イベントは初開催で、期間中の週末と祝日、棒や獅子舞、ポップスやジャズのコンサートがある。
閉園時間を午後6時半から同9時まで延長し、ライトアップされた正殿を間近に見ることができる=写真。正殿入館以外は無料。30日まで。

 正殿と那覇の夜景を見渡せる西(いり)のアザナまでは、道順を照明などで照らす。管理センターは「首里城は青空のイメージで知られるが、夜の新しい魅力を地元の方に知ってほしい」と話している。


 沖縄タイムス
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ツクシガモ 水田に (金武町・沖縄)

迷鳥ツクシガモ 金武町の水田に3羽飛来
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 【金武】
県内への飛来数はごく少ない迷鳥ツクシガモ3羽が21日、金武町の水田地帯で確認された。田イモ畑で寄り添うように餌を探していた=写真。

 ガンカモ科で、全長60センチほど。環境省のレッドデータブックで近い将来に野生での絶滅の危険性が高い「絶滅危惧1B類」に記載されている。

 全身白色で胸から背にかけての濃い茶褐色の帯や赤いくちばしが特徴。ユーラシア大陸の温帯で繁殖。日本では有明海を中心とした九州北部に冬鳥として飛来し、「筑紫鴨」と呼ばれていたことが和名の由来とされる。

 沖縄野鳥研究会の嵩原建二さんによると、県内では毎年のように飛来することはなく、不定期で1個体の飛来が多い。3個体での飛来は珍しいという。嵩原さんは「静かに見守ってほしい」と話した。

(福元大輔)

 沖縄タイムス
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